今日の共産主義 45の目標16

✔16.  裁判所の法解釈による決定を利用し、アメリカ人の活動が公民権に違反すると主張して基本的なアメリカの慣習(制度)を弱体化せよ。

ウォーレン最高裁(1953~1969)は、これを余りにも極端に進め、1962年までに国家的な醜聞となった。それは、公立学校でのお祈り、同じく聖書の読書、ユダヤキリスト教の価値観を教える事を排除した。

バス通学の強要は州によっては人種的に偏った分離政策を崩す試みであった。それは連邦政府による地元の学校の問題への行き過ぎ行為であり、白人黒人共に圧倒的多数が乗り気ではなかった。ギャロップ社の世論調査では1970年代初めには4%の白人と9%の黒人が自分の近隣外でのバス通学の強要を支持していた―その他は全て反対であった。[1]

1972年、1964年の公民権法のタイトルIXと呼ばれる修正で連邦政府の資金を受けている学校は、全校の男女の比率に比例して ―言い換えると割り当てを使って― 両性(男女)に均等な機会を提供するように強要された。これはもう一つの災難であった。2010年までにこの議論の余地が残る政策は、特定のスポーツへの関心を決定するために地元の人々を調査するのに過小評価された性だけでなく男女両性とも調査する様に成り下がった。

長らく神聖を維持し、州によって保護されてきた結婚の制度は2015年に裁判所によって公民権に転換され、その決定により全ての州で同性婚の合法化を義務付けた。

 

[1]  See Swann v. Charlotte-Mecklenburg Board of Education, 1971, and Milliken v. Bradley, 1974.

 

【ブログ主の感想】

 これを読んだだけでは話の筋が見えにくいのですが、これは公民権法に依る差別の禁止と世界的な人権意識の高まりによる差別の解釋の取り違えを最大限に利用したアメリカ文化、特にキリスト教的社会規範・慣習への攻撃に対する批判ですね。

抑々「世界的な人権意識の高まり」と言うのも同様の動き(ヘーゲルの批判理論によるフランクフルト共産主義者の暗躍)によるものです。つまり同根の問題です。最近ではこれが他ならぬ國際主義者の目論見と同一であることが見えて来ました。結局のところ、NWO(國際主義)と共産主義は、同じ悪業の表と裏でしかなく、少数の超金持ちが支配するか、革命で成り上がった共産党が支配するかの違いだけなのです。

閑話休題公民権法に依って差別が禁止されると、それを拠り所に多くの訴訟が起こり、その爲に公民権法の解釈を巡って多くの修正(補助解釋)或いはタイトルと呼ばれるものが法律に付随して制定されました。その中には高校や大学の人種比率がその高校・大学の存在する地域の人種比率と同じでなければならない、と言う法律や、通学バスを白人・黒人の住む地域を分けずに運用すること(白人も黒人も嫌がっていた)など、全く理屈に合わない拡大解釈がここ何十年にも亙ってされてきました。現在の性差別禁止(LGBT 運動)や少数民族の認知と保護政策などもこの一連の動きと同じものです。要するに、文化的な側面や人類の歴史上培ってきた常識を無視して差別や人権を拡大解釈することが全て含まれます。

例えば、結婚は長らく神の御引き合わせによる男女の絆と考えられ、その爲に教会で彼らの神様の前で行われたものですが、それは、キリスト教を信じないものに対する差別だ、とか、或いはその話の中で女性が差別されているとか、或いはキリスト教では同性の結婚が認められていないので同性愛者に対する差別だ、と言う乱暴なナンセンスを以って伝統的な慣習・制度を破壊し、それによって社会規範全体を揺るがし、國家全体を弱体化する、と言う筋書きですね。

 

さて、日本は、戦後、GHQ 民政局がアメリ共産党支部であったので、もっと酷い急進的・過激なやり方でこの様な打ち壊しが持ち込まれました。しかし、日本人はそのような動きとは別個に家庭の躾や社会に出てからの会社での慣習・規則により、ある程度日本文化を守ってきましたが、残念ながら、スクーセンの言う通り、それだけでは二世代程度しか持たないのです。で、1980年代以降、特に平成の時代になってからあからさまに日本文化継承のための社会規範が大きく崩れ始めました。

例えば、女性は半ば強制的に仕事するもの、と決められ、マスゴミは専業主婦を丸で怠惰と堕落であるかのように蔑み、その一方で、自由恋愛の名の下、不名誉で不潔な関係を開けっぴろげに(ドラマや映画などで)見せびらかし、日々、正常な感覚を麻痺させています。

いい加減にこの「何でも有」の堕落した社会を世直しする時期に来ているのではないでしょうか?

ドイツ悪玉論の神話044

猶太人の誇張は多くの人に否定されている

猶太人の大げさな泣き叫びと不平不満が國際的新聞を賑わしているのと時を同じくして、英國人のG.E.O. Knight が1934年7月に発行した彼の小冊子「In Defense of Germany」で述べていることは「私の(独逸國内の)猶太人との個人的な会話は、啓発的だった。彼らは、英國の新聞が暗示していることを裏付けなかった。針小を棒大に為すとはこのことだ。喜歌劇からメロドラマを創作している。「暴力」の主なものは、妬みの強い若者によるものだ。そして、殆ど全ての場合、新政権に対して特に敬意を払っていない、運の悪い人を「密告」することによるものだった。肉体的な害は殆どなく、精神的な害が恐らく大きかった。」

「独逸に在住していて去る意志が全くなかった、また、去るように言われたことも全くなかった猶太人の友人から私が知らされたことは、次のような事だ。独逸を去りたい者も、帰還する者も自由に、随意、そのように出来たのである。猶太人の自由に関する法律は、実質上、他の人々に関するものと同じであった。」

「持ち上がっている問題は、定住猶太人とは関係ない。彼らの多くは、今も政府のそれぞれ役に立つ様々な分野で雇用されている。独逸がずっと取り除きたいと思っていた好ましくない猶太人は、約8万人に上るが、独逸は彼ら全てを要望さえあれば喜んで英國米國に出國させたであろう。」

「これらの猶太人は、(第一次大戦の)休戦協定〈1918〉以来國に浸透し、独逸に相當な社会的政治的害をもたらす状況を作った。これらの好ましからざる中には、殺人者、犯罪歴のあるもの、潜在的泥棒、詐欺師の破産者、白人奴隷密輸者、あらゆる意味に於ける乞食、そして政治的亡命者が居た。多くがバルト三國、そしてポーランドから、また、少なからずロシアからであった。」

彼は更に、続けて書いている。「去年3月の革命(ヒトラーと國家社会主義者の権力掌握)以前は、猶太人は、ライヒ内であらゆる政府機関に蔓延り、あらゆる専門職と職業で最高の特権を享受していた。彼らは主要な共産党の組織者であり、國内72の戦闘分子と同一のものと見做された。」

「あらゆる意味で彼らは抜きんでた能力のある実業家であることが分かった。彼らの多くが裕福になった。独逸の戦争利得者の殆ど全てが猶太人である。元から居る独逸人は、緊迫していたときに自分自身の國で金儲けをするという考えに恥辱と恐怖を感じている様に見做されたと思われる。」

「独逸の人口の1%がその規則と文化を独逸人に課すべきだという事 - その文化が如何に傑出した物であろうと - それも6千万人の生まれながらの生粋の独逸人に対して...これは、強い言葉を使うまでもなく、理不尽な事である...」「そして、ナチスの輩が敵対し、多数の猶太人の仕事を分かち合った時、世界中の猶太人が蜂起し、こちらの報道機関を通して、ロンドンやその他の地方で意見交換会を開き、独逸政府を暴力的な言葉で非難したのである。」

「独逸人は、彼らの國を自分たちが支配するのを當然と考えおり、幸運であろうと苦悩であろうと彼らは、その立場を貫こうとした。独逸の人々は、どの様な体制であれ彼らの好きな政府を持つ資格を完全に有するはずだ。彼らにどうのこうの指図するのは我々に相応しくない(資格はない)。」

猶太人の独逸に対する戦争は、独逸國内に住む猶太人に対する独逸人による一層の締め上げの原因となった。そしてそれがまた更に、一層大げさな泣き叫びと不平不満を國際猶太の間に再生産するのであった。1933年9月29日、猶太人は、文学、美術、映画、劇場を含む全ての文化的そして娯楽活動を禁止された。ヒトラーは、何度も「猶太人の映画、劇場、娯楽産業から出て来る止めどない堕落」について、そして更に、猶太人の独逸文化を衰退させようとする画策、つまり独逸の道徳、価値観、伝統を馬鹿にし、キリスト教を攻撃する活動について、演説していた。彼は、断固としてこれに終止符を打ちたかった。1933年10月、猶太人はジャーナリズムを禁じられ、新聞は全て政府の支配下に置かれた。ヒトラーの意図は、猶太人の独逸國家機関への影響力を潰し、彼らの独逸からの移民を促す事であり、彼らを害する事ではなかった。

ドイツ悪玉論の神話043

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世界中の猶太人がアンターマイヤーの対独戦争の求めに呼応した。もう一人の有力な米國の猶太人金融家、バーナード・バルークは、独逸に対する全面戦争を それが英國にとっても利益になると指摘してまで、求めた。「私は、独逸の敗北(中略)と(その)世界貿易からの排除は、その量と利益両方で英國の外國貿易を増長する絶好の機会であると強調する」と彼は語っている。バーナード・バルークは、ウィルソン、ルーズベルトトルーマン大統領補佐官であった。

1934年6月のフランスの雑誌「Les Annals」の中で猶太人のエーミール・ルートヴィヒ(本名:エーミール・ルートヴィヒ・コーン)は、次のように書いている。
ヒトラーは戦争を起こさない(戦争を欲しては居ない)が、我々は、彼にそれを強要するだろう、今年ではないが、間もなく。」

猶太戦闘連合(United Jewish Campaign)の國家議長(National Chairman)、デーヴィッド・A・ブラウンは、1934年に「我々猶太人は独逸に戦争をもたらすであろう」と述べている。

ヘンリー・モーゲンソウ、猶太人の米國財務長官は、1933年に「1934年に欧州の戦争は、不可避だ」と述べた。

 

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ゼェヴ・ジャボチンスキー 熱狂的シオニストで過激な反独逸


1934年1月、ゼェヴ・ジャボチンスキーは、パレスチナの「Natcha Retch」に「独逸に対する戦いは、あらゆる猶太人会議、貿易組織、そして世界中の全ての猶太人に於いて既に何か月も為されている(中略)我々は、独逸に対する精神的且つ物質的戦争を全世界的に爆発させるのである」と語っている。

1935年7月27日付、パレスチナの「Jewish Daily Bulletin」でジャボチンスキーは次の様に書いている。「重要な力はたった一つしかない。それは政治的な圧力だ。我々猶太人は、地球上で最も力のある人種だ。何故なら我々にはこの(政治的)力があり、それをどのように行使するかも知っているからだ。」

1935年2月22日付の「Jewish Chronicle」紙は、カイロの猶太人新聞王で後にエジプトの報道を殆ど支配した、J.E. マルコヴィッチについて、「彼は、全てのエジプトの報道をヒトラー主義に対抗する戦場に変えた」と報告している。

ハンガリーのジャーナリストで著者でもあるルイ・マルチャルコ(Louis Marschalko)は、次の様に書いている。「國家社会主義は、戦争するように運命づけられた。何故ならそれは、不可避的にボルシェヴィズムと世界資本主義[どちらも猶太人支配]に敵対する政体であったからだ。」

フランスの猶太人ジャーナリスト、ポール・ドレイフュス(Paul Dreyfus)は、1938年5月15日、「La Vio de Tanger」に次の様に書いている。「今年の年末までに英露仏米による経済ブロックが形成され、独伊の経済を跪かせるであろう。」

英國の雑誌「Sunday Chronicle」の1938年1月2日の記事は、「猶太人の為の戦争資金が£500,000,000ある。(中略)戦いは、世界の株式市場で戦われることになる。反猶太主義國家は國際的借金の足かせがあるので、彼らは自分たち自身の存立が脅かされている事に気づくだろう。欧州全体での小売を通じて彼らの輸出品に対する排斥運動は、今日のいくつかの反猶太國家の不確実な経済的安定を揺るがすであろう。」

國際猶太は、自分たちの独逸に対する戦争を独逸が國内で猶太人を「迫害している」こと、そして最後には完全に「抹殺する」計画であることを理由に正當化したのである。(そして、今日、イラン人が彼らを抹殺する計画をしているらしい。)

 

排斥運動の独逸経済への影響

1933年の1~4月の間、独逸の輸出は、10%落ち込んだ。そして続けて悪くなった。國際猶太の組織した排斥運動が広がるにつれ、独逸の貿易は、特に1933年の第一四半期に打撃を受け、独逸の極めて重要な輸出は1932年の半分以下に落ち込んだ。世界中で猶太人の独逸排斥運動は、年一年と容赦なく続いた。

1941年にモスクワで開かれた國際猶太人会議は、更に一層の独逸に対する経済圧力を求めた。「全世界の猶太人兄弟たちよ、復讐の聖なる炎を心の中で、絶え間なくもっと明るく燃やそうではないか! いつでも行動できるように用意しておこう! 世界のどこに居ようとも、ファシストの経済資産を破壊するために自分の力で可能な事は全てしなければならない。ヒトラー主義の死刑執行人による死の産業の最も重要な部署に分け入って、好きなようにぶち壊すがよい。彼らの製品をあらゆる場所で排斥せよ! 高貴で、自己犠牲の遊撃兵と共に戦おう! ソヴィエト連邦との連帯と積極的な支援のための完全に効果的な宣伝工作をところかまわず展開しよう。人類は茶禍(Brown Plague)(突撃隊SA のシャツの色より)から解放されることを欲している。この聖戦に於いて自分の任務を果たそう。」

「The Transfer Agreement」の著者で猶太人のエドウィン・ブラックは、次の様に書いている。「独逸は排斥運動が世界的になれば、商業が独逸を回避する様に成れば、果たして何か月間生き残れるか。排斥者は「独逸はこの冬にも瓦解するだろう」と言うスローガンを掲げた。

ドイツ悪玉論の神話042

猶太人迫害の神話

1952年の「共産主義の裏」(Behind Communism)の中で、フランク・L・ブリトンは、猶太人迫害神話の現象について説明している。ブリトンは、迫害神話が「猶太教の接着剤・接合材でそれが無ければ猶太人は(國民として)存在が無くなって久しいだろう」と述べている。また、猶太人はいつも団結しているわけではないけれども、敵の存在下、その敵が実際の物であろうと想像上の物であろうと、猶太人の思想は、全会一致に結晶する、と述べる。25世紀に亙って、猶太の心は「迫害」の声高な畳句(じょうく)によって条件づけられてきた、と彼は述べる。あらゆる悲運の事故を記録にとどめ、拡大解釈され、そして自分たち選民に対する異教徒の残虐行為として、次の世代に受け継いできた。猶太の願望と野望に対するあらゆる抵抗も同様にこれらと同じ迫害と言う言葉に解釈され、そして猶太の願望の追求における、あらゆる猶太による他民族の侵略と搾取については、同様の根拠で容赦されるのである。

念のために言っておくと、猶太の人々は、その歴史上、数多の困難に苦しんで来たが、これは他の民族に於いても同じく真実である。その主な違いは、猶太人は、常に記録する事である。彼らは、決して忘れず、また決して許さない。彼らはその猶太人集団心理に、誇張された独善的感覚と復讐願望の脅迫概念を育んだ。異教徒(猶太人以外)は、自分たちの不幸を過去に置いて、時代を前に進んで行くが、猶太人は自分たちの迫害の記憶を大切に留める伝統を持った。彼らは、あらゆる不平不満を育み、味わい、そして猶太の文化的記憶にそれらを大切に取っておくのである。数千人のキリスト教徒の殺害は、50年後には誰にも記憶されてはいないが、同様の事件で猶太人が殺された場合は、言い伝える中で粉飾され、誇張されて、猶太の歴史に永遠に保存されるのである。彼らは、自分たちの苦悩を列挙し、嘆き悲しむのであるが、それを自分たちだけでなく、世界に対して、大げさな形で抗議する事によって、同情を求めるのである。一種の「永遠の被害者、猶太人」という示導動機(楽劇におけるライトモチーフ)が猶太の物語を通して、まるで猶太の歴史がワグナーの楽劇の奇怪な喜劇版の様に思われるまで、繰り返し流れるのである。猶太の精神のある部分は、非猶太人が猶太人を滅亡させる計画をしているという疑いである。これは、猶太の歴史を貫いて常に繰り返されている。(今日に於いても、彼らは、声高に、そして繰り返し、イランは、「イスラエルを地図上から消し去ろうと意図している」と激しく非難する。)彼らの世界観に最も影響すると思われる、そして、彼らの暮らす異民族ホストとの関係を律する、猶太文化の三大動機要素とは、1)迫害神話、2)殲滅幻想、そして、3)復讐願望、である。

アンターマイヤーの演説は、他の全ての大げさな猶太人の反独逸宣伝工作同様、この見地から理解するべきである。猶太人ホロコーストの訴えについても同様にこの見地から理解すべきである。猶太人は、600万人の猶太人がホロコーストで殺された、と主張する。しかし、この「600万人」と言う数字は、実際の数字よりも猶太人が語り継ぐ歴史の中で繰り返し使われた、ある種の隠喩表現のように思われる。當然、実際の数字はそのほんの一部に過ぎないのである。

1902年 - ブリタニカ百科事典第十版(1902)の482ページに「反猶太主義」項目には、例えば、次のような文言がある。「...ロシアとルーマニアでは、600万人に上る猶太人が組織的に左遷され、」この記事は、第二次大戦中の600万人の記述に約40年遡る。

1906年 - 1906年3月25日のニューヨークタイムズ上「ネイサン博士のロシア虐殺の視点」と言う題の記事は、「600万人のロシアに居る猶太人の安否が...」心配だ。そして、記事は更に「ロシア政府が研究した猶太人問題の「解決策」の政策は、組織的で、殺人的全滅である」と続く。

1911年 - 世界シオニスト機構の設立者の一人、マックス・ノルダウは、スイスのバーゼルで開かれたシオニスト会議で「600万人の絶滅」を警告している。これはヒトラーが政権を執る22年前である。

1919年 - 1919年10月21日付の「American Hebrew Magazine 」に「猶太人の十字架刑を止めなければ!」と言う題のニューヨーク州前知事、マーチン・H・グリンによる記事が見受けられる。この記事は、「海の向こうから、600万人の男女の助けを呼ぶ声が聞こえる...」と始まる。更に記事は、次のような言葉を含んで続く。「600万人の人間が、墓場の渦巻きに巻き込まれる時...」、「600万人の男女が死にかけている...」、「...そして、偏見に凝り固まり、猶太人の血に飢えた...」、「この脅迫されたホロコーストの中で...」などなど。この記事は、第二次大戦の約20年前に発行されている。

1921年 - 1921年の7月20日付のシカゴ・トリビューンは、「アメリカにロシアの600万人の救いを請う」と言う見出しの記事が出た。その記事は、「ロシアの600万人の猶太人は、皆殺しに瀕している」と主張している。

1936年 - 1936年の5月31日付のニューヨークタイムズは、「アメリカ人の猶太人難民の為の訴え」という見出しの記事で、英國に「...パレスチナの門を開いて欧州のホロコーストから逃れようとしている被害に遭って迫害されている猶太人を受け容れろ!」と訴えている。ホロコースト?それは、第二次大戦での出来事だったのではないのか?

1940年 - 1940年6月25日付のパームビーチポスト紙は、世界猶太会議の執行委員議長、ナフム・ゴールドマン博士についての記事で、彼は、ナチスが最後に勝利すれば、600万人の欧州の猶太人全滅される運命にある、と話したと報告している。

1943年 - ポーランドの猶太人、ラファエル・レムキンは、1943年にニューヨークで発行されたその著書「枢軸による占領欧州の統治」の中で、ナチスが既に週百万の猶太人を殺し、「恐らく600万人に上る」と言っている。これは勿論、注目すべき手柄であったろう。何故なら、猶太人自身が主張する殲滅作戦が始まったのは、1942年の事だからだ。

1945年 - 1945年1月8日付のニューヨークタイムズの記事、欧州の戦いが終わる4か月前、そして、何人の猶太人が殺されたか(もし殺されたとして)誰かが知ることが出来るよりも前、600万人の猶太人が死んだと報告していた。

1945年 - 1945年5月13日付のピッツバーグプレス紙は、ある記事に「ナチス600万人の猶太人を抹殺した」と言う見出しを付けた。

明らかに、猶太人の主張する迫害と皆殺しの予言は、真面目に受け取ることは出来ないのである。

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(次回はユダヤ人迫害神話-続きです)

今日の共産主義 45の目標15

✔15. 合衆国の政治政党をどちらか一方、或いはどちらも取り込め。

これは、下院、ホワイトハウス国務省を使って、合衆国とその同盟国の安全保障と経済利害の犠牲に於いて、共産主義国に都合の良い政策を涵養するために共和党民主党両方の民主社会主義者を通して間接的に為されてきた。

 

【ブログ主の感想】

このスクーセンの本は、古い本ですので、これらの工作の話は自然と舊ソヴィエト共産党によるものが中心となりますが、最近のアメリカはここ30年程、中共により民主党共和党共に汚染されてきたと見ることが出来ます。アメリカは1950年代のマッカーシズムにより共産主義に対する警戒が全国的に広がり、戦時中のソ連共産党スパイによる政権中枢への浸潤を跳ね返して、一時期は健全な政治感覚を取り戻していましたが、その一方で裏ではもう一つの共産主義、つまりキリスト教米國の道徳と制度慣習の破壊工作が進行していたことが分かっており、今のトランプによる米國の主権回復の試みはその修復と対応と見ることが出来ます。しかし、依然として米民主党は気付かないか、あるいは気付かない風を装って居りますし、共和党も依然としてネオコン共産主義者が勢力を保っています。

視点を移して 今の日本の政治政党を見てください。

昔は、共産党社会党ソ連に汚染されている、とか、コミンテルンに支配されている、とよく言われました。ところが、1970年代以降、いつの間にか、全ての政治勢力が何らかの形で支那朝鮮の影響下に置かれて久しいと思われます。

これには、戦後のWGIPによる日本文化・道徳の破壊がますます進む一方、強大なマスゴミの影響が隠然と日々のディスインフォメーション・ミスインフォメーション(逆情報・誤情報による工作)により、日本人の感覚を麻痺させてきたことが大きく、今もってその状況は全く変わっておりません。結局のところ、安倍政権もこの勢力の中に取り込まれてしまっており、身動きできない状況が続いているように見受けます。

これも、誰がどこにどの様な反国家的工作を仕掛けようとしているのか、それを調べて摘発する情報部の創設と、スパイ防止法の制定を待つしか仕方がないのが現状ですね。

ドイツ悪玉論の神話041

彼らに解らせよう

彼らは、自分たちを見せびらかし、また、世界輿論に対抗する事を見せびらかしながら断固主張してきました。我々は、独逸に理解することを強制するように、世界輿論を提示し、組織してきました。ヒトラーと彼の愚民は海外で彼らがどの様に見做されているかを人民に知られることを許さないでしょう。我々は、我々に残されたただ一つの方法で彼らに解らせるのです。

ぞっとする事ではありますが、その動機の分析は、心理学的にも興味深い研究対象でありましょうが、恐れや臆病以外に何が、今當に行われている様に猶太人金融業者は独逸にお金を貸すように促すのでしょうか。ヒトラー政権が、世界を反猶太主義にしているその向こう見ずな、邪悪な宣伝工作の一部分は彼らの貸したお金に依るのです。その金で、彼らは、英國を、米國を、そして他國を占領し、そこに新聞社や支援団体を設立し、或いは、巨費を投じて彼らの悪名高き主義を広めているのです。

彼らがそのお金を自分たちが拒否した借金の返済に充てているという示唆は、侮辱に満ちた嘲笑と沈黙によってのみ、答えられているのです。その間にもその悪名高き(宣伝工作の)戦いは、減じる事無く益々激しさを増し、彼らを財政支援している猶太人金融家とそれを有効に監視する手段を持たない弱虫の永遠の不名誉となっているのです。

ヒトラー政権は當初から、猶太人を殲滅するために、排斥運動を悪魔の様に非難しています。その方法は、猶太人の店に張り紙を貼ることにより、独逸人に彼らと取引しない様に警告し、猶太人の店主を収監し、猶太人であるという理由だけで、ナチの親衛隊に守らせて何百人で通りを行進させることにより、彼らの多数が努力して取得した専門職から追い出すことにより、彼らの子供を学校から、そして労働組合から彼らを除外することにより、生計を立てるあらゆる道から締め出すことにより、彼らを劣悪な収容所に拘束し、飢えさせ、拷問する事により、正當な理由もなく彼らを殴打し、殺すことにより、そして、考え得る限りの想像もつかない、自殺のみが脱出の手段であるような、非人間的な拷問に訴えることにより、そして、全て、彼らまたは彼らの遠い祖先が、単に猶太人であったことの故に、そしてまた、全てが彼らを皆殺しにする公然の目的の為に、なのであります。

 

人類への訴え

この、有史以来最も悪辣な排斥運動に対する反攻として、我々は、全ての人類に逆排斥運動を仕掛けることを訴えています。この訴えは、理想主義と正義が未だ生きているとの信念と受け止められるでしょう。

正義のための手段として経済排斥運動を使用するのは何も新しい事ではありません。國際聯盟の規約にもこれらと一字一句違わず、反抗的な國家を従わせるためにその使用を明確に規定しています。その聡明な政治手腕と展望が文明世界の驚異であるルーズベルト大統領は、包括的な全國産業振興法案の下、労働がもっとその生産に対して富の公正な分配を受けられるように、資本と労働の関係の調整のための気高い構想を立ち上げられました。彼は、國民運動として全ての生産者・仲買人・小売で、法に協力しない業者からの不買運動をし、また、全國産業振興法に協力し、その「青い鷲」幟を立てた店のみから、買う事を約束して國内の消費者の協力を要請しようとしています。我々の臆病な友人にとってこれ以上高貴な先例は望むべくもないでしょう。

我々の目的についてのこの説明を以って、私は、その公共精神と善意の意図について、疑う余地がないのであります、しかしその判断に至る知恵に敢えて対抗して、全米猶太人委員会に訴えたいのです。臆病で無分別な先入観を捨て去り、積極的にこの排斥運動を推し進める様に、参加しましょう。我々にとって、後で言及する、聯盟への抗議を除いて、ただ一つの武器でありますから。

私は故意に全米猶太人議会の名をこの訴えに含めるのを差し控えました。何故なら、私は彼らの95パーセントが既に我々と共にあることに満足しており、また、彼らは、現在、海外の2~3の人間によって、正確に代表されていないからであります。今月に開かれるプラハでの執行委員会に先がけて、彼らは、これら偽りの指導者に向けて、明白にこの非常に重要な課題について彼らがとらなければならない立場を通告し、また、彼らが彼らの見方をあからさまに発表するか、さもなくば辞職するように要求します。彼らの一人は、一般に問題を起こす中心人物と見做されている人物ですが、欧州中で不和を広めるお気に入りの気晴らしをするパーティーをし、その場その場で排斥支援・排斥反対、若しくは関知しないことを表明しています。全て、その時の聴衆に応じて。しかし、常に、直截、間接に裏切りをもたらすのです。

 

これまでの進捗

今はまだその時ではないが、いつか、近い将来、これまで行って来た何段階かの事、そして既に進捗中の事、多数の國々で行なってきた経済排斥の驚きとともに満足すべき進展、について皆さんに報告できるように切に希望しております。英國米國に於いてはその方向に向けて相當の進展がありましたが、これら二國がアムステルダムで開かれた世界経済会議では最も遅れた國でまた、最も不充分な組織化しかされていなかったことを知って驚かれるでしょう。この会議では、正式な決議により排斥運動は全会一致で、熱狂的に規律投票で可決されたのです。

我々米國側での遅れは、資金の不足による部分と包含する領域が広大な事によります。しかし、この状態は直ぐに修正されることを期待し、望むものです。我々が断固説こうとしている教訓の実例は、全ての人類にとって計り知れない貴重なものなので、くじけない様にしなければなりません。

ここにいる皆さん、猶太人もそうでない人も、この聖戦にまだ参加していない人は、今ここで参加すべきなのです。独逸製の製品を買わないだけでは不充分なのです。独逸製品を売り、独逸商船や海運を利用している全ての商人や商店との取引を拒否しなければなりません。

情けないことを言わねばなりませんが、我々の中にも少数の、幸運にも少数であるが、少数の猶太人は、威厳と自尊心に欠けているために、彼らや彼らの仲間の乗客をもてなす人間の軽蔑に会い、侮辱されるであろう独逸の船で旅行するのです。彼らの名前は、広く告知されるべきです。彼らは、民族に対する裏切り者なのです。

最後に、もう一度、この様に心温まる歓迎会への感謝と皆さんと、それに何百万の猶太人以外の友人の支援を以って、我々は、20世紀の文明を悪く言い、偽りを伝え、恥辱をもたらす為に醜い頭を上げて来た偏狭な考えと狂信主義の棺に最後の釘を打ち込むことの誓いを述べさせていただきます。

             -----(演説終わり)-----

 

アンターマイヤーの演説は、どの様な基準から見ても煽情的であり、誇張と大げさな表現と欺瞞に溢れていた。勿論それは、この時以来、独逸の敗戦に至るまで、単に典型的な猶太人のナチスに対する時事解説であったことの証明であった。猶太人は宣伝工作による戦争を仕掛けた。武装した兵隊に依らず、少なくとも、上述の通り、彼ら自身の兵隊に依らず。そして、このとき彼らは独逸に対して全面的な戦争を仕掛けていたのだ。これは、経済戦争であった。そしてそれは遂に数年の後に米國英國、ロシアの軍隊をして独逸に敵対する軍事の全面戦争に発展した。その頃流行ったジョークは、猶太の國歌は、「見よや十字架の*」(Onward, Christian Soldiers)の讃美歌に違いない、と言うものだった。

アンターマイヤーは、独逸の猶太人が日々晒されている「極悪非道な拷問、残虐行為」や「死よりも酷い恐怖」について述べているが、彼の熱に浮かされた想像を除いて、そのような事は一切独逸で起きていなかった。自らに対するほんの少しの、或いは想像上の困りごとや苦悩を激しく誇張し、騒々しくメロドラマ仕立てに抗議するのは、猶太人の文化的特徴である。彼らにはそれを顕わす「クベッチ」(kvetching)という言葉まである。

アンターマイヤーは、演説の前半部分で「我々が引き込まれた、人道の名において成される聖戦」と述べ、そしてこの主題について延々と展開している。彼は、猶太人を「世界の貴族」と述べ、そして、行動を促している。「ここにいる皆さん、猶太人もそうでない人も、この聖戦にまだ参加していない人は、今ここで参加すべきなのです。」と。そして彼の「聖戦」に参加したがらない猶太人を非難し、「彼らは、民族に対する裏切り者だ」と宣言している。

 

*「見よや十字架の」(讃美歌379番)歌詞

見よや、十字架の 旗高し
君なるイェスは 先立てり
進め、つわもの 進み行き
雄々しく仇(あだ)に 立ち向かえ
Chorus:
勇め、つわもの いざ勇め
十字架の御旗(みはた) 先立てり

 

(次回はユダヤ人迫害の神話についてです)

今日の共産主義 45の目標14

✔14. ロシアに合衆国特許局への利用権を与え続けること。

最恵国の地位は、ロシアと中共両方に合衆国特許局への利用權を提供している。合衆国の情報界は、公表されている内容の中には恐らく合衆国を毀損する物もあることを認めている。例えば1947年から1950年の期間に公表されたMIT 放射線実験室の26巻。これは合衆国の戦時レーダー研究の殆どの結果を世界中に与えた。更にもっと問題なのは、1946年のスミス報告書である。これは原子力研究における袋小路に陥ったり不毛な追求を避けるのに充分な情報を外国の科学者に与えた。ソ連がこの報告書の情報を使って独自の原子力研究計画を立てたと言う確かな証拠がある。[1] 國際貿易協定は、アメリカの技術革新の窃盗を減らす為に働いているが、話が軍事や電子技術の進歩に適用できるアイデアとなると、未だ充分な規制が為されていない。貿易の秘密はWTO の構成国によって保護されているかもしれないが、あらゆる「新世界秩序」型の組織に関して、そのような集団は、合衆国の国益に反して使われる可能性がある価値ある知識を敵対者が得ることを避けられない。

 

[1]  Joseph Becker, Comparative Survey of Soviet and US Access to Published Information, CIA, written in 1994, posted online at www.cia.gov on May 8, 2007.

 

【ブログ主の感想】

 この目標14を読むと、わが日本の体たらくに感想を書く気も失せてしまう気分です。

私は元々、人の為になる技術は出来る事なら独占するべきでないという考え方なのですが、それが、人の國から勝手に商標や製法を盗んでそっくり同じものを(少しだけ劣化して)市場に出したり、イチゴの苗を盗んで逆に日本に輸出したり、或いは、新幹線の技術を自分の國の技術の様な顔をしてよその國に法外な値段で輸出し、その代金を形にその國の権益を奪う試みをするような、そう言う不良で不逞の國がある以上、やはり適切な防御手段を講じなければならないと信じます。

特に軍事技術に関しては、安全保障の問題ですので深刻ですね。

然しすべての基本は、情報組織を持つことそれを最適に運用することこの二つが出発点です。日本の政治家はいつになったら不毛な議論を止めて、自國の國益の為に働き始めるのでしょうか?

こう言っているうちにも東芝やシャープ、そしてソニー、武長の技術はどんどん海外に盗まれ続けていると思うと、本当にやるせない気持ちでいっぱいです。

WTO は既に中共に乗っ取られており、米國WTOルールよりも二国間協議に貿易ルールの基本を乗り換えているように思います。日本も「自由貿易」などと言う幻想にいつまでも囚われていないで、国益に沿った秩序だった、均衡のとれた貿易政策に転換する必要がありますね。全ての国際主義的な協定、WTOもTPPも或いは日中友好も、見直す必要があると強く思う次第です。