猶太と世界戰爭(新仮名)17

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第二章 猶太と世界戦争(続き)

三、今次世界戦争の性格(昭和16年8月10日)

それがこの形に於てこの時期に来ることを阻止せんとして少数の憂國の士が声を嗄(か)らして叫び続けて来たにも拘らず、遂に来るべきものが来たのである。或る世界的なる秘密力の計画通りに、それが久しく予定していた年に予定の世界大戦が予定の方向に向って進行しつつある。しかしそれは、恐らくは少なくとも二度は防止し得たと考えられるし、またそれが結局世界史的必然であるとしても、少なくともその時期の点ではかの秘密力の予定通りに運ぶことを阻止され得たと考えられる。しかし我々は、いまここにそれを詳述している暇はない。また徒(いたず)らに死屍(しし)に鞭つにも忍びないにも拘らず、なお多少意のある所を述べてみたいと思うのは、なお来るべき日にも、現在の情勢の儘にて進むならば、同じ過誤を繰返し、また同じ無意義の戸惑い*を繰返すことを恐れざるを得ないからに外ならない。

*当時、独ソ不可侵条約は、日本に以下の深刻な事態を生んだ。ここで言う「戸惑い」とはそれを指す。
(ウィキより)かつて日独防共協定を結び、さらにドイツと同盟交渉中であった日本の政界が受けた衝撃は甚大であった。当時日本はソ連およびモンゴル人民共和国との国境紛争・ノモンハン事件(1939年5月11日~9月15日)の最中であった。8月25日に、平沼内閣は日独同盟の締結交渉中止を閣議決定した。8月28日には平沼騏一郎首相が「欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じた」ために同盟交渉を打ち切ると声明し、責任をとって総辞職した。

 

 既に我々によって幾度か指摘されたように、エホバの数十五を形成する今年一九四一年こそは、かの秘密力に取ってはその世界制覇の年である。もしこの年を逸するならば、一九五〇年迄は機会がないのである。勿論一九四一年に失敗すれば一九五〇年を待つであろうが、然しこの年を無為に終ることは、秘密力としては、旧約聖書申命記二十八章にエホバによって示されて居る通りに、秘密力そのものがエホバによって亡ぼされる事になるかも知れないのである。有史以来エホバのこの命に恐れ戦き続けて来たかの秘密力は、最近事毎に自己のものの如く、今年を期して今や懸命に自己をエホバの罰より救わんとしつつあるのである。

かく言うとき、かかる迷信深い秘密力がいまだに地上に存在することを恐らく人は疑わざるを得ないであろうが、これは旧約聖書とタルムードを活眼を以て読む者には一点の疑をさしはさむ余地の無い事実である。

然らば我々はこの秘密力の努力をいま何と命名すべきであろうか。これに対して最も明瞭なる表現を用いるとすれば、猶太の人類他民族殲滅戦と言うべきであろう。これを我々は在来猶太の世界制覇運動とか、世界征略戦とか言って来ているのであるが、最近の緊迫した情勢に於ては、今次の猶太の計画した世界大戦はその人類殲滅戦の名をもって呼ぶとき最もその正当な称呼となるのである。

従って今なお近視眼者流の言う如き欧州戦争と独立した独ソ戦争はないし、また欧州戦争又は独ソ戦争と独立した日支事変もないのであって、これ等はその勃発の当時より、既に我々の指摘して来た通りに、一個の世界戦争の部分的事件であり、今一度別の表現を用いるならば、かの一九四一年を目指す猶太の世界殲滅戦中の一幕又は一場なのである。

かくて現在の世界には、多少とも世界の真の情勢と世界史の必然的運行とに理解を有する者に取っては、かの「複雑怪奇」などという漢語の成句に相応する現象はないのである。また世界史的な事件の起こる毎に戸惑い*して、敵も味方も見分け難くなり、世界情勢の変転極まりなきことのみを強調するのは、誠に無定見、無節操、無道義の井蛙(せいあ:井の中のかわず)の見の持主であるに過ぎない。田に耕す匹夫(ひっぷ:身分の低い人間)と雖も、日本人なる限りは、現在では今少しく世界情勢に通じ、所謂腹も出来ているのである。実に現在の世界には、或いは複雑さはあっても、「怪奇」なるものはないのである。怪奇ならぬものを怪奇とすることこそ怪奇であって、ここにこそ現代日本の行詰りの総原因がある。

 

然しこれらの点については、我々の在来の主張に理解のある読者にはこれ以上の説明なくして明らかであると考えられるので、ここに本節の冒頭に論及した回顧に移ろうと思う。

かつて我々は、日支事件が日猶事件たることを既に事変後一年にして明らかにしたのであるが、その中で既に防共協定が防猶協定であることを自覚しない限り、それが空念仏に終るべきことに論及しておいたのである。次には同じ観点より既に十三年秋に日独伊の軍事同盟を要請したのであったが、近世日本史上の最大〇〇の歴史の一つとしての××××××より約半年先行するのである。

今にして思えば、かの時かの×××軍事同盟の件が内外の不可思議なる力の活躍によって流産しなかったとすれば、換言すれば防共協定が防猶であることを責任ある地位の者が自覚したならば、従って防共協定が単に対コミンテルン又は対ソのものでないことを自覚するだけの明識を持っていたとすれば、所謂欧州戦争はかの時期には起こることはなかったであろうし、また独ソ不可侵条約も勿論あり得なかったのである。

しかし一度独ソ不可侵条約となり、欧州戦となった以上は、もし防共協定で防猶協定であることに徹していたとすれば、その場合に取るべき策は寸刻も不明となる筈はなかったのである。不可思議なる力の策謀にひきずられた事こそ「怪奇」なのである。この点を暗示しようとして、我々はかつて「複雑怪奇と不介入」なる短文を草し、その中に於て、当時に於てかの秘密力の正体が認識されたとすれば、そしてまた日独共同しての真剣の努力が重ねられたとしたならば、恐らくは戦わずしてソ連を改造し、ソ連をしてロシヤ人のロシヤたらしめ、其処に政権を独占する猶太をして不戦敗に終らし得たかもしれないことに論及したのであった。しかしこの点の日独了解は成立せず、猶太秘密力の英米を使嗾(しそう:指図して仕向けること)しての画策は、遂にソ連内部に於ても一時揺ぎを示した猶太勢力をして勢力を回復せしめ、ここに独ソ戦争となったのである。換言すれば、独ソ不可侵条約全体主義独逸の共産主義ロシヤに対する思想戦の不戦勝であり、日本の援助によって確立さるべき運命のものであったのである。

かく論じて来る時、現在の世界に於てわが國の一挙手一投足が如何に重大な意義を持つかが明瞭であろう。しかしながら、惜しむらくは、その我國に現在の世界を動している猶太秘密力(その機関としてフリイ・メイスン秘密結社等を含むことは言う迄もない)に対する認識が欠けているために、枢軸側に依る世界新秩序の建設は、その途上の大事件毎に最後の瞬間に於て猶太秘密力のために側道へ外れさせられてしまうのである。既に猶太としてはかつて我々が「世界大戦へと駆り立てるもの」に於て触れた通り、今次世界大戦は幾多の点に於て失敗に帰している。そしてそれが特に独伊に於ける猶太認識の結果であることは言う迄もないことである。この理由によって、我々は「前世界大戦に於ける敗戦独逸の場合」なる短文を物して、我々の時代に処する参考としたのである。

前述の通り、今はただ回顧のみに耽るべき時ではない。今は将来を見るべき時である。然しながら我々は、永遠の平和とか世界最終戦論などという如き偽装唯物論を弄している程に呑気ではないし、またかかる空言を弄(ろう)することによってかの秘密力に意識的にも無意識的にも協力するほどに猶太化してもいない。我々はいま我々の足下に迫っている世界の現在の情勢について、我々が今まで見続けて来た観点よりの展望を展開しなくてはならないのである。未来を説くことが総て空想であると称せられるならば、我々は空想の名も甘んじて受けるであろう。しかし生ける生は未来を含まぬものはないのである。政治も軍略も、生ける人間の世界のことはすべて然りである。

いま世界の視聴を集めているのは、何と言っても所謂独ソ戦争であるが、これはかの猶太秘密力の人類殲滅戦に於て如何なる位置を占めるものであろうか。ここに我々は歴史の論理を示すために仮に戯曲の構造を借りて説明するならば、独ソ戦争は今次世界戦争の第二幕を占めるものと言われるべきであろう。第一幕は勿論東の日支事変、西の欧州戦争であって、スペイン内乱チェコ事変等は勿論第一幕以前の序曲であるに過ぎない。

然らばその第三幕は何であるかと言うに、これは猶太秘密力の予定では、日米戦ではないかと考えられる。然してそれに続く第四幕は枢軸対英米ソ支等の文字通りの世界戦であり、第五幕はその決戦であって、猶太の人類殲滅戦はここにその頂点に到達する。そしてこれらの諸幕の何処までがエホバの年一九四一年たる今年中に来るべきであるかは、今は正確に予言することは避けたいと考えるが、猶太の信念に当って、然も天界に異状のある筈の今秋初めが最も注意すべき時期ではないかと考えられる。

有史以来エホバの命に依って他民族の殲滅を宗教的信仰として来た猶太人は、最近事毎に志のたがう(異なる)のを見て、今度の世界戦争にては一挙にしてその頽勢(たいせい:劣勢)を回復したいと考えているのであるから、その殲滅戦の激烈さは恐らく有史以来のものであり、人の想像を超えるものでないかと考えられる。殊に欧州方面に於ては前に我々が屡々論及した通りに、ニーチェの預言が実現して、猶太が欧州を去るべき日が来つつあるのを自覚したかにも見える猶太は、それだけその活路を東洋に求めようとしているかに見える。ここに最近の東洋情勢の真の原因があるのであって、猶太に取っては、英國そのものが大切に非ず、ソ連そのものが可愛いいのではなくて、自己の世界征略の手段になるものは何にても利用するに過ぎないのである。例えば本國を失ったオランダが蘭印に於て我國に反抗しているのは、オランダ本國よりは蘭印の方が猶太に取って重要であることを証しているのである。最近にも独英の妥協がまことしやかに流布されているが、これは英に於ける猶太陣営の揺らいだ場合か或いは揺らぐ見込のある場合以外には絶対にあり得ないことである。この点の事情を知らぬならば、或いはまたかの独ソ不可侵条約当時の如き戸惑いが来るかもしれない。しかし現在のチャーチル、イーデン、ダフ・クーパー等の猶太支配内閣の存続する限り、独英の妥協はあり得ないのである。また猶太としては、たとえ英本國を失うとも、その自治領又は植民地が従来の如く猶太支配下にある時は、決して独英の妥協はあり得ないであろう。そしてもしそれがあり得るとすれば、それは東洋乃至日本攻略のための猶太側より命ずる英ソの屈辱的な屈服の場合であるが、これを防止するためには何時までも我々に於て功利主義に立つことなく、真の道義と武士道との精神によって「志を同じくするもの」と協力し、裏面に於て常に秘密力と内応した ―たとえ多くの場合に無意識であろうとも― 過去の汚辱を再び犯さざる決心を要するのである。

現在の猶太秘密力に依る日本包囲を指して、秘密力の代辯者であるハル長官は、それは日本のせいである、と言っている。然り、正にその通りであって、日本の存在は、秘密力に取っては目の上の瘤(こぶ)である。その世界征服の完成の一歩手前に於てそれを妨げるものが東洋に於ては常に日本であるからである。それ故に猶太は、この日本討滅のために米國人をして戦場の露と消える覚悟をなさしめるために、あらゆる宣伝に憂身(うきみ)をやつしているが、現在の太平洋の彼岸に於ける狂躁曲の真相である。この度の英米二カ國の政治責任者の行方をくらましてのランデヴーもまたその曲の一節であるに過ぎない**。それ故に、西に於て独猶の決死の争闘が必然である如く、東に於ては日猶のそれが必然である。そしてそれは、米國人が猶太のために身を犠牲にする決心をするだけに宣伝に躍り、また軍備が量的に日本の幾倍かになる時を待っているに過ぎない。そしてその時が何時であるかは、我々素人には明らかではないが、そう遠いことでないことは我々の在来の記述で明らかであろう。

**恐らく、大西洋憲章調印の爲に1941年8月9日から12日に行われた大西洋会談を指すと思われる

 

かくて残る所は、この不可避の運命に如何に処するかである。或いは場合によっては、不戦勝ということも双方の側に於てあり得ることであろう。然しながらそれは、より適切なる時の猶太秘密力の日本攻撃を予想したものであることを忘れてはならない。幾千年間人類全体に対して常時戦争状態にある猶太は、文字通りの世界制覇の日迄は、戦略的休戦以外には、エホバより他民族との和平を許されていないからである。

ここまで論じ来って、この筆は最早先へ動くことを肯(がえ)んじない(許さない)のである。坐視していることそのことが大苦痛であり、大罪悪である如き感のすることさえあるが、しかし今は忍ぶ外に道はないのである。ただ我々は祖國日本の悠久の生命を確信しつつ、しかも来るべき幾年間の大苦難に当って天佑神助のあらんことを祈念して、この短い展望を終わりたいと思う。(一六・八・一〇)

猶太と世界戰爭(新仮名)16

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第二章 猶太と世界戦争
二、大東亜戦勃発後の世界情勢(昭和17年11月5日)続き

緒戦の敗戦が米英ユダヤを狂喜せしめつつあることには既に論及した通りであるが、この際に我々日本人として特に反省すべき一大屈辱事件のあることに論及しておきたい。それが何処まで政府当路者(当事者)によって自覚されているかは筆者に尚不明であるが、日本が道義國であり、武士道國である限りに於ては、次の一屈辱事件は決して闇に葬り去らるべきものではないであろう。皇國の栄誉を傷つけることこれにまさるものは無いと考えられるからである。

その醜悪なる一件とは、大東亜戦勃発の前日に至るまで継続されたところの対米借款交渉である。彼は平常よりユダヤ問題の否定者にして自称日本主義者の一人であるが、或系統の親猶主義を継承しているらしく、殊にその旧式日本主義に共通の自覚せざる唯物主義は常に背後に金権系支持者を有しているために、現代に於てはその愛國主義的看板にも拘らず、実際の行動は売國的結果となり勝ちなのである。(以下約四百字略)殊に彼が今なお一部の偽装唯物論者によってその権勢欲の強烈さのために支持され、またその無責任なるが故に放胆なる文筆の才のために若き無批判の徒の間に愛國者の名声を保持しているのを見る時、皇國の屈辱も正に極まれりの感なきを得ないのである。これ米國がわが國を軽視して、かの理不尽の三大条件をわが國に押しつけんとした原因の一つであり、元来無責任なる捏造事件によってわが國を中傷する米英及びユダヤに最も適切な口実を得せしめたのである。米英が抑留邦人を虐待するのも、はたまた元来個人主義的利己主義者の米國民が相当の頑張りを見せるのも、上述の徒輩の非日本人的行為がその直接原因となっていることを我々は忘れてはならない。ユダヤを識らざる者の行為が如何にユダヤを益し、ユダヤに利用価値あるかは、この一例をもってしても判明するであろう。今にしてこの汚点の拭はれざるに於ては、将来皇國の栄誉は如何なる曇を生ずるであろうか。怪奇なるはむしろ國内の情勢であると我々をして嘆ぜしめた二、三年以前の不快なる経験が、いま大東亜戦下に於てまたも我々の良心を痛ましめるのである。

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註:ここで指摘されている事件とは、恐らく野村證券野村徳七貴族院勅選議員)による工作であると思われる。その事件とは、次のようなものであった。(以下、「男の切れ味(中)著者: 小堺昭三」より引用)

[(野村)徳七の「対米工作」]
前述のように、東條英機が北進戦略から南進戦略に転じはじめると、逆に徳七は「ヨーロッパでソ連と戦っているドイツに呼応して、日本はシベリアへ兵をすすめるべきだ」と北進論を提唱する様になった。
外相松岡洋右ヒトラーと握手してのち、モスクワに途中下車してスターリンと「日ソ中立条約」を締結、意気揚々と帰国してきたときも徳七は、三歳若い彼にそのことを進言している。其処には鐘紡社長の津田信吾、大阪商船社長の堀啓次郎が同席していた。昭和十六年五月のことである。
徳七の気が変わったのではない。北進論はゼスチャーにすぎない。もし東條の号令一下、日本軍が南方諸国への武力侵略を断行すれば、大正初期からつづけてきた野村コンツェルンの南方事業が崩壊してしまう。
「何のために二十年間も心血をそそぎ、何のために巨費を投じてきた南洋事業だったか。三井、三菱、住友などがいかに兵器を量産しようと、ゴムと石油がなければ戦争には勝てないんだぞ」と叱りたいのであり、武力侵攻を阻止するだけでなく、日本軍の銃口をすべて北へ向けさせておきたいのだった。
だが、「日ソ中立条約」まで締結してきた松岡洋右は徳七の魂胆を見ぬいているかのごとく、こう答えた。
「あなたの南洋事業は保証します。わが皇軍が南方の拠点をすみやかに確保し、イギリス軍やオランダ軍に施設を破壊させるようなことは決してやらせません。日本は大東亜圏を支配するのです。むしろ、あなたの南洋事業はますます繁栄することになりましょう。その日は必ずやってきますよ。近い将来に」
海軍によるハワイ真珠湾攻撃と、陸軍によるマレー半島上陸作戦が敢行されたのは、それから半年後であった。
松岡の「あなたの南洋事業はますます繁栄する」を信じていなかった証拠に、徳七はこんな「工作」もやっている。
それは「対米借款に一役買いませんか」と政商Nがもちかけてきたのに始まる。
有力なアメリカ人ジャーナリストと結び、日米貿易公社をロサンゼルスに設立する。日本側は半額の五億ドルを日本に信託預金し、必要物資をこの会社がひきうけて供給する。陸軍省もかげながら支持しており、野村コンツェルンが中心となって設立運動費を出してほしい、とNはいう。
すでにアメリカは日本との通商条約を廃棄し、ABCD経済包囲網を締めあげつつあるときだ。こんなときにアメリカの民間人が、日本が欲しがっている物資を都合できるわけがない。都合できたとしても、日本の港に貨物船をよこすことは不可能だ。
とは思ったものの徳七は「頭から疑っていたのでは何も生まれぬ」のでOKした。
これは一種の民間外交だとも思った。こんなところから日米間の緊張がほぐれないともかぎらない、そうも考えたのだ。
さっそくアメリカへ、野村證券常務の飯田清三ら三名の社員を、調査団として派遣することにした。が、Nが国際ペテン師である事実がバレて、徳七は「対米借款問題の狂言はついに尻尾を出した」と日記に書いている。…

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かくて米(英)ユダヤは、最近伝えられる放送局の接収等に見られる如くに、いよいよその独裁体制を整頓しつつあり、そして現在にては最早何等の掣肘(せいちゅう)を受くることはないのである。勿論世人を欺くため、また日独伊陣営を撹乱するためには、種々の策謀が國の内外の事件に関連して行われるであろう。例えば今度の選挙に於てニューヨーク州知事ユダヤレーマンが退いてデューイ―が出た如きも然りであって、この他民族第一線主義への転換はユダヤ地盤の確立の結果とも見られ得るのである。今や米(英)に於けるユダヤの地盤は、ソ連のそれの如く、全く確固不抜のものとなったと言っても過言ではないであろう。たとえ今後敗戦が持続しようとも、又いよいよ長期戦となろうとも、この事情は容易には転換することはないであろう。これを思えば、枢軸側としても徒(いたず)らなる掛声に止まる所なく、真の総力戦体制を確立して、先ずユダヤ的謀略の正体を究(きわ)め、その上にて各般の施策を決定すべきであろう。

以上の記述で、米(及び英)の國内情勢の現在に於ける大勢は察せられるであろう。従って既に昨年十一月二十六日に汎米ユダヤ会議があり、その席上で「全世界に米國民法の採用を要請す」という決議がなされたのも、決して不思議ではなかったことが判明する。後述する如くに世界の赤化により世界支配を実現せんことを期しながらも、戦略上それを表面の旗印とすることの今では不利なるを自覚したユダヤは、先ず民主主義を以て世界を征服せんとしているのである。否、ユダヤの両建戦術は、赤化主義と黄金帝國主義との二つを併用しつつ進んで来ているのである。

この連絡に於て英國の場合にも論及するならば、ユダヤとしては既に英國そのものには見限りをつけているのではないかと考えられる。勿論利用価値のある間は今後も英國の名を利用しつづけるであろう。然しこの場合にもフランスの場合と同様であって、利用価値の消失と共に英國ユダヤによって捨て去られるであろう。そしてその伏線は、近来新聞紙上に散見する次の言説である。即ち、米國英國の遺産の継承をねらっている、というのがそれである。ユダヤがかかる言説を直接間接に世界に普及させつつあるのは、これによって世界をそれに慣らせ、将来それが実現の段階に入っても世人をして異様の感を抱かしめないためであろう。勿論英の遺産をねらう者が米のみでないことは、ユダヤ問題に多少の考慮を払う者には自明であって、ソ連もまた米と並んで英の遺産をねらいつつあるのである。しかしこれはユダヤの現在の戦術上隠されていると見るべく、印度問題が喧伝されるにも拘らずソ連の動向がこれに関して少しも新聞報道に上らないことは、却ってこの事情の伏在することを確証するものと言えるであろう。英の遺産の問題に関しては、新聞紙上に散見する問題をこの見地より見ることによって充分な解答が得られることを信ずるので、ここではわが國とも直接の連環を持つ英の遺産のうち、印度問題のみにつきなお多少の補説をしておきたい。

わが國に於ては現今の印度の騒擾を余りにも表面的に解し過ぎ、従ってまた余りにも重大に見做しすぎているようである。我々より見れば、ガンヂーは別とするも、その他の指導者の如きは英國及びユダヤの走狗たるに過ぎないのであって、大言壮語好きの結社系言説に見られる如き「東亜解放者」ではないのである。彼等は必ず英國系フリイ・メイスン結社の高級会員たるべく、この点は蒋介石等國民政府の要人と同一であって、その故にこそ印度の指導者連は國民会議派と自称して来たのである。時代を操るためには、時代に通用する名を採るのはユダヤの方策である。従って彼等の反英運動は、愚昧なる民衆を欺き、また一部の覚醒せる者の殺戮に機会を与えるためになされる英國ユダヤとの八百長であるに過ぎない。従ってこの反英抗争は、印度民族の殲滅を目標とするユダヤの運動であるに過ぎない。なお此度の反英抗争の持つ一つの重大なる意義は、この抗争によってビルマまで進攻せる日本軍の印度進攻を防止することである。今次反英抗争のこの性格は、印度指導者達 ―例えばアザット― がルーズヴェルト蒋介石スターリン等に仲介を求める態度を取っていることによっても裏付けされる。真の反英抗争は、現在に於ては枢軸との合作以外に道はないのである。如何に地理的制約があるとは言え、これは歴史の論理なのである。反英抗争のかくの如き自明の性格に無智なるらしく見える日本朝野の認識不足に対して、吾々は多大の不満と不安とを感ずるものであるが、これまたユダヤ問題に関する認識不足の必然的結果である。印度の将来に取って残る問題は、印度の民衆が如何なる程度の抗争力を持っているかによって決定するのであって、これさえ強力であれば指導者達の対英八百長も或いは将来その仮面を剥がれるに至るかも知れないが、しかしこれは至難中の至難事であることを我々は忘れてはならない。ここに我々の印度に対する態度も定まって来るのである。この適当なる対策なき時、英の遺産としての印度はスターリンの手に帰するであろう。嘗つてのチャーチルスターリン訪問はこの点に関する談合をその重要なる課題としたのではないかとも考えられる。世界のユダヤ通信網がこの点に触れなかったことこそそれを証すると言えるであろう。

 

かくて問題はソ連であるが、ハルピンのユダヤ雑誌「ユダヤ生活」が誇らかに述べている如くに、「ユダヤ教ソ連の國教である」のであるから、このソ連米國と並んでユダヤの二大牙城たることは言う迄もないことである。否、ソ連こそは、独ソ不可侵条約の頃に於て多少の変調はあったといえ、昔も今も全くのユダヤ國であって、ユダヤの地位に確立せる点では、現在の米と雖もなおソ連に及ばないと言い得るであろう。勿論かく言っても、米の反猶団体が大東亜戦以前に於ける如くその二百数十のものがそのまま健在であるというのではなく、またソ連に於て反猶主義が皆無であるというのではないが、しかし独裁者専制者としてのユダヤ人の有する権力の強度に於ては、ソ連が米にまさることはなお相当のものがあるのである。それ故に米に於ては汎米ユダヤ会議であった所のものが、ソ連に於ては世界ユダヤ人代表会議となり、然もそれが昨年八月二十四日と本年五月二十四日との両回に公然と行われているのである。ここに於てか我々は最早この会議の内容の詳細を検討するの要を認めないものであって、ただ「赤軍ユダヤの盾である」ということが明白に主張された一点を指示することで今は充分であると考える。古い話ではあるが、純ロシヤ人であったトハチェフスキー将軍等がその功績にも拘らず大根の如くに切り捨てられた謎もこの点より明白になるのである。マルクス主義乃至ボルシェヴィズムは、その実行はユダヤ人にのみ許されるのであって、その対象は非ユダヤ人であり、ただその実行の段階に至る迄は非ユダヤ人の協力を利用するに過ぎないのである。これは資本主義の場合も同一である。

然し前述した如くに、ソ連に於ても反猶主義は根絶された訳ではなく、ユダヤ権力の強烈であるに連れて或意味に於てはその反猶主義もまた強烈であるとも言い得るであろう。そしてこれが今次「独ソ戦」に於ける敗北によって時としてその発露口を見出そうとするかも知れないのは察知せられる。ここに本年十月初旬世界に宣伝せられた赤軍における政治委員制の廃止の如き件が生ずるのであって、この再度目(二度目)と思われる「廃止」は、対内的にはそれの形式的廃止と実質的強化を意味し、対外的には中立國及び日本等に対する宣伝に外ならない。元来スローモーのスラヴ人は、この宣伝によっても相当に乗ぜられるのである。赤化思想の処置に正当なる見識を示し得なかった日本がその宣伝の対象となされていることは名誉なことではないが、然し事実であることは如何ともし難いのである。少なくとも日本の新聞はそれをその儘掲載し、日本のインテリの一部がそれに感傷の涙を禁じ得ないことは、ユダヤの打算の通りである。

なお日ソの関係は、現在としては日ソ条約によって規定されているが、これとてもソ連及びユダヤにそれが好都合なるために維持されて居ると見るべきであって、連合國の軍備拡張が予定の段階に達する時には、今次大戦の第四幕、第五幕としての××衝突の来るのは必至であると考えられる。それを避け得るのは、日本がユダヤ問題にも早く徹して枢軸國との協調をこの点に於ても実行するに至るか、枢軸國による完勝が早く実現されるかの二つの場合である。しかしなおその時にも世界からユダヤ問題が消滅したと見るのは尚早であることは言うを俟たないことである。

ソ連赤軍と言えば直ち督戦隊が想像せられるが、同一のことは秘密結社藍衣社(らんいしゃ) ―これはかのフリイ・メイスン秘密結社の支那化であろう― の支配する重慶支那についても言われ得るのである。そしてなお他に両者に共通する重大なる要素に民族主義のあることは見のがし得ないのであるが、然しこれは前述せる如く印度が時代の風潮に即応して國民の名を利用するのと同一の方策に依るものであって、裏面に於ては秘密結社の力によって生命を威嚇して指導的地位にある者の自由を奪い、他方表面的には民族主義を利用して愚昧なる民衆を欺くのである。これは共に所謂「文明國」に於ては不可能であって、ソ連又は支那に於ける如き國に於てのみ実現され得る方策である。

ソ連重慶に関しては、以上の二点の認識に於て欠ける所がないならば、他の諸点はおのずから明瞭になって来るであろう。それ故に我々はここに筆を改めて、現在に於けるユダヤ対策に関して一言して、この小論を終ることにしたいと思う。

 

我々は既に國内の親猶主義者について多少記述して、それが主としてユダヤ問題に対する認識不足に由来することにも論及し、ひいてその唯物論的志向が必然にかくならしめることをも暗示したのであった。現時局下として最も警戒すべき今一つの傾向は、同じく一面に於ては日本主義を標榜し、國體(国体)論を口にしながらも、結局唯物論の魅力圏内に彷徨する狂信日蓮宗の一群である。この外にも財界その他に親猶主義が存在しており、特に表面的には解消したロータリー・インターナショナルの如き有力なるものもあるが、然しここでは或意味に於て現代の指導層に属するか、或いは責任ある指導層に直接の影響力を持ち、従って重大なる根本國策にも関係すべき憂のある場合のみを挙げるのである。(以下約百字略)

彼等に依れば、ユダヤ問題はユダヤに國家を形成せしめる事によって解決するのであり、独伊のユダヤ排撃は道義に悖(もと)るものであるから、道義國日本は独伊に忠告して、その排撃を中止せしめ、八紘為宇の精神によってユダヤをも救えというのである。彼等の言説が枢軸離間を目標とするものでなければ幸であるし、また××事変を誹謗せんとする下心を有するものでないことを我々は道義日本のために祈らざるを得ないのである。そして何故に猶太のみがかく慈愛の対象となるかについては或種の妖気の揺曳(ようえい)を感ずるのであるが、今はそれを語るべき時機ではないであろう。兎に角その代表者の某紙上その他に於けるあくどい論説は、その表現は、彼得意の美文調であるが内容に至って親猶主義の公式であって、所謂シオニズムとはかかる短見者流の無批判性を算盤に入れて形成されたユダヤの謀略である。従って内容的には問題とするには足りないが、これが責任ある要路者(重要な地位の者)に与えられたる一連の論説の一つであることを思う時、問題は過小視されてはならないのである。この盟邦を侮辱する親猶主義が万一にも責任ある為政者によって考慮されることがあるならば、その結果は前に論及した某の場合にも比すべき悪影響を持つに至るやも計り難いのであって、かかる言説の責任の大なることは、かの場合と同一である。この点に於ても道義日本としては事を曖昧に葬ることなきよう明断を望まざるを得ないのである。そして二つの場合ともに、それらの思想又は行為の地盤となった陰の勢力にもまた適当なる処置の要請されることは自明である。空想的観念的なる旧式日本主義が如何なる秘密力の策謀下にあるかは不明であるが、それが現下最大の危険なる存在と化していることは屡々(しばしば)あるのである。赤色主義に対する批判がなく、ユダヤに対する認識のないために、それは赤に利用され、ユダヤに駆使されるのである。(一七・一一・五)

猶太と世界戰爭(新仮名)15

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第二章 猶太と世界戦争(続き)

二、大東亜戦勃発後の世界情勢(昭和17年11月5日)

某閣僚は先般の中央協力会議に於て、英米は今年中(昭和十七年)を期して反撃に出でんとする気配を示していると説き、またその後の閣議に於ては、米國最近の中間選挙の結果としてルーズヴェルト政権の地盤に揺ぎを生ずることはないと述べたが、前の発言は今年も十一月に入った今としては既に多少の見当外れの感を与えぬでもないが、諸戦の勝利の為めにややもすれば弛緩し勝ちな人心を引緊めるためには、かかる発言も必要であったと考えられるし、殊にソロモン海戦以後の南方の状況をも考慮する時には、それはあながち見当外れとも言い得ない事情もあったのであろう。これに反してその第二の発言は全く肯綮(こうけい:物事の急所。かんじんかなめ。)にあたったものであって、ユダヤ宣伝機関の一つであるギャラップ輿論研究所の宣伝的調査の発表に一喜一憂することの愚を知っている者には、その世論調査なるものが伝える所がどうであろうとも、某閣僚の指摘する如き事情の生ずることは前以て予想されたのである。それ故に、もしその報告に「予想通りに」という如き言明があったならば、そのユダヤ秘密力に及ぼす威力は誠に大なるものがあったと想像される。ルーズヴェルト三選の時のギャラップ輿論研究所を先頭とするユダヤ機関の巧妙な掛引に一喜一憂せしめられた愚かな経験にも懲りずに、今なおこの方面より伝えられる報道をその儘伝えるわが國報道機関の無批判性にも驚かざるを得ないが、しかし思想戦の掛声の喧(やかま)しいにも拘らず、責任ある指導的地位の者が今なお適宜の時に敵の急所を突くことを忘れているかの如くに見えるのは、その理由が那辺(なへ:いずこ)にあるかは知る由もないとしても、兎に角、大東亜戦争完遂途上のわが國の前途にはなお相当大なる難関が世人の想像だにもせざる方面に潜在しおることを感ぜしめないではおかぬのである。吾人の屡々(しばしば)説き来った如くに、みずから戦線に出る勇気はなくまた現在では最早その必要をも認めない ―古来もまた然りであったが― ユダヤは、世界に張り巡らしたる通信宣伝機関を用いて自己の支配下にある連合國は勿論のこと、中立國のみならず敵性國をも巧みに自己の影響下に置く手段を心得ているからである。

然し時代の怪奇性はいよいよ複雑となって来て、昨今わが國の報道機関さえ外電記事のうちに屡々ユダヤの名を見せることがあるが、それすらも却ってユダヤ方面の策謀の結果であると見做さるべき場合 ―多くはこの電報の系統によって辨別(べんべつ:識別)し得るが― のあることを否定し得ないのである。我が國に於て、日支事変以来、特に大東亜戦以来、赤化主義者が東亜新秩序を論じ、民族問題を論ずるのみか、國體(国体)論までに手を出して、時局の先頭に立ちつつある場合がかなり見られるが、それと怪奇性を等しくするかの如くに、今やユダヤは自己の名の覆(おお)い難いのを知るに至ったものか、その名を隠見(見え隠れ)せしめつつ適当の方策を講じつつあるかに見えるのである。例えば本年十一月九日の某大新聞の第一頁の記事の如きもその一例と見做され得よう。即ちユダヤアングロサクソンとの不一致を殊更に強調することは、アングロサクソンのみを敵視するわが國朝野をたぶらかすには最勝の方便なのである。ルーズヴェルトユダヤ血統が真実であるとすれば、世人の眼を欺くためには或いは機会を見て彼を第一線より退けることが既にユダヤ指導層で決定されているのかも知れない。ルーズヴェルトによって事態が現在の所まで進められて来たのであるから、一面に於ては彼のユダヤ的使命は達成されたとも見得るからである。利用価値が消失する時に容赦なくその傀儡的人物を捨て去る ―殺害その他の「清算」手段に依って― ことは、これユダヤの常套手段であることを我々は銘記しなくてはならない。従って我々は、米議会に於ける少数の「孤立派」の勝利などに有頂天になる愚を避けねばならぬ。この場合にも我々は、ユダヤの両建戦術の巧妙さを忘れてはならない。我々の常に主張し来った如くに、嘘を吐くにも算盤玉をはじく術を心得ているユダヤは、世界の趨勢(すうせい)を打診しまた敵性國の内部情勢を察知するためには、世界及び敵性國の幾割が真実を認識する能力を有するかを前以て計算し、その上にて嘘の宣伝をするのである。この間の事情に通暁(つうぎょう:精通)しない限り、ユダヤ的否定原理の支配的地位についている現代に於ては、歴史の運行さえも把握は困難であると考えられる。勿論ユダヤのこの動向に徹することによって世界情勢の全部が把握され得るとは言い得ないであろうが、しかしその正当な認識なき施策は、政治・経済・学術の方面は勿論のこと、軍事の方面に至る迄も迂闊(うかつ)の讒(そしり)を免れることは出来ないであろう。殊に現代の如き急激なる過渡の時代に於ては、その指導的階級と呼ばれるインテリ層こそ最もユダヤ性に富み、その感情・思索・志向に於てユダヤ化されて来ているから、この点の考慮は特に重要なのである。

 

今次世界大戦の性格は、ユダヤ問題を研究する者の立場より見るならば、ユダヤ人の人類殲滅戦である。ユダヤ人がその旧約聖書の日以来一日として忘れることのなかった日が遂に到来したのである。少なくともユダヤ人の主観から見ればそう感ぜられ考えられているらしく見える。そしてその第一の根拠は、今次大戦の世界的規模への進展が、エホバの年一九四一年(昭和十六年)であったことである。勿論今次大戦は、なお第四幕・第五幕を残していると考えられるが、それが既に頂点としての第三幕に到達したことは否定し得ないことであろう。エホバ信仰に厚い狂信家としてのユダヤには、大東亜戦が昨年中に勃発したことはエホバの庇護の印として感激の的となっているであろう。そしてその後の戦況の経過は、恐らくユダヤのその信仰を益々強化しつつあるものと考えられる。既にアメリカの有力猶太新聞「アメリカン・ヒブリュー」は、一昨年十二月四日に、

「戦争の意義が現在ほど明瞭であったことはない。今や全人類は、その戦争観念をめぐつて二つの陣営に分けられている。即ちこの戦争は、ユダヤ人を敵視する者を相手取ったユダヤ人生観の戦いである。全世界は今やユダヤ的な生存様式が勝つか、ユダヤに敵対する者のそれが勝つかの戦に鎬(しのぎ)を削っているのである。」

と書いたし、また某英國紙もその頃この戦は「ユダヤの聖戦」であることを主張したが、その聖戦が「エホバの年」に本格的な世界戦へと進展したのであり、しかもその後の情勢がユダヤの希望通りに向いつつあるのであるから、今やユダヤが如何に満々たる自信のうちに生きているかは推測に難くないのである。(約百五十字略)

かく論ずる時、欧州戦線及び東亜戦線に於けるユダヤ支配國の敗退はユダヤに一大痛棒を与えているではないかとの疑問が提出されるかも知れないのであるが、これはユダヤ問題の怪奇性に徹せぬ単純な考えに過ぎないのであって、東西に於ける連合國の敗退こそはユダヤの喜ぶ所であり、殊に大東亜戦の緒戦に於ける日本の勝利はユダヤに取っては全くのエホバ神の神助の結果であると感ぜられているのである。我々は既に以前より、大東亜戦に於ける緒戦の日本の勝利を喜ぶ者は日本人とユダヤ人とであるという逆説めいたことを説いたのであるが、最近に至っていよいよその感の深まるのを覚えるのである。その理由は、日本がそれを喜ぶのは当然の事であるが、ユダヤに取ってもそれが滞留國民(米英等)の臨戦体制を強化するに役立ち、ともすれば生起し勝ちであったユダヤに対する批判と不満との念を外らせるに役立つからである。戦争の拡大が経済的に利益を齎(もたら)すことは言うまでもないが、既に世界の富の大部分を所有しまた支配する位置を占めているユダヤとしては、今次大戦に於ては寧ろ自己の政治的地位の強化確立に対する関心が主になっているのであるから、この意味に於て緒戦に於ける連合國の敗北はユダヤに取っては誠に好都合のこととなるのである。殊にみずから戦線へ出ることのないユダヤとしては、自己のために戦場へ出る傭兵を必要とするのであるが、米英人をその役目に就かせるためには、緒戦の敗北こそは天来の好機なのであって、ともすれば叫ばれた「戦争目的の不明」の言説は、緒戦の敗北を利用しての宣伝によって全く封じ去られ得たのである。枢軸軍による本國侵入とか、占領地に於ける枢軸側の残忍なる行為とかの宣伝によって、元来誇張された優越意識の持主である米英人は、この場合にもユダヤの策謀を見る余裕を失って、ここに戦場へと盲目的に駆り立てられるに足るのである。現在米國軍六十万乃至八十万が海外へ派遣されていると称せられているが、その実数の真偽は兎に角として、かく大部隊の派兵の可能なるに至ったのは、ユダヤの扇動政策の成功の結果である。真の愛國者に売國奴の汚名を被せることにユダヤは成功したのである。ルーズヴェルト及びその一味の言行は、この間の事情を把握しない限り、その全幅的な意味が理解されることはないのである。

 

以上で現大戦の性格とユダヤの動向の大略は明らかになったと考えるので、以下に於ては各交戦國の場合につき考察を加えることにしよう。

先ず盟邦独伊の場合であるが、両國の情勢は、ユダヤ系の宣伝に敏感な宿命を持つインテリ層の危惧する程に不安のないことは自明であって、ユダヤ問題を研究する者より見れば、両國の國内情勢は相当に整備されていると考えられる。連合國側のユダヤ言論通信機関が殊更にファッショ諸國の暴政を説くのは、独裁と暴虐との点に於てユダヤ的残忍性を実践しつつある自己の政策が民衆によって批判される事を防止するために外ならない。この事は米英ソ連重慶に於ける独裁支配者の行状の実際を知る者には自明のことである。何れの側にも例外はあり、皇國に於てすらも所謂インテリ層の大部分は依然としてその唯物主義的個体主義的利己主義のためにユダヤ思想戦線の志願兵たるに甘んじているのと軌を等しくして、独伊に於てもかかる一群の徒 ―殊に本國を捨てて亡命中の秘密結社系の者― の存在することは言う迄もないが、しかし独伊に見られる服従と随順との精神は、米英重慶乃至ソ連に見られる屈従又は盲従とは対蹠的な存在であると言い得るであろう。後者に於ける形式上の服従の如きは、利害による結合又は威嚇による屈従以外の何ものでもないのである。独伊に於ける精神主義全体主義体制と、最近に至って次第に完成されつつある米英等に於ける金権主義的全体主義形態及びソ連に於ける酷烈なる唯物主義的全体主義的形態とは、悪意ある短見者流が時としては故意にそれらの同一性を強調することもあるが、根本に於ては大きな差異を有するのであるから、我々としてはその根本的なる本質上の相違を認識して、盟邦の交りを益々堅くして共同の敵に当らねばならないのである。これこそ道義日本の使命でなくてはならない。一時的なる戦線の異状とユダヤ系通信機関の宣伝に躍らされて、直ちに利害の打算を始める如き卑しさに陥ってはならない。無節操なる者に最後の勝利のある筈はないからである。何れにもせよ、この点に連関して今後とも中立國筋その他の通信宣伝機関を通し、或いは外交乃至通商機関を通して種々の策謀が行われることは火を睹(見)るより明らかであるから、最後の勝利の日までは決して油断をしてはならぬのである。

去る九月三十日の戦時冬季救済事業報告演説に於てもヒットラー総統は、今次大戦がユダヤの策謀によって勃発せしめられたことを強調し、十月五日の収穫感謝祭に於てはゲーリング國家元帥もまた今次大戦のユダヤ性に論及している。然してこれらの言説が将来如何なる結果を示し得るかは、友邦日本の側に於けるこの点に於ける反応如何に依るとも言い得るのであるが、この点に於ては久しきに亘るユダヤの巧妙なる宣伝と、時としてはそれに内応する秘密結社の策謀があるかの如き情勢の動きの結果として、いまだ日本の朝野にユダヤ問題の正当なる認識が欠如し、この最重要最根本の点に於ての協力を示すに至っていない。思想戦方面に於ける枢軸側の不如意の日が到来することが万一あり得るとすれば、その最大の原因は必ずこの点の認識不足に基くであろうことは、容易に予言し得ることである。ユダヤ問題の認識も教育も徹底している独伊の場合は、戦略上の必要その他の理由に依ってその國内情勢等についても幾多の発表見合せのあることは言う迄もないが、しかし大戦によって連合國側の希望する如き動揺はあり得ないものと見られるのである。

では何故にスターリンが最近の革命二十五年記念日に於て、独伊の指導者と國民との間を離間せんとする如き言辞を弄するに至ったかと言うのに、これは例のユダヤの怪奇性による術策であって、その演説の目標は、第一には自國内に於ける自己の政権に対する批判を封ずるためであり、第二には中立國及び日本に対する宣伝のためである。如何にソ連幹部の頭がどうかしているとは言え、ユダヤの智謀を背後に持っている彼等が、今次欧州戦当初に英國が用いて物笑いの種となったと同一の筆法で今に至って演説する以上は、下の場合とは別な意味がその背後に隠されていなくてはならない。この場合にはユダヤは算盤を弾きながらスターリンの口を通して嘘の言説をしていることを忘れてはならぬ。

同一事情は独伊の戦線に於ける事情についても言われ得るのであって、唯物論の影響下にあるわが國のインテリ層はユダヤ系の報道に一喜一憂させられているが、これもまたユダヤの日独伊離間策に躍らされているものに外ならぬのである。わが國にしてもいまだ重慶を全面的に屈せしめ得ないことや、北支等に於ける共産軍の相変らぬ蠢動(しゅんどう)等の事象は、ユダヤ系の通信に依って如何に誇張されて世界に伝播されているかを思はなくてはならない。強大なる陸海軍國を前後に敢闘する盟邦に対しては、一戦線の消長如何に拘らず、絶対の信頼を維持することこそ武士道國日本の真面目でなくてはならない。各個撃滅を目標とする奸敵が幾千年の訓練を経た悪逆無道の猛者であることを我々は銘記しなくてはならない。

ここにフランスについて一言しよう。近来の新聞紙に依れば、ラヴァル首相はパリに於て「ユダヤ人がその存在するところの何処に於ても、一個の破壊的要素をなしていることは事実である」と言い、現在もフランスにはユダヤ人が氾濫しているが、この厄介者を除くことは困難である、と嘆いたそうである。独逸占領地帯に於ては独逸に於けると同様にユダヤ人マークを付けさせられたりしているが、非占領地域に於ては未だにユダヤ人は肩で風を切って闊歩しているのである。少数のフランス識者はユダヤ人とその支配者のフリイ・メイスン秘密結社のためにフランスの敗北が惹起されたことを自覚しているにも拘らず、現在のフランスには最早この「解体の酵母」に対して真の対策を施す力が消失してしまったかに見える。恐らくフランスには、米英に依る植民地の強奪によって二等國三等國に身をおとす外に可能性はないらしくさえ見える。そしてユダヤとしては、もともとフランス及びフランス人がかわいいのではないから、フランスの利用価値が消失されるに至るならば、フランスの滅亡をも決していとふことはないであろう。ユダヤとしては、自己の独裁下にないフランスには何等の未練もないことは自明である。従って現在のフランスには、ユダヤの走狗たるド・ゴール又はそれに類似のものが今後もなお相応に現われるかも知れない。このド・ゴールの如きは、英國諜報部のユダヤ人スピアス将軍の仲介によってその私生活の乱脈さを維持するために英に身売りをしたのであり、従って彼はユダヤの奴隷に外ならないのであるが、同じ系統の売國奴が、秘密結社の勢力の浸潤しているフランスに於ては今後も何時如何なるところに現れるかは想像だに困難である。

ラヴァル首相の言を引用したついでに、同じ演説中にある次の言説にもここに一言論及しておきたい。

「余が法王庁使節団又はクェーカー派の派遣団乃至は米國の外交団を接見すると、彼等は極ったようにフランス國内に於ける哀れなユダヤ人の負わされている運命を緩和するように世に向って説くのである。」

とラヴァル首相は言っている。首相に向ってユダヤ擁護を要請するこれらの三つは、第一にカトリック教であり、第二は米英系キリスト教徒であり、第三は注目すべきことにも米國の外交官であるが、これらすべてがユダヤ支配下にあることは今更縷説(るせつ:詳述)の要もないと思われる。しかしこの点に於ける正当なる認識に於ても欠如するわが國に於ては、フィリッピン等に於ける施政に思わぬ暗影を生ずることを覚悟すべきであろう。新旧キリスト教ユダヤ支配の現況については今は説明の暇はないが、米國外交官のユダヤ性についてはその大使の十人以上、その公使の五人以上がユダヤ人であることによっても明瞭であろう。例えば前駐日大使グルーの如きも恐らく例外ではないらしく、在留中はロータリー倶楽部員達の賛嘆の的となり、帰國しては戦争熱の扇動に狂奔していることによってもそれは証されるのである。

猶太と世界戰爭(新仮名)14

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第二章 猶太と世界戦争

一、猶太の人間還元(昭和16年5月)

― 猶太問題研究根本原則十箇条 ―

第一条 猶太人は有史以来、少くとも旧約聖書と「タルムード」以来、かの著名な選民思想に生きている。そしてその内容は、エホバの命に依る世界征服の信仰と、同じくエホバの命に依る非猶太人動物視とを根本としている。それ故に猶太人に取っては、その世界支配に役立つ限りに於ては、動物としての非猶太人を強圧し、殺戮し、掠奪し、搾取することは神命であり、また虚言と詐欺と詭辯(きべん)も神命である。猶太の本質として世界周知の「底知れぬ憎悪」がまた神命に基づくことも自明である。また猶太人が非猶太人に対して何等の「責任」を持たないのも同じ理由に依るのである。そしてこれらの神命に背く時、猶太人自身がエホバのために殺戮され、殲滅されることになっている。

 

第二条 猶太人が拝金主義に於て天下無敵であることは周知であるが、往々、猶太人が「知力」に於ても偉大であるとされることがある。しかし猶太人のこれら二方面に於ける偉大さが、所謂マイナスの偉大さであり、破壊に於ける偉大さであり、悪魔的な偉大さであることは、第一条を想起する時、直ちに理解される。「金儲けが上手」ではなく、「詐欺が巧み」なのであり、「頭がよい」のではなく、「嘘がうまい」のである。旧約聖書及び「タルムード」以来、同一事を四十幾種かずつに肯定もし否定もすることを訓練されて来ているのであり、しかもそれをエホバの神命として行って来ているのであるから、以上の偉大さは当然であろう。赤色帝國主義理論、桃色法学乃至社会学理論、黒色哲学理論等のあらゆる國境抹殺主義と、世界の金の七割乃至八割の集積とは、同じ本質の二つの方向への発現にすぎない。

 

第三条 従って非猶太人に取っては、反猶主義は単に正当な自己防衛であるにすぎない。そしてもしその反猶主義が、世界十幾億の非猶太人を防遏(ぼうあつ)と殺戮と掠奪と搾取から救い出し、虚言と詐欺と詭辯(きべん)とから守る意味を有し得る場合には、それは全く人道的である。世界の言論通信機関を独占する猶太の宣伝に躍らされて、反猶主義は少数民族の排斥であると鸚鵡(おうむ)返しに言う如きは、冷静な批判力のある非猶太人のなすべきことではない。古今東西、猶太人の集まる所に必ず排猶現象の生起することを正視せよ。あらゆる場合に猶太人のみを正当なりとする立場は、世界支配を目標とする猶太人自身のそれとしては意義あるものであろうが、非猶太人の立場としてはこれ以上に無批判にしてまた屈辱的なものはあり得ないのである。非猶太人みずから自己を獣類なりとし、猶太の世界支配に協力することによって人間猶太人の仲間となることを光栄と感ずるのでない限り、かかる宣伝に盲目的に躍って、所謂人為的猶太人の仲間入りをしてはならない。

 

第四条 猶太の金力と知力とを見て、ある者はそれを恐れ、ある者はそれを利用せよと主張する。然しこれは二つながらに猶太の本質を認識せざる所より来るのである。恐怖することは、迎合の場合と同じく、猶太を増長せしめる以外に何の効もないことは歴史の証する所であって、所謂『人情』などという如きは、この憎悪の民には薬にしたくもないのである。情をかける事によって改悛せしめ得るなどというが如き甘き感傷に捉われてはいけない。況(いわ)んやそれを利用しようというに至っては、全く言語道断である。これは単に猶太人がそれ程に甘からずまた頭もそれ程に悪くはないというためではなくて、それが実に盗金と賊品との利用又は分配を求める事に外ならないからである。世界に実例が屡々(しばしば)あるように、黄金と鉄と石油とに目が眩んで、このような恥辱に甘んじ、操を売ってはならない。殊に迎合し共謀する事によって自己の利益を図ろうとする如きは、猶太人以下に堕せるものと言われても、辯明(べんめい)の余地はないであろう。

 

第五条 猶太利用は殺人者乃至盗人との協力であるが、反対に猶太人によって利用されることもまた身を彼と同列に置くことになるのである。特に注意すべきことは、前条の利用説が多くの場合に、卑賤なる拝金宗乃至唯物論者に見られるのに反して、これは善良なる非猶太人に多く見られる現象であるということである。このうち最も恐るべき場合は、猶太の世界攻略のこれも巧妙なる手段としての内面的侵寇である。英帝國に於てなしたように、征服しようとする國の主権者と猶太とが同祖同種族なりとする遣り方と、アメリカ合衆國の場合に於てなしつつあるように、攻略せんとする國を自由と正義との國なりとして賞賛する遣り方とは、この場合の是も代表的なものである。そして前の場合には、多くは愛國主義を装う者又は國粋主義を自負する無批判者流を利用し、それによって目標國の上層部と愛國陣営とを無意識的なる猶太の援兵にしようとする。次に後の場合は、現代に於ては殆ど世界的に最も時代遅れであり、最も無批判である所の所謂インテリ層に働きかけることによって、彼等を無批判なる猶太の傭兵としようとするのである。

 

第六条 戦争と革命とを欲しないならば、殊に猶太の世界制覇に役立つ以外の意味なきそれらを避けようと欲するならば、万國の非猶太人よ団結せよ。そして猶太の本質を明らかにし、その策謀を暴露せよ。そして単に黄金帝國主義のみならず、トロツキー第四インター等に至るまでの総ての國際主義が、意識すると否とに拘らず、直接又は間接に、猶太の世界征服の機関であることを確認せよ。あらゆる平和団体、社交団体にして、奇怪なる國際的伝播力を有するものもまた然ることを確認せよ。フリイ・メイスン秘密結社(主として主権者の側近・外務・政党・軍部を目標とする)乃至ロータリー・インターナショナル(主として財界・学界・司法部を狙い、フリイ・メイスン結社の禁止されている國に於てはその代理を勤める)よりオックスフォード・グループ・ムーヴメント(主として宗教界に食い入ろうとする)に至るまで、その本質が上述のものなることを知れ。そしてそれらの会員は、かなりに上級の者にあっても、特にその会員が國家又は社会に於て上層部に属する者である場合には、結社の真の秘密に何等関与させられていないことを銘記せよ。この謀略の場合にこそ、猶太人の偉大さを認識すべきである。また、あらゆる流派のキリスト教徒もまた、ルターの誤訳を未訂正の儘に盲信してエホバを「神」乃至「宇宙神」なりと信ずる限りに於ては、上記の結社の会員達と同じく、所謂「人為的猶太人」である。

 

第七条 猶太問題は結局思想問題である。従ってそれは、自由主義に「自由」ありなどという考え方をする無批判者や、自由主義の発展が赤色帝國主義であることを認識し得ぬ程度の楽天主義者には、その存在さえも理解し得られぬ難問題である。それ故に、彼等がそれを否定し、それに反対することそのことが、既にこの問題の真実性と重要性とを証明する。あらゆる合理主義者・相対主義者・唯物主義者・利己主義者に取っても、それはその理解を超える。彼等すべてに取っては、この問題を理解することは、否、単にそれの存在を認めることその事だけが、既に彼らの存在を根底まで揺るがせるのである。その理由は、彼等の大部分は、何等かの意味に於て、前条の「人為的猶太人」であるか、或いはそれに近似する思想史上の位置を占めているからである。

 

第八条 猶太の本質と歴史に通じない人は、以上の諸箇条に於ける如き猶太批判に対して、猶太人と雖(いえど)も全部がかかる世界支配欲に生きているのではなく、従って猶太人全部をかように批判するのは不当である、と主張するのが常である。しかしこれは、軍隊に於て全兵員が統帥本部の計画の詳細に通じていないが故にその兵員は戦闘員ではないとするのと同一の論法であって、「旧約全書」と「タルムード」が猶太法師に依って猶太教会堂に於て猶太民衆に講ぜられている限りは、たとえ指導的地位にある猶太人の場合のようではないとしても、なお、各猶太人には「本能的に」以上の諸箇条に記述された傾向が存するのである。これは全日本人(時局便乗の偽装転向者をも含めての赤色人のみは例外とした方が適当であるかも知れない)が、「本能的」に忠君愛國の精神を持つのと正に同様である。

 

第九条 然らば猶太人は人間に非ずして、動物であるか。非猶太人としての吾人の立場より言えば、猶太人と雖(いえど)も動物ではなく、人間であって、この点に於ては吾人の立場は猶太人のそれと対蹠(たいせき)的である。それ故に吾人は、この人非人種族もまた何時かはその本来の「人間」としての資格を回復することを信じようとする者である。但しこの猶太の「人間」への還元は、次の如き諸条件が完全に実現する迄は、絶対に不可能である。

  • 旧約聖書を根本的に改刷し、「タルムード」の大部分を焼却し、エホバ信仰を棄て、猶太法師職を廃し、猶太教会堂を破棄し、加えて割礼を廃止すること。
  • 少なくとも四分の一猶太人に至るまでの全猶太人が同一場所に集って國家を形成すること。
  • そしてその世界征服の悪夢に生きた幾千年間と同一の年数が経過すること。

 

第十条 日本と猶太との間には、その本質に於て、その歴史に於て、その性格に於て、その道義に於て、その人間性と人倫とのあらゆる点に於て、百八十度、否、三百六十度の差がある。即ち存在の次元が全く異なるのである。それ故に、日本的原理が世界的に認識される迄は、猶太人の世界征服の欲望は断絶されることはなく、従ってまた世界に真の平和と正義とはないであろう。然もその日の以前に於て、日本と猶太との正面衝突は必然の運命であると考えられる。非猶太人と猶太人との戦いの序幕戦である今次欧州大戦に続くものは、如何なる形式となるかは別として、不可避的に日本と猶太との戦いである。そして真に猶太問題を解決し、全人類を「悪」の手より解放し得るものは、八紘為宇の精神を奉ずる日本以外にはないのである。然もその八紘為宇の精神とは、糞味噌同一視的悪平等人道主義ではなく、前世紀的空想たる猶太人東洋人説の如き安価なる感傷ではなく、何等の根拠なき猶太教盲信者の日猶同祖説の如きお目出たき神話ではなくて、まつろわざる者はこれを討ち平げる処のものでなくてはならぬ。そしてその後に於てのみ猶太其者も「人間」に還元され得る秋(とき)が来るであろう。猶太のお先棒として「世界戦争」を目指す「人為的猶太人」の群であるフリイ・メイスン結社支配下重慶政府を討つことが聖戦であるならば、その本拠を覆滅することがより大にしてより崇高なる聖戦であることは、論証の要のないことであろう。(一六・五)

猶太と世界戰爭(新仮名)13

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第一章 猶太魂の本質
七、國際猶太秘密力の世界新聞統制(訳補)(昭和14年8月)続き

合衆國の新聞

北米合衆國の新聞界を掌握している大物は、ウィリアム・ランドルフ・ハーストであり、自分のインターナショナル・ニュース・サービス(I・N・S)とユニバーサル・サービスという二大通信社の他にも無数の自社系新聞を支配して、全國発行部数の三分の一を占めている。その残りはアソシエイテッド・プレス(A・P)とユナイテッド・プレス(U・P)が分有している。然し乍らこんなに有力なハーストの如きでも、一度猶太人の顧客達が彼の主要新聞「ニューヨーク・アメリカン」に広告依頼を拒み、ハーストの共産主義排撃とソ連攻撃とを封じようとした時には、止むなくこの新聞を廃刊せざるを得なかった程である。他の新聞王と雖も同様の支配から脱(のが)れ得ない。

例えば一九三九年四月十七日付「ウァールド・プレス・ニュース」の論文で、ラムゼイ・ムイルという人がこの事を言っている。

「理論では新聞は自由であるが、実際ではその自由は金力によって制限されている。」

新聞組織の中央集権、その商業化、公告大衆のセンセーション欲とによる制約等は、合衆國に於ては極端に発達している。或る有力な発行者が一九二九年に七百人程の一流商人を前にして米國新聞を論じたが、その中にはこういう言葉がある。

「新聞が一般的関心の代表者であるようにいう主張は、断然と排撃されねばならない。新聞はそれどころか利得のために毎日発行される印刷物であり、公生活に働きかけて金銭を作ることだけを目指す一つの組織に他ならない。」

ある米國発行人は、個人的には独逸総統ヒットラーを崇拝しているに拘らず、その新聞では総統の悪口をする文章や絵画を平気で載せているので、それを或人が難詰すると、こう言っている。

「私は米國人で、金を儲け、自分と家族を養うために商売をやっている。私が毎年広告料として百万ドルを貰っている人々(多くは猶太系広告主)の御機嫌を取ろうとしたとて、どうしていけないことがあろうか。」

既に一九一三年にジョン・スウィントンは、「アメリカン・プレス・アソシエイション」の総会席上でこう言っている。

米國には、田舎町の小新聞を別にすると、独立自由な新聞というものは存しない。こんな事は誰でも知っているが、誰も敢てそれを口にする勇気はないのである。またもし諸君がこの意見を発表しようとしても、それは印刷して貰えないであろう。我々は精神上の高娼婦である。私は自分が寄稿する新聞から自分自身の意見を撤回するに一週百五十ドル貰っている。諸君もまた同じ風にすれば、その位は貰えるだろう。それでも狂気のあまり自分の意見を無理にも書こうとする人は、間もなく街上に投出されてしまうだろう。ニューヨークの新聞記者たるものは、虚言を吐いて金の神の足下に身を屈する義務を有する。パンのためには國も同胞も売らねばならない。我々は背後に潜む富者の道具であり、臣下である。我々は人形なのだ。彼等が網を引けば我々は躍り出す。我々の時代、我々の才能、我々の生命、我々の能力、これ皆彼ら富者に属している。」

 

言論の自由

スウィントンの指摘している通りが、所謂「言論の自由」の正体である。かくて「言論の自由」はそれを所有していると自称する人々自身の言葉によって正体を暴露されたが、新聞はその成立の当初から今日に至るまで、決して一度も真の自由を所有したことがなかったのであって、自由が最も賛美された時代こそ最も悲惨な時代であり、最も多く金力と権力とによって圧迫され買収された時代であったのである。「言論の自由」とは要するに歴史上最も巧緻な細工を施した偽造概念であり、諸國民の道徳も、政治的良心も、輿論も、このインチキ概念の背後に於て凌辱され、破廉恥極まる商売に悪用されるのである。

新聞は本来から言って諸國民の生活に於ける一つの権力であるから、これは充分に支持されるべきものである。これを愛そうが憎もうがそれは人の勝手であるが、但しどうしても無くては済まされない機関である。前仏國大使ガブリエル・アノトウが言ったように、新聞は「エソップが最善にして最悪のものと言った舌」に他ならない。その最善な点とは、新聞がその真の功績によって獲得した読者の盲目的信頼であって、これは新聞に真実の報道の責任を負わせるものである。またその最悪の点とは、それが偽の「言論の自由」を押しつける無恥である。この言論の自由こそは現代の盗賊達や、戦争扇動者達や、人類の略奪者達がその背後に隠れている仮面である。彼等は一般的利益の公共施設たる新聞を下劣な本能の競争場と化し、「真理よりは虚偽の方が容易に金銭を儲けさせる」という主義を以て輿論を毒している。

ファシズム及びナチズムは今日に於てかかる「言論の自由」を撤廃し、新聞をば、かの虚偽の「自由」から「自由」にしてやったのは、実に精神史上に於ける一大事業であると言わなければならぬ。日本に於ける新聞雑誌統制も端緒についてはいるが、前途は今なお遼遠の感がある。我々は速やかに従来の危険なる「自由」の崇拝から醒めて、真実に真理に立脚する言論出版の國を建設せねばならぬ。

 

新聞と戦争

世界の新聞は今日実際に於て戦争と平和の鍵を手中に握っているのであって、この事は最近数十年の歴史を繙(ひもと)けば直に判明するのである。実に無数の戦争は、かの新聞の作った業であった。弱力な政府が戦争を煽る新聞に容易に屈してしまうことは、かの第二フランス帝國が如実に示している。ビスマルクは一八七〇年に繰返して新聞の強力なること及び新聞の与える損害の大なることを述べている。一八六四年*、一八六六年**、一八七〇年***の三戦役を惹起したのも新聞である。一八九八年から一九〇三年迄続いて合衆國のキューバ島保護統治を以て終を告げた西米(米西)戦争は、明かに米國の二大新聞連盟の競争から起ったのである。一九一二年から十三年に亘る第二バルカン戦役、即ちトルコ征服者相互間の戦争は、もし新聞が絶えず扇動しなかったならば、爆発しなかったであろう。

*1864年戦役:1864年2月1日 – 1864年10月30日:第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争は、1864年に、デンマークプロイセン王国および関係国の間で戦われた戦争。

**1866年戦役:1866年6月14日 – 8月23日:普墺戦争は、プロイセン王国オーストリア帝国との戦争。当初は、オーストリアを盟主とするドイツ連邦が連邦を脱退したプロイセンに宣戦するという形で開始されたが、その後ドイツ連邦内にもプロイセン側につく領邦が相次ぎ、連邦を二分しての統一主導権争いとなった

***1870年戦役:1870年7月19日 – 1871年5月10日:普仏戦争は、フランス第二帝政期の1870年7月19日に起こり、1871年5月10日まで続いたフランス帝国プロイセン王国の間で行われた戦争。

米國大統領リンカーンは、「筆は剣よりも強し」と言った。かの世界大戦で独逸は武力で負けたのでなくて、結局世界の新聞の虚偽宣伝に敗れたのであって、リンカーンの言葉の真実なることを独逸は身を以て体験したのである。國際新聞界とその背後勢力とが世界大戦を惹起した事は、好個の(こうこの:ちょうどよい)研究材料である。無数の政治家の言葉によってもこの事実は闡明(せんめい:あきらかに)される。連合軍側の筆陣の本部はパリでは「メイゾン・ド・ラ・プレス」、ロンドンでは「クルー・ハウス」にあって、盛んにデマ宣伝を飛ばしたのであった。

アルトゥール・ポンゾンビイはその著「大戦時の虚言」に於て國際デマ宣伝の実情を述べているが、その中から一例を引いて見る。一九一四年にアントワープ市が占領された後に、「ケルン新報」は左の如く報じた。

アントワープの占領が周知となるや、教会の鐘が鳴った。」

所が仏國新聞「ル・マタン」はこの報知を次の如くに受取っている。

「ケルン新聞によれば、アントワープの僧侶達は城塞占領後教会の鐘を打つように強制された。」

更に「タイムス」には翌日になってこう出た。

「ル・マタン紙がケルンから聞いた所によると、アントワープ占領後鐘を打てとの命令を拒んだ僧侶達はその職を追われた。」

それがイタリアの「コリーレ・デラ・セラ」紙にはこう載った。

「タイムス紙がパリを経てケルンから聞いた所によると、アントワープ占領後鐘を打つことを拒んだ憐れなベルギー僧侶達は強制労働を課せられた。」

「ル・マタン」紙は更にこの虚報リレーに結末をつけて、全然のデマを書いている。

「コリーレ・デラ・セラ紙がロンドンを経てケルンから聞知した所によると、アントワープの野蛮な占領者は、教会の鐘を打つ命令を拒んだ憐れなベルギー僧侶達の英雄的行為を罰するため、彼等を生きた鐘鐸として頭を下に鐘に吊り下げた。」

一九三七年十一月二日の「ニュース・クロニクル」で政治的宣伝の問題に触れたカミングスは、戦時デマ宣伝の競争に於ては英國が第一位を占めたと書いている。

またド・マルシァルはその著「良心の動員」中で、平和が危険に陥るのは外交家の手に依るよりも良心のない新聞に依る方が大である、と語っているし、仏國ジャーナリストのウルバン・ゴイエも次のように言っている。

「世界平和は、世界の新聞が金力の奴隷である限り脅かされるであろう。」

英國内務大臣ウィリアム・ジョンソン・ヒックスは、一九二七年十月二十九日に「記者協会」ロンドン支部総会の席上、新聞人に向って語った。

「諸君は内閣の運命を規定する。諸君は政府を作ったり、滅ぼしたりする。諸君は政府を強いて宣戦布告でも平和宣言でも勝手に出さしめる力を有する。それ故にこそ諸君は常に諸君の重大な責任を銘記していなければならない。」

前フランス首相カイヨーも次の如く公言した。

「平和を脅かす危険は新聞にある ――次の戦争は新聞によって布告される。」

 

國際新聞の悪業とユダヤ

このようにして世界平和の真の大敵が新聞であることが解ったが、実際、國際新聞が協同して悪宣伝をするならば、どんなに強固な平和工作も立所に崩れてしまうのであって、その悪業たるや誠に恐るべきものがある。その例としては我々に直接に関係のある日支事変に於ける各國の新聞乃至通信社の悪意に満ちた無責任なデマのことは問題としないとしても、例えばかのスペイン問題に関係して独逸が蒙った悪宣伝の如きも著しいものである。

独逸が如何にも占領の意図を以てモロッコに上陸をなしたかの如く書いたのはパリ新聞の大部分であったし、又英國バスク地方ゲルニカ市で独逸人が大虐殺をやったと悪宣伝をしたが、実はボルシェヴィスト達が故意にあの殺戮を犯して罪を独逸人に稼したに過ぎないのである。それから独逸の飛行機や戦艦が非行を犯したような宣伝も無数にあるが、これもまたボルシェヴィストが意識的に世界を第二の大戦に追い込もうとした手段なのである。それから独墺合併問題に関するデマも相当にひどいものがあり、また独逸はヒットラー総統自身の選抜にかかる特殊訓練修了の男子五百人をロンドンに送って英國の軍備計画を探索しようとしている、という記事さえも新聞によって作られたのである。かような例はいくらあげても際限がないが、然し此処で深く注目すべきことは、これ等のデマ宣伝、悪宣伝の背後には常に、猶太人乃至猶太支配下のフリイ・メイスン秘密結社の手が動いていることである。

世界各國の大都市に所在するモスクワの出店には猶太移民とその買収された記者達が出入して、盛んにナチズムやファシズム打倒のための悪宣伝の指令を受けている。世界新聞界に及ぼす猶太人の影響というものは実に巨大なものであり、彼等が完全に実権を掌握しているソヴィエト新聞では、彼等の思うことで行われないことはないのである。他國の新聞界で猶太人がどれ程の勢力を扶植(ふしょく:拡大する事)しているかを示す一例をあげるとすれば、最近出た一九三七年度ハンガリー新聞年鑑に依れば、ハンガリーの新聞編集者総体の56パーセントが猶太人であると言われる。「言論の自由」を振りかざしている所謂民主主義の國々の事情がこれ以上であることは自明のことである。そして前述した悪宣伝の要素が猶太人が世界新聞に振っている影響力の大小に比例して増減することは言うを俟(ま)たない。

世界猶太王國の政治的中心たるモスクワから新聞の戦争煽動は発火され、それがニューヨーク、ロンドン、パリ等のジャーナリズム的贋造所で見透しのつかぬデマ通信の衣を着せられ、其処から地球上のありとあらゆる電線を伝わって、最後の政治的センセーションとして新聞読者の眼前に拡げられ、わが國土の中へさえも堂々と伝わって来るのである。数日後になって嘘がばれたとて、それが何になろうか。悪宣伝の筆者は何時も背景に隠れているし、取消記事が退屈で面白くない一方では、新しいデマが次々と出て来るので、取消は全く無効である。

かくて政治的虚言は思うままに暴威を振ひ、國民生活と國際関係を毒してしまう。世界の輿論は責任ある政治家の手から滑り落ちて、國民の知らぬ間に恐ろしい結末に國民を追い込んでしまう。目を醒ましたときは、もう後の祭りであることが極めて多い。

 

新聞組織の改革

ヒットラー総統は既に一九三六年五月に全世界に向って声明を発して、世界輿論の無責任なる要素による害毒を先ず十分に除かぬ限り、世界の國際的緊張は決して解消され得ないと言ったが、イタリアの宰相ムッソリーニもまた同様の考えを発表して次の如く言った。

「印刷インクの暴風と濁ったインクの洪水と氾濫こそは、あらゆる平和とあらゆる欧州協同作業の真の敵である。」

猶太勢力の支配下にあると称せられるフランスのアルベール・ルブランでさえも、一九三七年二月九日のパリ共和主義ジャーナリスト大会に於て、言論の自由が利己的憎悪の私情に引廻わされるとき大きな危険を惹起する、と戒めた。

ヒットラー総統は同年正月三十日にも更めてこの問題に触れ、左の如く言った。

「國際的な無責任極まる井戸投毒者及び言論贋造者(捏造者)の群による間断なき煽動を禁遏(きんあつ:禁じて防ぐこと)しない限り、諸國民の真の平和を達成することは不可能である・・・」

然し今日迄世界の民主主義國家は一つとして人類の紙上敵を迎え討つ準備をしていないで、近道である新聞改革の問題には目を向けていまい。それには何よりも先ず猶太人と不潔なる無國籍的な商売人を新聞界から追放しなければならない。新聞に於ても猶太人は、過去に於ては恐るべき癌腫(がんしゅ:癌やはれもの)であったし、現在及び将来に於てもそうである。この癌を除去すれば、其処には真に責任ある「言論の自由」が打ち樹てられるであろうし、真の世界平和も拓(ひら)かれるに至るであろう。安価なる猶太同情論が、我が國に於てさえも、ともすればジャーナリズムその他の方面から出現し易いのは、その直接の原因が奈辺(なへん)にあるかは兎に角として、猶太の新聞界に於ける強力さを意味深く物語るものと考えられる。それ故に以上主として欧米の事情を中心として述べられたことは、決して単に他所事ではないのである。國際資本主義・國際共産主義・國際的秘密結社・國際的言論通信機関・誠に猶太の張り巡らす十重二十重(とえはたえ:何重にもなったさま)の世界支配の網は精緻にして堅固である。幾千年の訓練を経たタルムード的詭辯と虚偽の精神の結実であるとは言え、実に驚嘆すべきものではないか。(一四・八)

猶太と世界戰爭(新仮名)12

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第一章 猶太魂の本質
七、國際猶太秘密力の世界新聞統制(訳補)(昭和14年8月)続き

新聞の商業化

新聞の商業化という現象は猶太人の仕事として十八世紀の末から十九世紀の初頭にかけて始まって来たのであるが、その結果として新聞は二重の役目を演ずることになり、精神的政治的要素であると同時に一種の商品と化したのであるが、この事情は、新聞をして諸國民を結合する力としての位置から転落せしめて、人類の災厄物にまで下落せしめるに至ったのである。

近代新聞の動向を規定するのは報道と広告の二つである。そしてこの二つの入り口から、かの恐るべき猶太及びフリイ・メイスン結社の秘密力が「言論の自由」なる仮面を被って侵入し来り、世界新聞界をば今日の如き精神的並びに道徳的危機に追い込むに至ったのである。前世紀の中葉に於て広告税と公用広告機関が撤廃せられた結果として、殆ど凡ての國に於て政治新聞に広告を載せ得るようになったし、従って國民の商業的関心と精神的政治的要求とを新聞によって結合しようという傾向が著しくなって来た。また広告依頼者の信用を得るために読者層を増大しようとしてあらゆる手段が講じられ、新聞の購読料は印刷代以下に引下げられるに至った。一八三六年七月一日に仏人ジラルダンは「ラ・プレス」紙を発刊したが、その購読料はその当時の相場の半値であった。では、かくして出て来る欠損が如何にして埋められるかと言うに、それは広告を殖やす他に道はないのである。

ジェームス・ゴルドン・ベネットは一八三五年に米國に於て「ニューヨークヘラルド」紙を創刊したが、彼はそれを只の一部一ペニーで売った。しかし実際には、一部三ペンス乃至四ペンスかかっていたのである。英國では一八五五年に、新聞税と広告税との撤廃後のこと、ヨーゼフ・モーゼス・レヴィが最初の「一ペニー新聞」たるロンドン「デーリー・テレグラフ」を発刊したが、他方ウィーン市でも既に一八四八年にアウグスト・ツァングが「ディ・プレッセ」紙を発刊して、ジラルダンの例に倣って、相場の半値で売った。

爾後新聞の読者は印刷用紙代だけも支払っていないことになり、従って文字通りの不払所得として贈られる通信や報道の部分は、匿名の金主が新聞を支えてくれるのでなければ、広告代によって経済的に補填される外に道はないのであった。

 

新聞の買収

かくて終には色々の方面から買収の可能性が生じて来たが、これはかの國際猶太人及びその支配下にあるフリイ・メイスン結社に取っては誠にお誂向きの活躍舞台であった。

猶太人の破壊力が新聞に侵入した第二の門は近代の通信機関の発展である。新聞が資本主義に従属するに至ったがために輿論もまた金力で動かされ得るものとなり、通信組織は濫用されて、新聞のデマ記事が國民生活の中に喰い入るようになった。現代に於ける世界通信網の歴史を辿って見る時、我々は驚くべき連絡と組織とに当面するのである。

現代の新聞通信機関の起源はかの猶太人の取引所であるから、現代の組織化された虚報通達による新聞の悪用というものはすべて猶太人の商売根性の発現したものである。現代の通信組織は、自分に都合のよい通知によって競争者や顧客から出来るだけ物質的な利益を搾取しようとする商業本位の猶太人の手に握られている実験台である。

その好例をあげれば、ロンドンの猶太人ネイサン・ロスチャイルドのあの歴史的な「ワーテルローの勝利」である。彼は正に現代新聞虚報の父である。彼の父でフランクフルトにいたマイエル・アムシェル・ロートシルトもまた相当の腕前があったらしく、郵便局を買収して取引上の敵の手紙を密かに手に入れ、それを儲け仕事に利用したそうであるから、その息子ネイサンのやり方はつまり父親のやり方を現代化したに過ぎないとも言えないことはない。とにかくネイサンは伝書鳩郵便を使ったり、船長や旅行者を手数料で買収して色々な報道を集めるに役立てた。そしてこの世界中から集まった報知を勝手に利用したり、秘密にしたり、ほのめかして、兎に角彼の取引事業に都合よいように細工したのであった。彼の「ワーテルローの勝利」もまたその一例であった。彼は逸(いち)早く誰も知らぬうちにワーテルローの決戦の結果を知っていて、丁度ロンドンでは未だ一般に半信半疑でいたのを奇貨として、英國及びプロシャがナポレオンに敗戦したとの虚報を伝えた。相場はがたがた落ちた。ロスチャイルドは仲買人を使って出来るだけ株を買込ませたので、ワーテルロー戦勝の正しい報知がロンドンに到着した時には、彼はもう巨大な金を儲けていたのであった。

 

虚報の勝利

猶太的資本主義的貪欲に奉仕する新聞虚報は、世界通信網を握っている政治的電線工夫(仕掛け)の手にかかると忽ち諸國民の平和を脅かすものに化する。

最近百年間に亘って戦時平時共に世界通信界を牛耳っているヨーロッパの通信社は殆ど皆猶太人の創立である。先ず大きい所でアヴァス通信社は一八三五年にルイ・アヴァスの創立に関るが、その父はポルトガルからフランスに移住した猶太人である。彼は一八三二年に独逸系猶太人ベルンシュタインの「色刷通信」紙を買取って、これを改組した。彼には二人の共働者ベルンハルト・ヴォルフとヨザファット・ベールとがいたが、この両猶太人は一八四八年にアヴァス社を去ってヴォルフの方はベルリンに自分の通信社を開き、カッセル出の猶太僧の子なるベールの方は五十年代に英國に渡り、ロイターと改称して英國の大通信社となった。

この三大猶太系通信社は数十年以来、全欧州新聞通信界を支配していたのみではなくて、殆ど全世界の報道陣を占領していた。独逸も前大戦前に於ては言う迄もなくこの三社独占から殆ど逃れることが出来ず、独逸系の通信社が僅かに北方諸國を通信で繋いでいる間に、アヴァスやロイターは全世界を分割して支配していたのであった。

 

大戦の通信状態とその後

かくして世界大戦が一九一四年に勃発するや、恐るべき結果が招来され、全世界は仏英通信社のデマ宣伝で塗りつぶされてしまい、独逸は僅かに近隣中立國数國に真実の叫びを聞いて貰えたに過ぎない。デマ宣伝がどんなに有効だとしても、それがアヴァスやロイター等の國際的通信組織の力を借りなかったならば、決して独逸を叩き伏せる程の力を持つことは出来なかったであろう。

ナチス独逸は政権掌握後ヴォルフ通信社と電通連合社とを統合して「独逸通信社」を創設して、地球上枢要の各地に自派の代理者による自己の世界通信機関を設置したが、独逸は歴史上此処に初めて他の先進大通信社に劣らぬ近代科学の粋を尽くした客観的且つ急速果敢な通信網を全世界に敷くことを得たのである。大通信社が何れもその背後の秘密力の庇護を受けていることは上述した通りであるが、その結果として、國際通信組織が蔵している巨大なる危険は時とともに増大し、新聞の虚報は益々危険な隠蔽方法を考案して、大通信社の看板を下してまでも悪質のデマを飛ばすようになった。多くの場合には誰も責任を負わぬ放置を虚構するのが主眼であり、誰が委託したか、誰が背後にいるのかを全く気付かれないように仕組むのである。虚構は又次々に他の新聞にも引用されて尾鰭が付き、また互に引用し合ったりなどしているうちに何れが元のものか解らなくなってしまう。これ等通信社のモットーは、新聞虚報が常にその取消よりも迅速に広まること、一度書かれた以上、結局何かが後に残るということである。たとえ取消その他のいざこざがあっても、報道の迅速と競争という理由のために事件の真偽を確める暇はないので、自由主義的な新聞は無批判にこれ等の通信社の通信を掲載してしまう。また多くの場合には、外國新聞中に見られる虚報、経口的通信の類は、新聞自身の通信員から出るのではなくて、却って新聞の編集部自身が通信員に傾向的なものや新聞社の政治的経済的従属関係に沿うような報道を強制するのである。通信員の意図などは全く顧られることはない。かくて「言論の自由」という看板を掲げて新聞を支配しているのは、決して精神でも真理でもなく、金銭であり、それを払う人である。立派なジャーナリストと雖もここでは自主権を持たない。立派な新聞を毎日検閲する匿名の背後人達は、厚顔にも常に「自由」を叫び乍ら、この空辞に隠れて諸國民を毒する贋作をどしどし拡めようとしていいる。「自由」なる語は西欧民主主義國家に於ては頗る高く謳歌されているので、「自由」を踏付けにするためにインチキ者流に用いられるような場合でも「自由」とさえ言えば喝采を博するのは、真の「自由」のためにも嘆かわしいことである。

勿論民主主義國の識者達がその数百年の歴史に於て、この種の「言論の自由」によって散々の目に遭っていることは初めに引用した言葉によっても証明されるであろうが、それにも拘わらず彼等は尚おこの言葉を永遠の理想の如くに賛美しているのは、彼等の存在そのものが既に時代に取残されて固化してしまっているためであろう。然るにナチス独逸はこの点最も早く決断力を示して、少くとも國内に関する限り、一刀両断的に新聞界の徹底的清掃と統制とに成功した。今や我々はこの独逸と提携して、國内に於ては日本の新聞をして日本の新聞の使命を自覚せしめ、対外的には、國際生活に於て諸國民を互に嗾(け)しかけて戦わせようとする悪辣な猶太系諸大新聞に向って敢然認識と挑戦の刃を向けねばならない。それ故に我々は、世界各國の大新聞の内部的風景がどうなっているかを少しくみることにしよう。

 

フランス新聞界

フランス衆議院議員エルネスト・ベゼは、仏國の宣伝力増大のために議院内に特殊の一派を結成している人であるが、彼は一九三五年にその著「世界の眼の下に」に於て次の要求を漏らした。

「所謂自由を標榜する新聞の欺瞞を取除くため ―実はこれらの新聞は強力な利欲によって結ばれているのだが― には、國家は思い切って強制条令を施行すべきであろう。そしてパリの新聞界が再び名誉ある業績を示すに至る暁には、この強制条令は終に目的を達し、パリ新聞界は、外國資本や利害関係を持つ保護者乃至はシンディケートの干渉又は秘密資金等によって屡々誘い込まれた奴隷状態から救い出されることになるであろう。」

仏國の有名な出版者ヴラヂミール・ドルメソンは一九二八年に「独逸への信頼」なる書で言っている。

「我々が苦しんでいる困難の十分の九までは、傾向的報道に原因を持っている。國民と國民又は政府と政府との関係を毒する不信というものは、事実自身によるよりも、その事実を伝える叙述の仕方によって惹起される方が多いのである。」

仏國掌璽官アンリ・シェロンは一九三四年十一月十三日に新聞について次の如く語った。

「 …此國に於ては誹謗が横暴な支配者として君臨している。日々の過激な言辞は輿論を無力にしている。一定の経済団体或いは財団はその意見に従って自分に従属する人間を勝手に亡ぼすことが出来る。かかる雰囲気にあって人はもはや何人と雖も身の安全を保証されることを得ない。」

以上は何れもフランス人自身の告白であって、これは疑う余地のない資料であるが、ついでに仏國新聞が大戦前に於てどれ程迄に買収し易いものになっていたかを示す材料をも一つ上げて見よう。それは当時ロシア財務大臣のパリ駐在代理として仏國新聞を親露派に傾けようという任務を帯びていた枢密顧問官ラファロヴィンチュの手紙である。彼は、一九〇四年八月三十日に当時のロシア財務大臣ココヴィツェフに宛てた手紙の中で、買収金の分割法に関して次のように報知している。

「予算年度の最初十ヶ月の間にフランス新聞の買収には六十万フランの多額を費した。然もこれには銀行シンディケートを買収するに要した費用三十万フランは含まれていない。」

今日のどの國でも、政治と商売とを新聞で結合する企てが、フランスに於ける程にうまく行っている國はない。即ちこの國では、フランス新聞全体の生命線をアヴァス通信社が独占しているのである。この通信社は各新聞に報道を供給するだけでなく、同時にその公告及び販売にも手を出すのである。この先頭に立って一切を切り廻しているのは、アヴァス社の総取締にして最大の広告社の社長でもあるレオン・ルニエルである。なお彼は、仏國新聞全体の販売組織で或るアシェト社の監査役をも兼ねている。またパリのロスチャイルドと並んで財界に有力な地位を占めているユダヤ人ホラース・フィナリイがこの全能なアヴァス社の首席監査役におさまつていることを見れば、実情がなお一層よく解る。如何なる新聞もこの全能な通信社に刃向う勇気と力を持ちえないのも当然ではなかろうか。

かくフランスの新聞界に於ては政治と商業とが混和しているので、経済団体は財団の類が新聞の一年の予算を支払ってやる代りに、その新聞の本欄全部を買切ることも出来る。編集者の意見に従って、背後の全権者の供給する通信や論説がそのまま新聞に載せられることも大して珍らしい現象ではない。それ故に、如何に良い意志を持っている記者も、この事情を如何ともし得ない程であり、かのヴラヂミール・ドルメソンは此点に関して次のような意見を述べている。

一再ならず余は個人的に話を交えて見て知ったのだが、新聞記者のうちには前日新聞で発表したのとは全く別の政治上の意見を持っている者があるのである。『それは矛盾ぢゃないか』と指摘すると、彼等は物倦いように手を動かして、『何ですって、我々はあの人々の欲するようにしなければならないのですよ』と答えるのである。実際、新聞の実権を握っているのは五、六人のジャーナリストや政治家や売文業者であって、彼等はその機関である新聞によって一定の政治、一定の利益、一定の産業、一定の野心を指示しているのである。」

 

英國の新聞

フランス新聞の方は多少に拘らず決まった精神的並びに経済政策上の潮流に従い、特定の党派乃至財閥とか言ったものに仕えているが、英國の新聞の方は、少数の例外を除けば、殆どその全部が大衆のセンセイション欲を満たすことを主眼としている。英國新聞の完全なる商売化をジェラルド・バリーはよく描いているが、一九三二年二月十九日の「余は新聞を訴える」に於ては次のように言っている。

「彼等は新聞を、立派な言論機関としてではなく、ありふれた財産獲得の手段として取扱い、丁度石鹸とか売薬とか或いはまた他の商品と同じく、速かに富裕になって貴族の地位に昇り得るための手段と見ている。かような連中の間では、就中民衆又は國家に対する責任感というものは逸早く消失してしまった。その代りに出て来たのは商売と広告取りと部数増大との神々である。」

今日英國ではロード・ロザーメーア・コンツェルン、ビーヴァブルック・コンツェルン、ベリ団、ウェストミンスター団、スティーマー団、オダームス団等の他には、極く少数の新聞が存すだけである。中でも独逸を比較的客観的に見ているのはロード・ロザーメーア位のものである。

英國では言論の自由ということが、伝統的になっているが、その実施はなかなか困難である。斯かる自由は公衆の眼を蔽う目隠しであり、目潰しの砂に過ぎない。この事実をよく喝破した人に「タイムス」の主筆ケネディがあり、「十九世紀とその後」誌の一九三七年八月号にこう書いている。

「発行人及び支配人等の側に於ける専横な行為は、真の自由とは全くの反対物であるにも拘らず、その大部分は我々の得意とする言論の自由の外被に隠れて行われている。我々英國人は、英國程民主主義を尊ばない國々に於て行われる厳重な検閲に対して、よく批評がましいことを言う。然し乍ら通信機関が何れも背後の匿名財閥の命による独自の政策と道徳とを有しているとき、一体我々はこの『言論の自由』などを賛美する権利があるだろうか。その主なる役目は、大衆のセンセーション欲を助勢することであり、主筆や通信員が國際的融和及び世界平和にとって重大な意義を持つ問題に一、二頁を割こうとするのに対してさえも圧迫を加えようとするのである。」

このような批判をやっているのは敢てケネディだけに止まらず、大英新聞連盟長ハムフレイは一九三七年三月二十二日に総会の席上次の如き言をなした。

「世の中には、通信の生命をセンセーショナルな点にありとし、註釈の註釈たるはそれが破壊的なときに限る、とする人がまだ夥しくある。読者買収という古い手段によって部数増加を図る方法が死点に達してしまうと、そこには新しい標語が競争場裡に生み出されて来た。かくて今や如何なる価を払ってもニュースを作らねばならないのである。然しそのために払われる価が人間の不幸を利用することであり、またジャーナリストが市民として為すべからざることを為すということであるとすれば、我々は斯かる発展を停止しなければならぬ。言論の自由とは決して放縦なる自由を意味しない。」

一九三四年五月九日に故総理大臣マクドナルドは「英國新聞連盟」の前で左の演説をなし、大衆新聞の無軌道振りを責めている。

「もし新聞全体がその権力を利用して、自己の欲する所を公のものと称し、万事に自分の欲するままの色彩を与え、また風評を事実に化し、事実を無と化するに至れば、その危険は幾ばくであろう。かかることは相応に儲かるかも知れぬが、わが國民の精神機構を弱めることが大きい。諸君は注意して言論の自由が言論の膿汁に陥らざるよう心してくれ給え。」

 

猶太と世界戰爭(新仮名)11

 

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第一章 猶太魂の本質(続き)

七、國際猶太秘密力の世界新聞統制(訳補)(昭和14年8月)

新聞の使命

新聞は言う迄もなくあらゆる國民の言葉の拡声機であり、世界の眼乃至耳であり、また所謂世論の担い手であり、世界に於ける出来事の焦点を成すのみでなく、空間を超えて人間と人間の間を仲介する役目をもつ。それは政治的地平線にかかっている雲の動きを記すと共に、諸國民の日光を録する(書きとめる)が故に、一つの大きな権力と認められねばならない。新聞は単に國民生活に於てばかりでなく、國際的生活に於てもまた前代未聞の有力な政治的機関と認められざるを得ない。総ての大事件に対する諸國民の政見は、新聞を通じて発表されるので、今日ではそれは、世界政治界バロメーターと呼ばれることが妥当であろう。即ちこれなくては全然政治を行い得ないし、このバロメーターの針位と振幅とは、世界中の最近二、三十年に亘るあらゆる内閣に対して、世人のよく察知し得ない程に大きな影響を及ぼして来たのである。

抑も世界の政治家の中で新聞界から出た者が如何に多いことか! また今日新聞を読まない政治家が何処にあるか? 果たして彼等のうちで新聞の影響を脱し得るものが幾人あるであろうか? 今日新聞の持つ意義は、人が欲すると欲せざるとに拘らず、どうしてもそれを認め且つ尊重せざるを得ない所にあり、また新聞自身もこの点を大いに誇りとしているのである。

然し乍ら新聞がこの意義ある地位を保ち続け得るのは、言うまでもなくそれが、自分自身の面目を汚さず、また醜汚な仕事によって自己の名誉を損傷しない時に限るのである。それ故に新聞は、何よりも先ず真実の報道を以てその生命としなくてはならない。不真実は常に必ず新聞の最大の恥辱である。新聞の力は一にかかって真実という地盤の強弱に存するのである。

所が新聞に与えられているこの力こそは、実はそれに極めて困難な責任を課しているのであって、その故は、この真実といい真理というものが決して善悪の彼岸にあるものではないからである。この力は必ず國民の安寧と幸福及び人類の福祉のために利用さるべきものであり、万一にも間違って用いられるならば、忽ち國民と人類との不幸と破滅とを招来する恐るべき力に変ずるのである。従って私的のものであれ、超國家的なものであれ、或る秘密力が、ジャーナリズムの精神的威厳を支配するに至るや、新聞はそれに応じて世界の危険物となり、一國人民の内政生活のみならず、結局の所、世界平和にとっても一大危険物と化するのである。

新聞がそのうちに包蔵しているこの危険は、実に今日に於ては世界政治的意義を有する大問題と化しつつあり、その解決が遅れれば遅れる程、この危険も増大して来る。成程これ迄でも責任感ある政治家や新聞人が、この危険について多く書いたり語ったりしなかった訳ではない。然し遺憾乍ら彼等の声は聞き逃がされ、短なる沙漠の説教に終ったのである。世界新聞界はこの問題になると多くは沈黙を守るし、「輿論の政府」と自称する民主主義國家も新聞の有するこの危険に対して戦を挑む勇気は持たないのである。それは新聞界そのものが或國際的秘密力に依って支配されている上に、所謂デモクラシー國家に於ては政府自身がその新聞界に依存しているからである。かく見て来ると、これら諸國の政府及びこれら新聞の読者は、少くともこれ迄の所では、真の平和の敵でありまた現代に於て最も危険な戦争扇動者でありまた世界輿論の毒薬処方者である所の新聞背後の秘密力というものに対しては、全然盲目であったと言われねばならないのである。

我々もまたかかる危険力に対して口を緘(かん)すべきであろうか? 否、世界新聞界の破壊力が人類の災厄となった今日に於ては、我々はこの暴状に対して敢然と戦わねばならない。そしてそれは単に國民又は平和のためのみではなくて、責任感を持つ新聞とその当事者とに途を拓き与え、その勇気と道義力とを鼓舞し、且つ一般に真理の伝播を容易ならしめんがためである。然もこの困難な課題を解決し得るのは、あらゆる猶太及びフリイ・メイスン秘密結社の迫害に抗しつつ人類の新時代のために戦いつつある防共諸國のみである。防共とは実に反猶の別名であり、排フリイ・メイスン結社の異名であるからである。

上述の事情は、言うまでもなく、日本に於ては多少とも異った所がある。然し現代に於ては、通信交通機関の発達の結果としてわが國の新聞界が世界のそれと全く絶縁状態にあることは不可能である。殊に日本の新聞にも、毎日外國電報が現われるのであるから、真に國を思う者は、新聞当事者たると否とを問わず、充分の反省と自覚とが必要であると思われる。

 

新聞検閲の歴史

一四七九年と言えば、かのグーテンベルク印刷機械を発明してから間もなくのことであるが、この年にケルンの大僧正はローマ法王に申請して、一定の出版物の発行人、印刷者、著者及び読者に対して教会上の刑罰及びその他適当の方法によって干渉を加える特権を得た。更に一四八六年にはマインツのベルトホルト大僧正が自分の教区を取締る特別の検閲委員を任命したし、一五〇一年には、法王アレキサンデル第六世が、爾後「厳格なる信仰に背馳し、神をなみし[1]、人心を怒らす如き」言葉を印刷に付することを禁止するという布告を出した。かくて新聞の検閲なるものは、初めは俗界からではなく教会側から提起されたのであり、これが俗界側の政治的検閲に法律的根柢を齎したのは、一五二四年のニュルンベルクの國会の時のそれを以て嚆矢[2](こうし)とする。そしてその条文には、「当局は必要に応じて印刷物その他を検査し、爾後誹謗文及び誹謗画等を悉く駆逐し、その伝播弘布を抑止すべし、」とある。

[1] なみする:無みする 蔑する ないがしろにすること、または侮ること。
[2] 物事の始まり。

 

古い文書に徴すると、既にトルコ戦争[3]の頃無道な物語作家の類が跋扈し、毒筆を揮(ふる)って既成秩序の破壊を企てたので、彼等は町から町に逃げ廻らねばならなくなったそうであるが、その際に教会団体は何れも密告者の役を引受けていたらしい。フリードリヒ大王が「新聞紙は面白きものたる限り、妨害されてはならぬ、」と言った言葉はよく、彼の自由主義を示す材料として引かれるが、然し同じ大王が、その三年後即ち一七四三年七月九日に、新聞の自由を内閣条令によって撤回したことはもっと重大に取扱われねばならないであろう。その条例には、「ベルリン諸新聞の発行者達は、検閲用見本刷を要せずという自由権を悪用し、諸種の虚報を載せ、外國に不快の感を与えたるを以て、王は命を下して、検閲用見本刷なしに新聞を印刷する自由を撤廃し、予め有識の権威者をして検閲をなさしめ、その裁可を経ざれば発行するを得ざらしめんとし給う、」と書かれているのである。

[3] 大トルコ戦争(だいトルコせんそう、Great Turkish War, 1683年 - 1699年)は、17世紀後半に起こったハンガリートランシルヴァニアを巡るオーストリアポーランドヴェネツィア・ロシアなどの神聖同盟オスマン帝國の戦争である。

 

これに依れば、フリードリヒ大王は如何に巧(たくみ)に新聞を行政のために利用し、又それに干渉を加えたかが察知せられる。大王は、一七六七年ベルリン市に新しく戦争の噂が流布した時、ベルリンの新聞に命じて、ポツダムを襲った強烈な暴風雨について次の如き報道をなさしめている。

「ベルリン特報、木曜、一七六七年三月五日。ポツダムより左の報あり。二月二十七日夕刻、空は真暗にして、雷雨を孕(はら)める雲によって全地平線は蔽われたり。電光凄まじく、雷鳴ありて、人知の考え及ばざる勢にて雹(ひょう)降れり。農夫が車に繋いで町に引き行ける牡牛二頭の中、一頭は立所に即死、街上の町民達は負傷し、農夫はまたそのために腕を折れり。屋根は雹の重量によりて破壊せられ、この暴風雨を運んだ風に向える窓は皆損傷を受けたり。街上にては南京(かぼちゃ)程の雹塊の認められるあり、その溶けるに二時間以上を要したという。この特別なる現象は頗る大なる印象を与えたり。自然科学者の言に依れば、空気は抑もかかる氷塊を運ぶ力なき由なり。その真否はともあれ、かかる出来事が極めて稀なる事に属し、殆ど類例なきことは確かなり。」

実際の所、ポツダムでは風も吹かず、雹も降らなかった。そしてベルリン人は兎に角新しい噂の種を得て戦争の恐怖を忘れてしまった。

とにかく老フリードリヒ大王は、上掲の内閣条令によっても解るように、言論の自由については苦い経験を持っていたのである。一七七二年四月七日に彼はフランス人ダラムベールに宛てて次の如くに書いた。

言論の自由はその不可避の結果として誹謗書を生む故に、常に濫用され易きかかる自由に対しては強制的防圧手段の必要なることを余は確信す。」

所が、かく新聞に批判的態度をもって当ったのはフリードリヒ大王だけではなく、当時の有名な國法学者クリスティアン・フリードリヒ・ダニエル・シューバルト(Christian Friedrich Daniel Schubart:1739~1791)の如きも言論の自由(彼によればむしろ言論の厚顔無恥)の濫用に反対した一人である。彼は屡々報道の信用し難き点と矛盾を難じ、所謂「……なる由」なる言葉を嘲笑して、それはつまり風評と虚偽との境目が明かでなくなったとき新聞記者が縋(すが)り付く尻尾であり、百口ある怪物に他ならない、と言っている。また新聞の虚偽は物語の國に籠(こも)っている真黒な渡り鳥にも比すべきである、と彼は言い、オランダのパンフレットや小冊子や新聞雑誌がこの國に起った暴動に大きな関係を持つことを指摘し、更には、パリの書籍検閲が頗(すこぶ)る厳重に行われているのを喜んで、次の如く総括している。

「國家・宗教・良俗・良民等が思うさまに傷けられる惧(おそ)れのある國は、追剥(おいはぎ)と殺人者の棲む森である」

以上二人の言葉によって我々の知り得ることは、デモクラシイが声を大にして、人類の神聖な財でありまた新聞の発展のためのかけがえのない原動力であるとして賛美する「言論の自由」なるものが、しばしば事実に於ては有恥有害なる空辞の最たるものであり、自由なる美名の下にかくれて輿論を毒する恐るべき害物であることである。

そしてこの言論の自由の出発点は、一七八九年のフランス革命に外ならない。同年八月二十六日の所謂「人権宣言」の第六条には、

「自分の思想及び意見を発言する権利は、それが新聞による時であれ、或いは他の方法に依る場合であれ、決して禁止されてはならぬ、」

と書かれている。

同様の考えは少しく制限を受けてはいるが、一七九一年の仏國憲法第十二条にも規定されている。

「思想及び意見の自由なる発表は、最も貴重なる人権の一つである。従って國民は皆何れも自由に語り、書き、印刷することが出来る。ただ各人はこの自由に法律が加える誓言を顧慮すれば足りる。」

このような立派な公告があるにも拘わらず、仏國では、法律上言論の自由が保証されていた時代に、政治的権力者の嫌う新聞には重い圧迫が加えられた事実がある。一七八九年にマレー・デュパン(?)はその主宰する「メルキュール・ド・フランス」誌に次の如く書いている。

「我々が検閲の閾(しきい)から逃れて来た瞬間に、もう我々は過酷な殺人剣に曝されていた。」

一七九三年三月八日の憲法会議で一人の議員が、「ジャーナリストには決して全権を与えてはいけない、彼等は立法者が仕事をする空気を毒するだけである」と主張したことがあるが、これが言論の自由の本場と称せられるフランスの出来事である。更に四年後パリで起った補欠選挙では、ジャーナリストは候補者となり得ない、とされた。またその時の憲法会議で或る演説家は、「世人は須(すべか)らくジャーナリストを淫売婦と同視すべきであって、その故は、彼等はこの女達と同じく周旋人を有し、買手を探すために道路を駆け抜け、また公の健康を毒するからである。」と言っている。

それ故にナポレオンが、クーデターをやった後に出版界にも手を下したのは、別に怪しむに足りないことであろう。

「若し余が新聞の手綱を弛めておけば、余は僅か三月の間も権力を保ち得ないであろう。」

「敵意ある新聞が四つあることは、職場の兵士十万人よりも危険である。」

彼がセント・ヘレナ島で最期を遂げる直前に語った後人への戒めには、「新聞をそのままにして置くことは、危険の側で寝を取るにも等しい、」という語があったといわれている。

然し彼の後代はこの戒めを余り省みなかった。新聞は政治的立憲主義と工業的経済の進捗とにつれて大きな躍進をとげ、遂にその黄金時代に達したのであった。

かくて新聞が無限な経済的自由をモットーとして、正規の取引業に発展するに至ったので、ことに猶太人は民衆の安寧のために戦うという仮面の下にかくれて大役を演じるに至った。新聞は政治的党派の奴隷、その背後に隠れている黒幕たる秘密力の奴隷に堕してしまった。編集部には今や、一番多くの報酬を呉れる者のために筆を用いる器用な多筆家が登場し来り、仏國政治家ネットマン(Alfred François Nettement)の如きは既に前世紀(19世紀)の始めにあたって次の如く難じている程である。

言論の自由は万人に告知された。然し優勢にして革命的な党派は、物を見るに独特の方法を持っている。彼等が万人の自由を公然と説く時。それは只主義を裏切ったとの非難を避けたいがために外ならぬ。然し一旦この主義を奉ずることを示し得さえすれば、実行上にはもうそんな主義はどうでもよいのであって、ただ敵に対してはこの自由の享受を許さないのがかなり一般的なやり方になっている。」

一八三五年八月二十二日に仏人ラマルティーヌ(Alphonse Marie Louis de Prat de Lamartine:1790~1869)は下院で論じて曰く、

「新聞は、少数の例外を除いては、國に害を与えることが大きい。四年以来それは各行に憎悪と誹謗と汚穢とを撒きちらせて来たし、またそれは暴動と無政府を喚起した。」

文豪バルザックはもっと鋭犀に(鋭く)当時の新聞界の状況を描いている。

「本来聖物たるべき新聞は、党派の手段になってしまっている。また一つの手段から一つの商売になっている。どの新聞でも大衆の欲しい色彩の言葉を売ってやる露店に化している。」

またフランスの新聞人エミル・ドゥ・ジラルダン(Émile de Girardin:1802~1881)は一八二七年に、彼の新聞「ル・ヴォルール」の発刊を予告した文の中で、率直に次のように書いている。

「我々は暴利時代に生きている。宗教や諸々の自由には相場があるし、良心にも定価が付いている。」

以上は何れも当時の人々が、所謂言論の自由について懐(いだ)いていた見解を並べて見たものである。