ナチスの経済政策(1935年当時の調査)05

第四節 各種労働政策立法

ナチスの労働政策目標は、その綱領にも見られる如く「階級イデオロギーの打破」「企業家並びに労働者の単一戦線の樹立」によって、より良き社会秩序たる「職分協同体的社会秩序」を建設せんとするにある。このイデーは決して社会主義的の者でないことは明らかである。これはナチスの政治的地盤たる比較的下層の中産階級及び小農民、その他旧時代の軍部将校や貴族の息子その他無私そうな一部労働者の支持する思想に属する。従ってナチスはドイツ資本主義の歴史的情勢の要求によって、社会主義の要素をも盛ってはいるが、それは決して真の意味の社会主義を実現せん爲のものではない。彼らの望む所は専らドイツ国民の精神的復古運動に依って一切の想像的及び現実的な経済上及びその他の生活差異を超越して、国民団結の維持を達成し、之によって市民と農民と労働者と更に他の一切の階級とから、再び一つの新たなる国民的組織を鍛え上げんとする国家主義的政治理念である。この事実の端的な表現は「職分協同体」の思想である。そしてこの見地から、ナチスの国民革命はドイツ労働法の全領域に立っての全面的な改革を試みて居る。

(一)ナチス政府が1933年3月24日の全権委任法、即ち「国民及び国家の艱難を排除するための法律」によって、その地位を固めて後に、ワイマール憲法の体系によって設定された従来の労働法規に対して加えた破壊としては、(1)経営代表委員会の構成に関するもの、(2)反民族的分子の経営外への駆逐に関するもの、(3)労働組合の特権的地位の剥奪に関するもの、(4)国民労働記念日の創設に関するもの、(5)集団主義的労働法体系の担当者たる労働組合の破壊に関するものも大別される。

(1)経営代表委員会及び経済的団体に関する法律(Gesetz uber Betriebsvertretung und uberwirtschaftliche Vereinig ungen)は1933年4月4日発布されその第一条に於いて経営代表委員会の改選を延期し、又反民族的分子を委員中より駆逐するの道を開いている。而も本法による延期はナチス内閣前のそれの如く何等の除外例を認めず一切の経営代表委員会を含むこと、第二に延期期間に一定の時的限界を置かないこと、第三に改選の延期を如何なる経営に及ぼすかは邦の最高行政庁の自由裁量に委したことにある。

(2)反民族分子を経営より駆逐するが爲に、反国家的又は反経済的立場にある経営代表委員会委員に対しては同法第一条第二項により邦最高官庁又はその指定を受けたる官庁は、その委員たる地位を奪い、これを委員会より駆逐することを許されるに至った。而してここに言う反国家的、反民族的なる具体的対象はマルクス主義的戦闘的労働者を指称するは言うまでもない。

反民族分子の経営外への駆逐は独り労働組合のそれのみに止まらず別に1933年4月7日の官公吏整理法(Gesetz zur Wiederherstellung des Berufsbeamtentums)に於ても露骨に示されて居る。この法律の適用を受ける者としては、官公吏の外に國・邦・市町村・市町村組合及びその他の公法団体の公営的経営及び行政に於て使用されている労務者使用人である。而してこれに該当するものは第一に必要なる素養又は技倆を具備せざるもの、第二にアリアン人種系統に属せず、且つ1914年8月1日以前に於て既に労務に服し且つ戦線に於て戦闘に従事したることなく、又父或いは子息を戦争によって失いたることなき者、従来の政治的行動より見て国民的国家支持の爲に充分の保証を供すること能わざる者、行政簡易化の必要上その地位に留まること能わざる者はその地位を失うべく、又あらゆる被傭者は労務関係上必要なるときは低く且つ報酬少なき地位に移されることを甘受せねばならぬと規定された。これはユダヤ人種を多数に含む社会民主主義者、共産主義者の放逐を計り政治的に絶大な力を示したものである。

(3)労働組合の特権的地位の剥奪に関するものとしては、雇主団体及び被傭者団体をして区労働裁判所に於ける訴訟代理権の独占者たらしめて居る労働裁判所法第十一條に対し加えた改変である。経営代表委員会法第四条は、労働裁判所法第十一條に於いて第三項を加え、國労働大臣は國経済大臣及び國司法大臣と協議の上命令によって、訴訟代理について他の団体を労働裁判所法上の所謂経済団体と同等の地位に置き得るの道を開いた。この法律によってナチスの經營細胞、シュタールヘルム自救団等を初め幾多のナチス的団体が訴訟代理権を取得した。この結果労働組合の労働裁判に作用する力の減少、ひいて組合員獲得力が減殺された。

(4)1933年4月10日の国民労働記念日に関する法律(Gesetz uber die Einfuhrung eines Feiertages der nationalen Arbeit)によって五月一日を以て国民労働記念日と決定し、労働義務を免じて、而も賃銀請求権を認めて居る。これは古き伝統に盛るに新しき国民的精神を以てし、労働階級をして階級精神に非ざる、その権利と義務を所謂統一的国民国家に於けるその身分的価値を自覚せしむる倫理的意義を賞揚して居るが、要するに之はインターナショナルの記念日をナチスの政治的宣伝に利用し、反国家的民族的社会民主主義者の駆逐策にあった。

(5)この国民労働記念日を設定しその祭日を祝して間もなく、単に労働法規の破壊のみで満足しないナチス政府は労働組合自体の殲滅を計った。即ち国民労働記念日の翌日五月二日、ナチスは全国一斉に社会民主党系の労働組合の本支部を占領し、労働組合幹部を検束すると共に一切の組合財産を没収し、これらは総てナチス支配下に移す旨を宣し、労働組合総同盟も、労働銀行も使用人同盟も総てナチスの指導下に移された。ナチス政府はこれを以て労働組合解散を目的とするものでなく、労働組合の全国的統一を計り新しき機能を付与せん爲の前提であると宣した。従ってこの方針に従い独り社会民主党系のみに止まらず、中央党系のキリスト教労働組合もその支配下に置き、更に進んでナチス以外の一切の政党の解散を計り、1933年7月14日には新政党結社禁止法(Gesetz gegen Neubildung von Parteien vom 14, Juli 1933)の発布を見、ナチス外の政党の政治的自由は一切認めぬことにした。

以上の如き労働組合に対する破壊的政策を実施すると共にナチス政府はその抱く(職分協同社会」への理想実現の爲の政策の実施を急いだ。このナチス流の建設政策の第一歩として結成されたるは1933年5月10日成立したる「ドイツ労働戦線」である。これがナチス国家に於ける意義については更に後章に於いて明らかにすることとするが、とまれ破壊後の過渡期に於ける労働関係の規則を如何に為すべきかは今後の問題であった。殊に労働協約の規定を如何に取り扱うかは大いに注目された次第であったが、政府は1933年4月6日の國労働大臣の回章によって「経済生活及び労働生活の複雑なるにより従来の制度の破壊の跡に新たなる制度を建てるが如きことは一朝には行われ難きこと、従って過渡期に於いては従来の賃銀条件及び労働条件の効力をそのまま保たしめる外に道なきこと、故に現在の労働協約の規則もその改廃が必要已むを得ざるものならざる限りそのままに置かるべきこと」を告示した。

 

(二)過渡期に於ける立法 -この時期に於いて採られた手段は(1)1933年5月19日発布の「労働管理官法」(Gesetz uber Treuhander der Arbeit)であり、或いは又前後二回に亘り発布された前期の失業減少法である、(2)更に1933年6月8日発布され、次いで1934年3月23日改正されたる「家内労働賃銀保護法」(Gesetz uber lohnschutz in Heimarbeit)である。

(1)労働管理官法第一条第一項によれば労働管理官は國総理大臣が邦政府と協議の上、邦政府の推薦したる人物を選びてこれを任命し、大経済地域に付きてそれぞれ一人ずつ配置される國の機関である。そしてその活動に当たっては同法第四条に基づき國政府の法人及び指図に従うものである。

労働管理官の任務は同法第二条の規定する所であるが、第一は新社会秩序(職分協同体的社会秩序)の成立するまで被傭者の団体及び個々の雇主又は雇主団体に代わって、法律的拘束力を以て、労働契約締結の条件を規制するにあると共に、第二は労働平和の維持の爲の配慮を為すに存する。而もこの任務遂行の爲に労働管理官の行使し得る権限は極めて広汎なものであり、必要に応じて適宜の処置を為すことが許されている。労働管理官の第三の任務は新社会秩序確立の準備の爲に協力すべき任務を有することである。

(2)家内労働賃銀保護法は1933年6月8日発布され次いで、1934年3月23日付改正されて居るが、本法によって家内労働量の適正なる分配と、家内労働者の当然受けるべき賃銀確保の爲の有効なる手段が講ぜられた。

元来ドイツに於いては1911年12月20日の家内労働法(Hausarbeitsgesetz)が制定されて居たが、之は主として健康保護法規をその主要内容としたものであり、家内労働に於ける賃銀関係を明らかにすることに不完全であり、之が保護を為すことは極めて必要であった。この爲に1923年6月27日の法律によって賃銀保護法規は強化された。然しそれにも拘らず、経済恐慌の下に於て家内労働者は企業家の無制限な搾取の対象となり勝ちであり、ナチス政府に於ける1933年6月8日の改正法となったのであるが、尚不完全を免れなかった。かくて後述する国民的労働秩序法第六七條は旧家内労働賃銀保護法第十八條乃至第四十八條を廃止すると共に、家内労働審査委員会を廃止した爲、家内労働に於ける労働関係の規律が全く労働管理官の行う所となり、茲に家内労働の保護を包括的に規定する新法の制定を見たものである。

新法の目的とする所は、家内労働に対する国家の立場を明らかにし、国家は家内労働の受けるべき種々の危険を保護し、家内労働に従う者の爲にその労働給付に対する適正なる報酬を確保することにあった。

新法の適用の範囲としては家内労働者及び通常単独に又はその家族若しくは二名以下の家族外の補助者と共に労働する家内工業者を直接対象とし、この外尚労働大臣の命令により二名以上の家族外の補助者を使用する家内工業者、仲介者及びその他の類似労働者に対しても一般的保護規定及び報酬保護規定に付き同一の取極めを為し得ることとした。

之を要するに家内労働の危険防止に関する新法の規定は、従然の規定を簡易化したもので、災害予防及び衛生の一般原則を規定せる丈にて、その他の細目は労働大臣の命令及び工場監督官の指令に譲っている。即ち災害予防及び一般の健康保護は個々の職業部門又は特定種類の作業場に対する一般的指令、並びに個々の作業場に於ける特別事情に依って異なる個別的指令のよって行われる。災害予防及び一般衛生に関する指導的原理は、作業場を従事者の清明、若しくは風紀、又は一般の衛生に対し危険なき様設備する点に存する。

家内労働の報酬保護に関しては、既に国民労働統制法に依り1934年5月1日を以て審査委員会が廃止され、報酬の規律は労働管理官の手に移され、従って最低賃銀の決定は賃率規則に依って行われることとなった。賃率規則諸定額に充たない報酬を支払った者は罰金刑に処せられることになった。

これによって経済恐慌の結果家内労働の無制限な搾取からの弊害即ち、家内労働者の実質賃銀の低下と一部の家内労働者に対する過度の長時間労働強要から生じた、他の一部労働者の失業苦並びに之によって増加する失業諸手当の増加等の弊害が除去された。かくて労働量の適正な分配と、家内労働の当然うくべき賃銀確保の爲の有効な手段が講じられた。

 

(三)1934年1月20付国民労働秩序法(Gesetz zur Ordnung nationalen Arbeit)

本法はナチス第三国家の私的任務たる「職分協同体的社会秩序」の建設を意図したものであって、過去一ヶ年に亘る各種の過渡的なる労働関係法規を集大成したるものでありドイツ新労働憲章とも言われるものである。

本法は1934年5月1日に第二回国民労働記念日より実施され、実施と共にドイツに於ける従来の協定賃銀制度を完全に消滅せしめたばかりでなく、経営協議会法を始め幾多の現行労働法規を廃止に至らしめる、労働法の領域に於ける一大革命であると言われる。

本法の意義並びに特質について先ず以て労働大臣フランツ・ゼルデの概括的説明を聞くと次の如くである。

「この国民的労働秩序に関する法律によって、始めてドイツ国民に、新ドイツ国の世界観の根本思想を表現して居る所の偉大なる社会法が与えられた。これによってドイツ経済に於ける指導者思想の高揚、階級対立の排除、社会的名誉の高揚と言う三要員の織り込まれたところの新たなる社会的建造物が打ち立てられた。ここに於ては、企業主は経営の指導者として責任ある地位を、ナチス世界観の原理に基づいて保持するのである。また企業主に与えられた自由が正当に使用せられるよう、また与えられた権利から計絵Kに於ける恣意的支配が生ぜざるよう、社会的名誉裁判権が配慮する。社会的名誉裁判権が法律化されたるはこれを以て始めとする。政府の社会政策に関する最高代表者たる労働管理官も亦法律が正当に運用せられる爲の保証を与えるものである。…全体の福利の爲に協働せんとする希望と意志とから、新法律を運用すべき新精神が生ずるであろう。本法はその根本において、凡ての想像的国民が相互に密接に結合し、道徳的にも実際にも平等の権利が付与されることを認めて居る。それ故に、これはドイツ国民の社会平和の基本となるであろう。」

本法の特質は従来の雇主団体及び労働団体労働協約上のモメントとする所の超經營的集団的労働法とは反対に個々の経営内に於ける労働関係の規制を確認して居る。その根本内容を為すものは(1)生産に於ける協同(2)信任者と信任者協議会の設置(3)労働関係に関する規則(4)労働管理官(5)社会的名誉裁判所の制度等である。

如何にその内容を法文に照らして考察することとする。

(1)生産に於ける協同 -本法第一条は「経営に於ては、企業主は経営の指導者として、使用人及び労働者は従者として、經營目的の促進並びに国民及び国家の共同利益のために相協同して働くものとす」と規定している。ここでは企業主及び労働者をば、意識的に、階級関係としてではなく、機能的に分類された身分関係として取り扱わんとしている。即ち階級対立と階級闘争との是認の上に立てられた従来の集団主義的労働法概念に対立して、両社は経営の円満なる運行について、協同の利益を有するものであり、経営の目的の爲の協同に於いて國民協同団体の任務を果たすべきでありとの観点に立って居る。従って労働関係は従来の特定人に対する一定の労務の給付に関する契約から「一般に対する労働」と言うよりも高い目標に引き揚げられている。かくてまた資本物に対する所有権はその所有者の自由なる処分力の下に置かれずして一般の利用と言う、「公益は私益に先んずる」のナチスの根本思想の発現である。ナチスの擁護者はこれこそまさにドイツ国社会主義実現の途上の重要な一歩を意味するものであると誇称する所以である。従ってまた従来の組織を暴力によって破壊した後の事情を成文化せるものとしては、ほぼ完きに近きものと言われる次第でもある。

以上の如き労働関係の新しい解釈の下に、ナチスは企業者を指導者の地位に引き揚げ、被傭者をその従者たらしめ、ナチスの指導者原則をここにも導入し、指導者たる経営者は献身的な奉仕を為すと共に、その指導に服するものとの間には確固たる忠信的関係の存することを要求する。即ち指導者は絶大なる権力の行使に付きて高度の責任を負うが、それと共にその下に服せる従者はこれに対し絶対の信頼を払う事を要求する。而もここに経営指導者とは第三条の規定によって、企業主、若しくは法人並びに法人に非ざる団体に在っては法定代理、若しくは彼等によって代理を委託され責任を以て経営指導に関与するものを指すものであり、この意味の経営指導者は上述の指導者の思想から出発して次の如き全権を委託されて居る。

第二条経営指導者は、従業者に対し、経営に関する一切の事項を本法によって規定される限りに於いて決定し得るものである。然し彼は従業者に対しその福利を念とすべき責任と義務を有する。之に対し従業者は指導者に対し、経営内に確立されたる忠実を保つべき責任を負う。

(2)信任者と信任者協議会 -企業主に対しては上述の如く最も困難なる任務が課され、彼は単に経営の利益のために全力を尽くし、従業者に最善のものを齎すことを託されたるのみでなく、労働の尊厳に関する新国家の解釋に適合するように労働条件を形成すべき責任を負わされる。この爲に企業主と従業者との間に緊密は信頼関係の保たれていることを必要な前提とする。かくて多数の従業者を擁して居る大経営に於てはその指導者と被傭者との意思の疏通を図るために、従業員中から代表者を出すべきことをば第五条に於て次の如く定めている。即ち「一般に最少二十人の従業員を有する経営の指導者に対しては、従業員中より信任者(Der Vertrauensmann)を出で之を補佐する。信任者は指導者と共に、且つその指揮の下に経営信任者協議会(Das Vertrauensrat des Betriebs)を組織する。而して信任者の数は第七条の規定により被傭者数二十名から四十九名迄は二名、五十名乃至九十九名なる時三名、百名乃至百九十九名なるときは四名、二百名乃至三百九十九名なるときは五名であり、その上さらに三百名を加える毎に一名増す、そして最高十名を超えるを得ないのである。信任者の選択に当りては指導者原則に基づくが故に従来の如き選挙による方法は新国家の根本思想に背馳するを以て採用されないが、さりとて指名によることも名目上不充分なる故に次の如き方法によって信任者を選任することにした。即ち經營の指導者は毎年三月「ナチス工場細胞団体の首領と協議して、法律の要求する資格を具備する信任者及びその代理人のリストを作成する。而して經營の従業者は直ちに秘密投票によってこれに対する是非の態度を明らかにする。信任者となるべきものの法律上の資格は第八条規定の如く、満二十歳に達し、少なくとも一ヶ年間同一経営又は企業に所属し、且つ少なくとも二ヶ年間同一若しくは類似の職業部門に従事したる者に限る。彼は公民権を有し「ドイツ労働戦線」に属し、模範的性行を以て顕われ且つ何時たりとも無条件に国民国家の爲に身命を致すことを誓わねばならないのである。

次いで信任者は指導者と共に、且つその指揮の下に、信任者協議会を構成する。第六条によればその目的は、經營協同体の内部に於ける相互的信頼を深めることにあるが、法律は信任者協議会の任務として次の諸事項を列挙して居る。即ち労働業績の改善、一般労働条件中經營規則の京成並びに実施、經營保護の実施並びに改善、凡ての経営所属者相互間並びに經營との連繋の強化及び協同体の全員の福利等に資すべき一切の措置を協議することを任務とする。尚同協議会は更に進んで經營協同体の内部に於ける凡ゆる争議の除去に尽力することを要する。又經營規則に基づく賠償の決定に先立ちてその意見を聴取せられることを要する。この外協議会の委員は、国民労働祭の当日従業員の前にその職務の執行に於ては自己の利益を没却して専ら經營並びに凡ての同胞国民の協同体の福利の爲に奉仕し、且つその行状並びに任務の遂行に於て経営所属者の模範となるべき旨の厳粛なる宣誓を行うことを要するとされて居る。

信任者協議会の任務の大部分は嘗ての経営協議会に取って代わるもので、その任務も共通する所多いが、両者の間には本質的差異がある。蓋し前者は経営協議会の如く、企業主に対する従業者の利益を擁護代表するを目的とするものではなく、工場に於けるナチスの独裁権を確保すると共に、經營並びにそれの従業者の利益を企業主と協同して確保せんとする点に眼目が置かれている点之である。

ナチスの所謂国家制度と同様に、経営に於ても独裁制度の原則が行われる。従って經營識者は經營規則の制定にも解約告知にもその従属者の同意を必要としない。即ち信任者は只指導者を助けるに止まるものであり、経営内の凡ゆる事件につき最後の決定を下すものは常に指導者である。併しこの決定力の大きさは又その責務に比例するもので、指導者がもしこの責任精神を把握せず、従ってその地位を濫用する指導者のあるべきことを慮って、一つの規定を設けてある。第十六条がそれであって、即ち經營の指導者が一般的労働条件殊に經營規則の形成に付きて下したる決定が経営の経済的又は社会的関係と反すると考えられる時は信任者はかかる決定に関し労働管理官に対して書面を以て抗告を為すことを得る。右の抗告は停止的効力なく、指導者の決定の効果は妨げられないが、労働管理官は抗告ありたる時は指導者の決定を廃止して自ら適当なる規則を為し得るの権利を有する。尚信任者の側からの抗告権の濫用ある場合に備えん爲に第三十六条第四号に於いて軽率に労働管理官の救済を求むるは社会的名誉に反する行為なりとして居る。

(3)労働関係の規則 -労働関係の古き規則たる集団的協定(Kollekbivvereinharungen)に代わる規則としては經營規則(Betriebsordnung)労働管理官の指令(Treuhanderrichtlinien)、賃率規則(Tarifordnung)がある。労働関係に於ける社会的調和なるものが単なる一片の法律によって右から左に造り出されるとは考えられない故に、個々の従業者に対して更に次の如き保護規則を与えることによって可及的に達成せんとする。

第二十六條に定めによれば、一般に少なくとも使用人及び労働者二十人以上を使用する経営に於ては、経営指導者より、經營従業者に対し、經營規則(Gewerbeordnung)を設けることを要する。經營規則は工業法の要求せる従来の作業規則(Arbeitsordnug)に代わるものである故、従業規則に関する工業法の規定はこれにより失効する。而してその内容として掲げることを要するは、第二十七条によれば日常の労働時間並びに休憩時間の始終、労働報酬支払の時並びに方法、出来高賃銀制を採れる經營に於てはその算定原則、賠償規定の存する場合にはその種類、額及び徴収に関する規定等がある。この外に尚報酬の額及びその他の労働条件に関する規定を掲げることを得る。但し經營規則に於て労働者及び使用人の労働報酬を規定する場合には第二十九条により各個の経営所属者の給付に相当する様な標準を以て最低率を定めることを要する。又特別の給付に対しては適当なる報酬を与えるの道を講ぜねばならぬ。従業者に対する賠償の賦課は第二十八条によれば経営の秩序又は安寧に対する侵害ある場合に之を許し、但し特別の場合を除き平均一日労働所得の半額を越えるを得ない。

以上の經營規則に掲げられた規定は第三十条によれば、経営所属者に対し最低限度条件として法的拘束力を有し、該規則は経営所属者の容易に接近し得る適当な場所に掲示することを要する。

經營規則の内容は経営の指導者の決定する所であるから、必ずしも国の政策と一致するとは限らぬ。そこで必要に応じて、經營規則内容を国家の政策と一致せしむることを可能ならしめ、又ただに經營規則を具うべき大経営のみならず經營規則を持たざる小經營に於ける労働関係の規則をも国家の政策に応ずるものたらしめる途を講ずるの要がある。即ち実際上の要求に応じて、経営に於ける労働条件規定の原則を破り得ることも認めて居る。

新法第三十二條第一項によれば労働管理官は後述する専門家委員会に於ける協議の後、經營規則並びに個別労働契約の内容に対する基準を制定することを得る。又労働管理官は、所轄区域内の一団の経営の従業者を保護せんが爲に、労働条件の規制に対する最低限度条件を決定する必要ある場合には、専門家委員の協議の後に賃率規則を発布するを得る。この賃率規則は經營規則よりも優位にあり、従って經營規則中に之に反する規定を設けても無効である。当該規則はそれの適用を受ける労働関係に対し、最低限度条件として放擲拘束力を有するものとされて居る。

斯様に本法は労働関係に対する種々なる保護規定を設けて居るが、その他に尚第五十六條、五十七條の解雇通知に関する保護規定、大量解雇に対する第二十条に於ける保護規定を含む。

(4)労働管理官 -労働管理官は、經營協同体に働く個々人の権利、義務、保護に関する諸法規中に在って、最も重要なる役割を演じて居る。この「労働管理官に関する法律」は1933年5月19日に公布され、爾来労働組合の没落によって労働協約制度の権能が停止した過渡期に於て、労働関係の規制に対して特殊なる役目を果たしてきた。而もその任務も極めて概括的に定められて居たに過ぎなかった。然るに本法に於てはこの制度をば決定的なるものとし、且つ意義深き方法によって労働管理官の地位及び任務を拡大強化して新労働秩序に於て重要な役割を指定した。

本法第十八条によれば、大なる経済区域に対し労働管理者を置く、経済区域の限界は経済大臣並びに内務大臣の同意を経て労働大臣之を決定する。労働管理官は國政府の規律及び指令に拘束される。労働管理官の任務は第十九條によれば労働平和の維持の爲に努力することにあって、任務履行の爲に行なうべき職務事項として次の諸事項が列挙されて居る。即ち(イ)信任者協議会の構成及び事務執行を監督し、争議における決裁を為すこと、法律の命ずるところに従い、経営の枢機員を選任並びに罷免すること、(ロ)信任者の選任と解任、(ハ)経営の指導者が、一般的労働条件殊に經營規則について為したる決定が、経営の社会的、経済的関係と反すると考えられる時に信任者が労働管理官に為したる抗告に対して決定を与えること、(ニ)大量解雇に対して干渉すること、(ホ)經營規則に関する指令を発し、賃率規則を制定し、且つその実施を監督すること、(ヘ)國政府に対しその地域内に於て発生したる社会的事象の報告を為すこと等これである。

尚又労働管理官と經營との関係を密ならしめるために、管理官の評議機関として専門家顧問会(Sachverstandigenbeirat)を設置することとし第二十三條によって、労働管理官はその所轄区域の一般的若しくは原則的問題について協議する為、当該区域の各種経済部門より一個の専門家顧問会を召集する。

斯くの如く本法によって労働管理官は、労働関係の規制に関する最後的の決定権を与えることによって、労働平和の保持を期待し得るものとして居る。この意味で労働管理官は労働法制に於けるナチスの独裁権確立の爲に重大なる使命を有するものである。

(5)社会的名誉裁判 -最後に新労働秩序法の根幹を為す所の指導者思想、犠牲心、公共心と並んで重要な名誉心なるものが挙げられ、それは「社会的名誉裁判所」なる制度を、第四章の規定によって創設した。

本法第三十五條によれば、一つの經營協同体の各所属者は、經營協同体内に於ける、その地位に依り、自己に帰属する義務の良心的遂行に対する責任を負う。各所属者は、經營協同体に於ける自己の地位に応ずる尊敬に値する者なることをその行動に於て示すことを要す。殊に彼は、常にその責任を自覚してその全力を以て経営の爲に盡し且つ公共の福利を図ることを要すと規定し、更に第三十六条に於ては、經營協同体に基づく社会的義務の著しき違反は、社会的名誉に対する侵害として名誉裁判所に懲戒を受けるものとす、と規定して居る。そして斯かる著しき違反の存する場合として次の四つの場合が挙げられて居る。(イ)企業主、経営の指導者若しくはその他の監督者が計絵営内に於ける権力的地位を濫用し、悪意を以て従業員の労働力を搾取し若しくは従業員の名誉を傷つけるとき。(ロ)従業員が経営内の従業者を悪意的の煽動によって労働平和を危殆ならしめるとき。就中信任者なるに拘らず、意識的に経営の運転に許すべからざる干渉を加え、又は經營協同体内の協同精神を継続的に悪意的に撹乱したるとき。(ハ)經營協同体の所属者が屡々理由なき抗告又は告訴を労働管理官に提出し、若しくは労働管理官の書面による命令に執拗に違反したるとき。(ニ)信任者協議会の構成員がその職務の執行に際して関知したる枢機事項、経営又は業務の秘密にしてその旨明白に告知されたるものを権限なきに拘わらず公表したるとき。官吏及び軍人は社会的名誉裁判の適用を受けず、名誉裁判の刑罰は第三十八条により、(一)警告、(二)譴責、(三)一万マルク以下の罰金を科するの外に、経営の指導者たり得る資格又は信任者の職務を行い得るの資格の剥奪、従来の労働場所より他の場所への移動等の刑を科される。

以上の如きナチス労働政策はこの労働秩序法によって全面的に明らかにされた、かくて従来団結の自由及び経済的闘争の自由を認めた工業法第百五十二条の規定は廃止され、経済闘争団体としての労働組合是認の上に立った労働協約令は仲裁制度に関する命令と共に廃止された。

ここに於てナチスの新国家観は社会生活の最も重要なる領域に移入され、労働階級の内にナチスの勢力は一段と侵入し、後退する職分協同社会への完成の法律的形式を一段と進めるに至った。

 

(四)其の他の立法 -以上の外尚次の如き立法がある。

(1)1934年3月24日付購買力維持及び増進法(Gesetz zur Erhaltung und Hebung der Kaufkraft) 第一章は「公法人及び之に準ずべき組合及び団体の財政整備」、第二章 「寄付金の徴収」、第三章「失業救助税」の諸規定を包含する。

第一章は課金の徴収を為す、公法上の法人は、節約的且つ経済的の財政に依って事業経営の義務を負い、更に又その組合員の給付能力を斟酌する義務をも負うこととなった。該法人はその予算案の編成と同時に新予算年度に於て徴収すべき課金を確定し、予算案及び課金については所轄大臣及び大蔵大臣の同意を得るを要す。

第二章に於て寄付金の徴収に関する規定を為し、将来寄付金の徴収については大蔵大臣との協議に依り独逸国粋社会党指導者の代理者が、同意を与えた場合に限ると定めた。但し慈善的寄付及び寺院の醵金等は例外であり、尚第三節(ハ)の国民労働促進のために任意的寄付は1934年3月31日をもって終了した。

第三章の失業救済と直接関係を持つ失業者救護税Abgabe zur Arbeitslosenhilfe(これは1934年10月改正の所得税法に合併されて廃止される)の規定が設けられた。即ち本法に依って新たに失業救済を目的とする失業救済救護税が徴収され右救護税の収入は原則として国内職業紹介及び失業保険局に帰属する事となった。この税は1934年4月1日から1935年3月31日迄の間に支給される労働賃銀から之を控除するものとし、火星対象たる労賃は純粋の労働賃銀のみを意味し雇傭契約の解除に因って支給される退職手当金を含まずと規定される。本課金については人口政策的見地からの負担軽減が行われ、三人以上の子供を有する納税義務者は所得の如何に拘わらず、1934年4月1日以降に於ける失業救済課金を全免されるの規定を有し、二児以下の納税義務者にして其の労賃月収五百マルクを越えぬ場合、及びその他の者も労賃月収百マルクを超えぬ時には、総てこれが爲の課金を免除し、二人以下の児童を有し且つ月収五百マルクを超える納税義務者にもその軽減が規定されて居る。

(2)社会保険構成法(Gesetz uber den Aufban der Sozialversicherung vom 5. Juli 1934.)本法は1934年7月5日を以て発布され、ドイツ社会保険制度の統一的改革を目的とせるものである。社会保険法の改革は既に以前より問題となって居たものであるが本法によってナチス的見地によって改革されることとなった。

本法は全五章よりなる。即ち第一章は保険部門、第二章は保険機関、第三章は保険官庁、第四章は監督に関する規定にして、第五章は経過的規定及び雑則よりなる。

本法の目的とする改革の要素は、(イ)社会保険制の多岐制の利益を保存しつつ支離滅裂の弊害を除去すること、(ロ)個々の保険部門の独立性を保持しつつその相互の関係を密接ならしめること、(ハ)社会保険を国家行政に対して一層密接なる関係に置くこと、(ニ)監督に新しき内容を盛り、而して監督を一層厳重且つ有効ならしめること、(ホ)指導者原理を社会保険に実現すること、(ヘ)保険官庁の構成を単純化すること、(ト)医士に社会保険上相応の地位を認めること、(チ)個々の保険種類の法制上の相違を出来る限り除去すること等である。

保険部門については、従来ドイツ国営保険は疾病保険、傷害保険及び癈疾保険の三部門であったが今後は之に職員保険及び鉱夫保険をも包括的に統一した。失業保険はさしあたり問題とされない。この改正によって疾病保険と年金保険事業とは統一される。かっくて社会保険に於ける従来の分散不統一が除去され、統一的な構成によりその能力を高められんとする。而して地方保険所は従来の如く管轄区域内の疾病保険の機関なるも、同時に所謂共同事業に対しては疾病保険の機関となる。共同事業とはその地域に対し合目的に共同に遂行せらるべき事業にして、その範囲は労働大臣か関係大臣の同意を得て之を定める。例えば病院、保養所の経営、人口及び保険政策事業への参加、疾病金庫の積立金の共同管理、保険医の取締り等これである。尚労働大臣は関係各大臣の同意を得て保険機関の設置、合併、分界、解散及び閉鎖に関し細則を定める権限を有する。

指導者原理が社会保険にも導入され、各保険機関の長として一人の指導者が置かれ、従来の合議制の機関は廃止され指導者は独裁的責任を以て之等機関の任務及び権限を行う。

指導者の補佐として諮問委員会が置かれ、これには被保険者及び企業者の外に新たに医士及び保険機関を管轄する地域団体(國・邦・市町村)の代表者各一命を加える。諮問委員会は従来の如く選挙によらず、被保険者及び企業者の代表は一般に労働戦線の意見にきいて監督官庁により任命される。

財務組織については保険料は労働者及び企業者の等額負担とする事に改められ、傷害保険の料金丈は企業者の全額負担とされる。保険機関の財務及び会計制度はなるべく会計法規に従いて統一的に、経済的に施行するを要し、疾病保険の機関に対しては、疾病金庫内の掛け金及び給付額の不当なる相違を調整する為に共同負担制度が設けられた。労働大臣は経済大臣及び食糧農業大臣の同意を得て個々の金庫の共同負担支払額の最高限度を決定し、又労働大臣は疾病保険及び年金保険に対する統一的掛け金徴収に関する規定を設けるを得る。

保険官庁として國保険局が設置され、社会保険に於ける最高の審判、決議及び監督官庁となり、この爲にバイエルンザクセン・バーデンに在る三つの邦保険局は廃止された。監督範囲は保険機関の法律および定款の励行を監督するにある。而もその領域は癈疾(不治の病)、職員、傷害及び鉱夫保険の凡ての保険機関に及ぶ。