世界の猶太人網(ヘンリーフォード著・包荒子解説)22

11. 非猶太人の人間性に関する猶太人の見解

「予は現在および未来に於ける我が行動のプログラムを陳述したる後、諸君にこれ等の学説の根拠を講演しよう」(シオン議定書第十六議定)

「予が今日迄諸君に報告した所の全体に亘って、予は近き将来に於て將に来たらんとする大危機の早瀬に向かって奔流する所の過去及び現在に発生する事件の秘密を詳細に説明し、且つ我が対非猶太人関係及び財政政略の法則の秘結を説述した。」(シオン議定書第二十二議定)

世界計画の縮図

シオンの議定書は猶太人の世界計画の縮図である。議定書は之を分解すると大体四つの主要なる部分に区別することが出来る。併しながら此の主要なる四部分は、文書構成上の区分として表われて居るのではなくして、寧ろ思想上に現われて居るものである。尚この四つの外に総てを包括して居る第五の部分がある、此の第五の部分と称するものに、議定書の全般に亘り一定の言い表し方で此所彼所に散見し得るに過ぎないのであって、四つの主要部分が即ち議定書の骨幹をなし、此の骨幹から無数の枝が分岐して居る。

議定書の骨幹

先ず第一に叙説されてあるのは、人間性についての猶太人の見解である、此の文は以て非猶太人の本質を説いて居るものと見るべきものであるが、非猶太人の人間性の平凡低劣なことについて、実に確乎たる信念を基礎として書いて居る。議定書の如き計画は、凡庸の士の到底なし得べきものではない。

第二に此の議定書に報告して或ることは、本計画実現の爲既に行われたことである。

第三には猶太人がその計画を将来達成するために用いるべき方法が指示されてある、此の方法たるや、人間性を軽視して居るものであって、此の人間性を価値なきものと見做す上に全計画が立脚して居る。

第四には議定書執筆当時未だ達成して居らなかった所の事業について詳述してある。当時なお努力中であった諸事業中、其の後今日迄に達成されたものも多々ある。蓋し世人は1905年より1920年に至る間の日子は、猶太人が種々の影響を利用し、種々の目的を達成するために、十分の余裕があったことを記憶しなければならない。本章の初めに掲げて居る第二項が示して居る様に、議定書の講演者は「大危機の早瀬に向かって奔流する所の事件の秘密」を承知して居たものであって、此の事は議定書以外に猶太人側から十分に証明されて居る所である。

猶太人の見解に誤りなし

吾人は以下人間性に関する猶太人の見解について述べようと思う。吾人は幾多の根拠によって、非猶太人の人間性に関する猶太人の見解を知って居るものであるが、此の猶太人の見解は各種の点に於て、議定書にある判断と合致して居る、即ち議定書は人間性に対して頗る低く評価して居るのである。然るに非猶太人の方にあっては、人間性は全然尊厳なるもの高尚なるものという自己欺瞞に陥って居る。若し世人が此のことを各方面から観察研究したならば、猶太人の方の見解が誤りのないことは殆ど疑いを容れない所であって、此の議定書の見解は人間の自尊心及び自惚心対して甚だ酷であるかも知れないが、併し確かにしんなりと言わねばならない。

今議定書より斯の如き見解の表されて居る数項を摘出する時には、世人は人間の動因及び性質に対するかなり完全なる哲学的理由を見出すことが出来る。例えば第一議定には、

人間の本性は不良なり

「人々の中で、善良なる本性を有するものよりは、不良な本性を有するものの方が多い、従って政治上の良結果は強制と排除とを用いて贏(か)ち得るのであって、大学式の議論で得られるものではない」

「元来人は権力を得ようと努力し、為し得れば執政者となることを望んで居るものである。然しながら其の際自らの幸福を達成する為に、他人の幸福を犠牲にすることを辞せないものは稀でない」

「群衆を支配するに当たってたとい馬鹿げた反対にしろ、それが理解ある人民にとって非常に愉快そうに見える可能性があったならば、いくら尤も至極な理論的な智者が、利巧な訓戒や合議を以てしても、うまく群集を支配することが出来ようか、出来るものではない。群衆及び群衆中の人々は些細な意地、迷信、習慣、因襲及び幼稚な理屈に捉われて、実に賢明なる訓戒に対してさえ全体の一致を妨げる党派的分裂をなすものである。

それであるから群衆の決議は、偶然的のものか或いは予め仕組まれた多数決に依るのであって、政治上の秘密を知らない所から、行政に無政府の胚種を蒔くような愚かな決議を生み出すことになる」

「…群衆の能力は無智盲昧であって、善悪理非の判断力なく、人が右と言えば右、左と言えば左に、其の言うがままに言うことを聴くものであるという呼吸を呑み込んでおく必要がある。」

「何時も吾人は我々に必要な人々と交渉するに当たっては、人心の最も感じ易き心琴即ち計算高き事及び貪欲飽くことなき物質的要求に向かって活動したことに依って、尚一層勝利を容易にした。以上述べた人間の各弱点は、独創性を滅殺し人間の活動を買収者の意志の儘自由にさせるものである」と。

斯の如き人間性に関する深刻なる観察は、第五議定にも現れて居る。

「人民も各個人も、約束が社会に於て実行されて居るかどうか殆ど追及せずに、何時も言葉を実行と思って、表面だけで満足して居る。それであるから吾人は、言葉巧みに世界の進歩に対して、己が恩恵を表す所の外見的機関を設置するであろう」

迂路による

又第十一議定に曰く「非猶太人は山羊の群で、吾人は彼等にとって狼である、だが諸君は狼が羊小屋の中に泥坊に這入る時は羊と一緒に居ることをご存じか?」

「吾々は世界の敵を平定しあらゆる党派を鎮撫した後、取り上げた凡ての自由を返すことを約束するから、彼等は総てに対してなお目を閉じて居る、之を返すのを何時迄彼等が待つべきであろうか、それは言う迄もない」

「吾人は凡てこれ等の政策を考案し、非猶太人に其の真相を観察することが出来ぬようにして、非猶太人に之を鼓吹するのは何のためか、是は吾々分散して居る種族には、正道に依って達成し得ないものを、迂路に依って達成しようというに外ならない」

メーソン秘密結社に対する猶太人の観察

尚世人はメーソン秘密結社は対する抜け目のない観察に注意する必要がある。即ち第十五議定には、此の秘密結社が猶太人の計画を促進する上に於て如何に利用されるものであるかを示して居る。

「通常秘密結社に喜んで入るものは儲け主義の者、大野心家及び一般の人々で其の大部分は軽佻浮薄な人間である、彼等と共に事を為し又彼等を用いて吾人の計画する機関の機械を動かすことは容易なことである」

「若しも此の世界が溷濁(こんだく)するならば、それは世界の頗る大なる団結を破壊する為、之を涸濁させる(にごす)必要が吾人にあったことを意味する。若しも謀叛が起ったならば、その首謀者は我が忠僕中の一人に外ならない、従ってメーソンの活動を指導するものは、吾々以外にはないと言うことは自然的なことである。これは吾々は指導先を知って居る即ち一切の行動の終局の目的を知って居るからである。非猶太人に至っては何事も辨(わきま)えず直接の結果さえ認識し得ない、即ち通常彼等は、その計画が彼等の発案にあるにあらずして、吾々が彼等の思想を誘導したものであることさえ気が付かずして、計画を実行し利己心を一時的に満足することを考えて居る」と。

蓋しメーソン結社員がこれを見たならば定めし興味あることであろう。尚同議定に曰く。

「猶太人がメーソン結社に入るのは好奇心からか、或いはその御蔭で社会的の御馳走にあずかろうという野心からであって、或る者に至っては公衆の面前で、実行不可能な根拠のない空想を言い出す可能を得んが爲である。実に彼等は成功と喝采の感情に飢えて居るのだ。それに対して吾々は、成功と喝采を惜しまずに与えて居る。吾々が彼等を成功させるのは成功から生ずる自惚れを利用する為である。人々は自惚れると他人の説を入れることが出来ず、自己の考えに過誤がないと信じ切って用心しないから、知らず識らずの間に我々の煽動に乗るのである。」

「非猶太人中の最も怜悧なものでも自惚れて居る際には、如何に之を子供扱いにすることが出来るか、又之と同時に、拍手を止めるだけの些細な不成功でも彼等を落胆せしめ其の成功回復の爲奴隷的服従をさせることが如何に容易であるか、諸君には想像がつくまい…吾々は自分の計画を実行するのみで、成功の名などは軽蔑して居るが、非猶太人は単に成功の名を得る為に一切の計画を犠牲にすることを辞せない。彼等の此の心理状態は吾人の彼等に対する問題を軽減した」

以上列挙したことは、猶太人が人間性即ち非猶太人の人間性について、如何に観察判定して居るかという数例に過ぎない。仮令それが明瞭に発表されていないにしても、彼等が如何なる見解を持って居るかということは容易に推論することが出来る。即ち綱領の目的たるや非猶太人の堅実性を破壊し、其の勢力を挫折しようとするものに外ならないのである。

分解法

其の手段とする所は分解法であって、猶太人は一國民を多数の党派や宗派に分裂させるのである。此れが為彼等は先ず社会に向かって最も誘惑的な恰も理想郷的の様な諸思想を散布する、然るときは次の二現象が表われて来る。即ち投ぜられた思想に付着する人々と、此の相異なる思想団体に潜入して之を疎隔反噬(はんぜい[1])させる人々が現れて来るのである。議定書は如何なる方法を以て之を為すべきかを詳細に亘って説明して居る。此の彼らに振りまく思想は一つの思想でなくして、思想相互間には決して一致性を有しない所の多数の思想である。その目的とする所は人々をして種々雑多なる思想を持たせ、各人の間に何等の結合も統一もなからしめるにある。その結果は一般社会の不和を来たし、遂に不測の不安を将来するのである。

斯くして非猶太人社会の団結が破壊された時、一般的混乱に少しの影響をも受けなかった猶太思想の堅き楔は、適確に自己の勢力を振るう様になるのである。抑々良く馴らされた二十人の警官又は兵卒の一隊は、千人より成る烏合の衆よりも有力であることは何人も知る所である。此れと同一の理屈で計画的に熟練された少数者は、不統一なる一國民又は分裂して相構想する世界より遙かに有力である。『分解せよ然る後支配せよ』とは之議定書もモットーとする所である。

 

[1] 《名・ス自》恩義ある人に、それに構わず反抗すること。もと、動物が恩を忘れて、飼い主にかみつくこと。転じて、恩ある人に背きはむかうこと。恩をあだで返すこと。

世界の猶太人網(ヘンリーフォード著・包荒子解説)21

10. シオンの議定書に対する観察

シオンの議定書と猶太思想

今日猶太人の世界的支配の勢力について、その実行能力と言うよりも寧ろその理論に於て世人が多大の興味を有し、最も人口に膾炙(かいしゃ、もてはやされる)して居るものは「シオン賢者の議定書」として知られる、彼の有名なる二十四箇条の文書である。本書は欧州に於て甚大なる注意を喚起し、近くは英國に於て重大なる嵐の如き議論を巻き起こし、英京(首都)ロンドンに於て、英國政府の御用印刷所イアー・アンド・スポッティスウッド(Eyre & Spottiswoode)の出版する所となった。然し米國に於ては此れに関する議論は大いに制限され、ある程度まで闡明されたに過ぎずして、その調査は司法省の手に行われた。

本書はその原文を全部改変せずして、その一部の改変に依って、此の書がユダヤ人の著作であるという証拠を除却しようとすれば、出来ないこともない。然しながら従来史上に其の例を見ない程広範囲に亘る世界征服と言う綱領の主眼点は如何にしても抹殺することの出来ない所である。そして又猶太人の思想を暗示する様な点を悉く除去するに於ては、本書は最早現在の形を失うの矛盾に陥るのである。議定書内に表われて居る主要論旨は、あらゆる人類の秩序及び國家権力を覆滅し、以て無制限の支配権力を有する一つの新世界権力を建設しようとするにあるのである。斯の如き計画は、完全に國家権力を専用する支配階級より生ずべきものでなくして、寧ろ無政府主義より生ずべきものである。然しながら無政府主義者と雖も其の求める究極の状態は絶対的寡頭政治ではないと宣言している有様である。されば此の議定書の著者は、ちょうど彼のフランス革命当時にオルレアン公を首領とする仏國顛覆党の一員の如き人物とも想像されるのであるが、それは単に想像であって、斯様な革命家たちは最早現存して居る筈のものではない。然しながら事実に於て、議定書内に宣言されて居る綱領計画は着々進捗しつつあって、啻に(ただに)仏國に於てのみならず、全英國に於ても尚全欧州に於ても又合衆國全部に於ても着々実行を見つつあるのである。

議定書の著者は猶太人であるということは、その全体の関係より推して炳乎たる事実である。-若し此の議定書が虚構のものであるとするならば、その時は此の著者は世人が一目して反猶太主義の目的のものであると感付く程明瞭に而も猶太人の作らしく見せかけるに多大の骨折りを為した事であろう。議定書中には「猶太人」という言葉は僅かに二回使用して居るのみである。人若し此の書に対して深甚なる注意を払って研究するならば、其の世界的専制政治を確立しようとする目的を看取し得ると共に、又如何なる民族の著作であるかということは自ら察知し得られるのである。

議定書立案の目的と非猶太人

抑々がいけ帰悪は何人に対して立案されたかということは、議定書の全文を通じて、菅ら疑問の余地なき程明瞭に記されて居る。即ち此の計画は貴族政治を抑圧しようとするものでもなければ、資本を圧迫するものでもなく、又政府当局を敵手とするものでもない。蓋し本文中には貴族資本及び政府に対する処置は、別に一定の計画として存在するからであって、全計画の敵手とする所は、該書に屡々使用されて居る所の所謂「非猶太人」と称せられて居る世界各國民である。凡そ該書中にある破壊的「自由」の規定なるものは、大部分民衆の力を利用することを目的として居るものであって、しかも之を利用すると同時に民衆を頽廃せしめ、精神を惑乱し、斯くて彼等を意志なき道具たらしめようと謀って居るものばかりである。此の書に述べて曰句「自由」の性質を帯びる諸運動は之を扇動して一層活発ならしめるを要し、宗教、経済生活、政策及び家庭生活に対しては、破壊的教義を不知不識の間に傳播培養し、以て人類の共同団体を覆滅するに資し、斯くて後最後の計画に着手し、人民が此の哲学の謬見を感知したときは、既にその型に入りある如くしなければならない」と。

議定書に用いられている文句の言廻しは「吾人猶太人は斯のことを為す」と言う式ではなくして「非猶太人は此のことを考え又は為すに至るべし」と言う式である。議定書中僅少の箇所を除く外悉く此の「非猶太人」なる言葉が、民族を差別する意味で使用されて居る。例えば第一議定書中に最初斯様な意味に使ってある。

「各國民の性質たる公明と正大は、政治上に於ては我々が強敵を帝位より引きおろす為に最良にして忠実なるものである。蓋し此の性質は非猶太諸帝國の特質であるが、吾人は断じて之に指導されてはならぬ」

「吾人は自然的世襲の貴族の廃墟の上に我が党の金力ある智的貴族を頭首に据えたが、此の新貴族の価値は、吾人に関係の深い富と我が聖賢によって進歩しつつある所の科学に依って定めたものである」

更に第六議定に曰く、

「吾人は労働賃金の値上をする、然し賃金の値上は労働者に少しの利益をも齎さない。何故ならば之と同時に吾人は、如何にも農業及び畜産業の衰退の原因からの様な口実の下に、生活必需品を騰貴させるからである。

加之(しかのみならず)吾人は労働者を無政府主義と飲酒とに馴致し、之と共に地上から非猶太人智識階級のあらゆる勢力を駆逐する手段を講じ、以て巧妙深刻に産業の根底を顛覆しよう」と。(若し反猶太主義の捏造家ありとすれば、恐らく斯かることを最近五か年間に著述し得たことであろう。然るに此の文章は少なくとも十数年前に印刷されたものである。即ち1906年以来英國の博物館に存在する謄本が之を証明して居る。尚露國に於ては夫れよりも更に数年前配布されて居ったのである)同じく第六議定に曰く、

「吾人は事の真相が中途で、非猶太人に発見されぬように、表面如何にも労働階級の爲と、経済の大原則との爲に盡力するかの如き主義を取って真相を隠そう。此の経済の大原則と言うのは、我が党の経済的学説が盛んに宣伝している所のものである」
以上述べた所は議定書の大体結構を例示したに過ぎないが、常に「吾人」なる言葉を以て非猶太人に対して居る、此のことは第十五議定に明瞭に表われて居る、即ち曰く

「非猶太人の純粋な動物的智能は解剖と観察力に欠けて居る、加之(しかのみならず)問題の主なる組立がどう傾くかということを預察することが出来ない。吾々を非猶太人の此の思索的才能と比較して見れば非猶太人の天性たる獣的才能と違った我が人格と神選の印章とを明瞭に見ることが出来る。

彼等は見ることは見るが、先が見えないし又発明と言うことが出来ない(単に物質的発明に過ぎない)此れから見ても天然自身が世界を識指揮支配することを吾人に任命したということが明らかである」

と、以上非猶太人なる言葉は古代より、猶太人が人類を差別する為に用いた所の常套語であったのである。即ち彼等の見解を以てすれば、人類は単に猶太人と「非猶太人」とより成るものであって、即ち猶太人にあらざるものは是れ「ゴイ(豚の意味)」-非猶太人なりと言うのである。

「猶太人」という言葉の使用は第八議定に明らかにされて居ると見てよかろう、第八議定に曰く、

「我が國家の責任ある地位を、我が兄弟即ち猶太人に委ねないでも危険のないうちは、その経歴と性質とが人民とかけ離れた人物に委任して置く、それで此の人物と言うのは、若しも吾人の命令に従わなかった場合には、流刑になるか、或いは牢屋に入らねばならない脛に疵持つ人間であるから、最後まで吾人の利益を擁護することになる」

サンフランシスコ議会

斯の如く非猶太人を正面に立たせて置いて、猶太人支配の真状を掩蔽する習慣は、現今財界の大範囲に亘って慣用されて居る彼等の手段である。右の如き議定書が出来て以来、米國に於ては如何なる進捗を見るに至ったか、此のことはサン・フランシスコの議会の経過が説明して居る、即ち同地に於てはブランダイスと言う猶太判事が大統領候補者として挙げられた。之で見ると米國に於ける一般の輿論が、日と共に猶太人を最高官職に就任せしめても一向差支えないものである、という様に移りつつありと十分論定することが出来るのである。実際に於ては之は猶太人達が及ぼした影響の単なる現れに過ぎない。今日米國大統領職の各重要機関中、其所に猶太人が密に活動していないということは殆どないのである。今猶太人は其の勢力を伸暢する為に、敢て大統領の椅子を贏(か)ち得るという必要はないが、唯議定書中に規定されて居る諸計画と相平行する或る事柄を促進する為に必要として居るのである。

議定書は法律書の如し

議定書を読む人は何人も感ずる所であるが、議定書中一ヶ所として勧告的語調が存在して居ない。元来此の議定書は宣伝に資する為に作られたものでないから、之を読ませる人々の野心や活動を刺戟し鼓舞することに毫も努力して居ないのである。議定書の冷静なることも恰も法律書の如く、純然として実際的なること統計表の如しであって、「起て同胞よ」などと言う慷慨的(怒り嘆く)文句もなければ又「非猶太人を倒せ」などと言うヒステリックな叫びもない。そして又議定書を見れば、此の書は決して血気にはやる扇動者の爲に作られたものでなくして、寧ろ注意周到に準備し、試練を経たる高級の老練家の爲に作られたものであることが会得されるのである。

今日議定書は1897年スイスのバーゼルに於けるシオン会議の際の口演を筆記したものであることは殆ど確定的の事実であるが、其の内容を観察する時には、綱領は口演を行った際新たに準備したものではない、寧ろ宗教上の遺言めいた論調が多分にあって、恰も特に信頼するに足り且つ神聖なる人々が歴代相伝えたかの如き観がある。従って其の内には新発見又は新たなる熱心の調子を見ずして、其の反対に長く知られた事実の確実と静隠及び長く経験を重ねた政策の安定を見出すのである。其の他議定書の中に少なくとも二回議定書の年齢を窺わしむる様な箇所がある。其の一は第一議定の次の文句である。

「猶お古き時代に於て人民の中に自由・平等・博愛なる言葉を叫んだのは吾々が抑々最初のものである、それ以来此の言葉は、到る處から此の誘惑に向かって飛んで来た所の無自覚の鸚鵡に依って常に繰り返された。実に彼等は此の誘惑と共に、群衆の圧迫より個人を保護する所の個人の真の自由と平和の健全とを奪い去ってしまったのである。如何にも怜悧らしく見える智識階級の非猶太人は、此の言葉を抽象的に判断することが出来ず、又此の言葉の意味の矛盾と調和とを発見し得ない。又天然に平等なく、天然夫れ自身が智能、性質、才能の不平等を成し立てて居って、天然自然の法則に服従すべきものであることを知らない、又彼等群衆は即ち盲目である…」

と。其の二は第十三議定中の文句であって即ち

「元来政治問題は既に数世紀間の指導者たるその創設者の外何人にも解るものではない」と。

彼の猶太民族の某階級内に類題相継いで繁栄する秘密のサンヘドリンに右のことが関係がないと見得るであろうか?

議定書は狂人の作か

又議定書を見て明らかに感じられるのは、之を説くもの自身が少しも名誉を要求しなかったものであることと、全文を通して個人的野心と言うものが全然ない点である。凡ての計画、目的及び期待は唯一の目標「イスラエルの将来」に向かって居る。そして此の将来は唯非猶太人の主要なる思想を破壊することによってのみ達成し得るものとして居る。議定書は其の作製された時代に既に何が為され終わったか、今何が為されつつあるか、尚為すべきことは何が残って居るか、ということについて述べて居る。凡そ各部の細部に亘って完全を極めて居ること、規模広大而も適切なること、人間行為の内的根源を深刻に握かんで居ること、これ等の点に於ては未だ嘗て他に其の比を見ざる所である。実に此の議定書は人生の秘密を巧みに会得する点に於て、又卓越性を十分に自覚することに於て真に恐るべきものである、蓋し猶太人が近時「議定書は震感する狂人の作なり」と称するも決して不当と思われない程である。若し議定書内に記された文句にして、其の行為及び傾向に於て現在生活と明らかに沒交渉であるとしたならば、震感する狂人の作なりと称するも首肯するの外ないであろう、然れども事実は如何ともすることが出来ない。

又議定書が非猶太人に対して下している批判は至極正当である。殊に非猶太人の精神上の素質及び感化力に関し述べて居る文章は一つとして反駁し得ない程尤もである。

今迄此処彼処に思想家が起って、所謂科学なるものは決して真の科学ではない、又保守的たると急進的なるとを問わず所謂経済的法則なるものは、決して法則にあらずして寧ろ人為的の発明なり、と言って居るのは確かなことである。又時に慧眼なる観察者が主張して現時逸楽放縦の風頗る甚だしいが、之は世人の内的要求に基づくものではなくして、実は計画的に漸次に人間に押し付けられ刺激されて遂に弊風となったものであると言って居る。又或る少数の者は、「輿論」と称せられるものの過半は、買収された賛意及び人為の作業にして決して実際の正大なる精神状態を封称とするものではない、と認めて居る。即ち上述の如く此所彼所にて疑問の糸の一端がほぐされたが、世人は此の糸をたぐり其の根源に遡って研究しようとはしなかった。然しながら今や実に諸國民が此の迷宮を探るべき大切なる時機である。

世界の猶太人網(ヘンリーフォード著・包荒子解説)20

二つの先入主

モニター紙は偏見のないよう注意すると共に、証明の法則を蔑視しない様に戒めて居る。併しながら困難なことは、偏見は証明に対する蔑視よりも事実に対する蔑視より発生する方が多く、偏見の大部分は事実に反抗して存在して居るものであって、事実によって偏見が生ずるものではない。若し世人が此の問題を巨細に研究しようと欲するならば、二つの先入主に対して警戒しなければならない。其の一つは若し猶太人の世界支配綱領なるものが存在するとすればその起源は極く最近のもので、非猶太人達は恐らく先週か又は先年にでも立案されたものであるかの如く考えることである。斯様な偏見は絶対にあってはらない、猶太人の事件に於て殊に然りである。若し此の綱領が今日に於て立案されるに於ては如何に吾人の想像する所のものと異なるかは容易に察知し得る所である。実際近代の綱領なるものも同じく存在して居る、併しながらこれはその範囲に於て將又(はたまた)深さに於て、既に久しい以前より存在して居るものと比較にならない程の差異がある。肉眼で認めることの出来ない猶太政府の完全なる憲法は、秘密会議などで創作したものではない、数世紀に亘る経験と思想の集積である。加之(しかのみならず、それだけではなく)近代人が如何に斯かる計画を蔑視する傾向が甚だしくあってもこれら計画が既に数世紀に亘り、秘密の民族的理想として存在して居るという事柄は、此れを容認しなければならない有力なる議論である。猶太人は神の選民であって、その将来は過去よりも更に光輝あるべきものであるという信念は、猶太人全体に深く植え付けられて居る思想である。キリスト教國の一部の者も、このことを認めて居る、此の希望は或いは眞實かも知れない、併しながら現代の道義的の世界の秩序内に於ては、従来猶太人の採って来た方法を以てしては、決して之を達することは出来ないのである。

今茲に此の神の選民の思想の最高年数を考えるということは寧ろ不可能である。何となれば此の思想の完全なる歴史的実現を招来しようとする爲、此の思想を中心として生じた各種の計画の中、イスラエルの賢人等が成功を保証しようとして心血を注いだことは頗る古いものであるからである。斯の如き計画が存在して居るということは、世界の秘事(ひじ)を研究した多くの人々の信ずる所であって、又此の計画が世界と言う桧舞台上に於ける最後の上演の爲の準備として小舞台上に彼等が予習経験をしたということも、一部の人々の奪うことの出来ない堅き信念である。

茲に於て猶太綱領については、古き猶太人の伝統として伝えられたものであるからして現今の猶太人及び著名なるインターナショナル主義者は、本来毫も責任のないものであるとも言うことが出来る。そして若し此れが近世的作物であり、現代に於て急遽立案され編纂されたものとすれば、このものはその作られたと同様に、速やかに消滅するものであると吾人は期待して差し支えないと思う。

今一つ注意しなければならない先入主は、凡そ逢う限りの猶太人が悉く此の計画を知って居ると臆断することである。イスラエル人が、最後の勝利を得るという一般観念については、猶太民族と触接して居る各猶太人は皆持って居る所であるが、此の戦勝を得るために幾世紀の間に構成された特殊の計画については、普通の猶太人は承知して居ないのである。それはちょうど普通ドイツ人が世界戦を勃発せしめた所の汎ドイツ党の秘密計画を知らないと同様であって、普通猶太人は特別の必要な場合の外秘密団体の計画には干与して居ない。勿論猶太人と言う猶太人が、猶太人の勝利を不快と思う筈のないことは言うまでもないことである。そして猶太人が非猶太人に対して使用した手段が、幾分暴力的であっても、猶太人は之を以て酷に過ぎたとは思わない、彼等は数世紀の長き間非猶太人からヤコブの子孫が受けた饗応に対しては、非猶太人の骨をしゃぶっても飽き足らないのだと堅く信じて居るのである。

猶太人の金力と地位の獲得

以上の偏見的先入主から免れた後に於ても、世人は次の様な結論に到達するのが通常である。即ち若し現在斯の如き猶太人の世界支配綱領が存在して居るならば、斯かる綱領は多数の個人の力強き後援に依って存在するものでなければならないし、又これら個人の団体は何處かに公的の首領を有して居らねばならないものであると、思うに研究家の大多数は、此の点に到達して最早結論を得たものと考えるであろう。猶太人中に一人の世界支配者が存在して居るという様な考えは、通常本問題と関係を持って居ない人々にとっては、頗る珍妙に思われることかも知れないが、併しながら元来猶太民族は本能的に専制政治下に甘んずる民族であって、能く之を支持し且つ之を尊重することは到底他民族の遠く及ぶ所ではない。権勢ある地位の価値と言うことに対する彼等の観念は、以て直ぐに彼等のあらゆる活動の特異なる経過を説明するに足るものである。現今に至る迄猶太人は金を儲けることに専念する民族であるが、其の第一の理由は、彼等にとって金力は総ての地位を獲得し得る唯一の方法であったからであって、金力以外の方法を以て優越なる地位を獲得した猶太人は実に寥寥として数えるほどしかない。斯の如く論じたからと言って、これは決して反猶太的言論ではない。かの有名な英国の混血猶太人なる医師バーナード・フォン・オーフェン(Barnard von Oven)博士も同様の説をなして居る。その説に曰く、

「社会上卓越した地位を得るためのあらゆる手段は、猶太人に対して悉く拒絶である。唯彼は富に依ってのみ立たねばならない、若し富が社会上の位置、尊敬及び注意を保証するものであるならば(彼等猶太人は之を承知して居る)彼等が富に依って社会的地位を購(あがな)うため、富を獲ようと努力するに、何で猶太人を責めることが出来ようか、寧ろ金神の祭壇の前に唯々として叩頭(こうとう)する社会の方が罪があるのではなかろうか」と。

猶太王と追放者の候

又猶太人は決して帝王を嫌うものではない、否唯猶太人が國王たるを得ない所の國家組織の現状に反対して居るものである。「未来の世界独裁君主はダヴィドの王位に座する猶太王であろう」と言うことについては総ての預言と世界支配綱領の説は一致して居る所である。

扨て斯の如き帝王は、現在此の世界にあるであろうか?今ないとしても兎に角一人の王を選び得るべき人々は存在して居る。既にキリスト紀元前から、猶太人の王なるものは事実上一人もなかったが、凡そ第十一世紀迄は「エキザイル(Exile)の侯」と言うものはあった。之は散在する猶太人を支配する首長の称である。これ等の侯は今日もなお往時の如くエキザイラーチス(Exilarchs)即ち「追放者の侯」と称せられて居る筈である。此の侯は朝廷を有し、その随従者中には彼のイスラエルの賢人が居って之を護り、その人民に対しては法律を発布した。彼等は其の時代と其の時の状態に応じて適宜にキリスト教國又は回教徒國に居住したものである。此の官庁が最後に人に知られて居る有名なエキザイラーチス(Exilarchs)の没落と共に断絶したものであるか、或いは単に歴史の表面から姿を消しただけであるか、或いは又全然消滅したものか、それとも他の形式を取って今日尚存在して居るものであるかは世上一般に疑問として居る所である。併しながら兎に角猶太人の世界管轄を処理する官庁が存在して居るということ、換言すれば猶太民族自身の頗る強大なる世界的組織があるということは著名な事実であると共に、積極消極両方面の猶太人の確然たる活躍上に全世界を掩う統一が支配して居るということも亦著名なことである。現在に於てエキザイラーチスの存在と言うことは、猶太人の状態及び思想に於いて決して不合理と思われない、亦実に此の如き思想は、猶太人に取り、真に一大慰安でなければならないのである。

「猶太百科辞典」の註に曰く、「不思議にも追放者の侯」はアシュケナジム(Ashkenazim)宗儀の安息命中に述べられて居る…セファラディック(Sephardic)宗儀の猶太人は此の伝統的施設を保持しなかったし、又第十九世紀の改革派猶太教会の大部分に於ても斯の如きことはなかった」と。

猶太議会サンヘドリン

然らば猶太のサンヘドリン(古代猶太議会の称)なるものは、今日もなお存在して居るであろうか? サンヘドリンとは猶太人の協議支配に任ずる団体であって、全世界に亘り猶太民族の事件を監督する最高機関である。此の猶太のサンヘドリンは極めて興味ある施設である。其の起源及び其の実質内容は模糊として不明であるが、此の機関は議長を含み七十一名の議員より成立し、政治上元老院の作用を為したものであった。そしてサンヘドリンが何處からその政治権力を得たかと言うことはどうしても分からない。サンヘドリンは決して選挙の団体ではなく、又デモクラティックのものでもなく、それかといって代表機関の資格を具えて居るものでもなかった。従って國民に対して責任を負うものではない、其の性質について全然純猶太式のものであった。サンヘドリンは王侯又は僧侶から選挙され、其の目的とする所は國民の利益の保全ではなくして、寧ろ支配者を援(たす)けて統治を行うにあった。又サンヘドリンは固定的に常設され又は召集に依って習合した。ちょうどこの施設は専制政治の様なもので、國民の政治上の発展には何等の顧慮する所もなく、唯貴族が自己の権力を保持するためにあるかの如き観があった。「猶太百科辞典」には「サンヘドリンはその性格上アリストクラシー(貴族政治)であって、其の議員は貴族及び僧侶の有力なる家庭の出であるからして、従って其の尊厳も自ら偉大なるものがあった様である」と記されてある。

この団体は、之に類似の他の第二の団体に依って支持されている、此の第二の団体と言うのは國民の宗教関係の事柄を統轄する団体であって、其の議員は一般民衆と近き交渉ある階級から選ばれた。

又此のサンヘドリンは、啻に(ただに)パレスチナの猶太人に対してその支配権を行使したばかりではない、尚世界到る所に散在して居る猶太人に対しても、その権勢を及ぼしたものである。それで元老院として直接政治権を持って居った此の猶太議会は、紀元70年猶太國の没落と共に閉鎖終息したが、それでも第四世紀に至る迄は、議政機関として其の余喘(よぜん)を保って居たことは事実である。

ナポレオンの猶太議会サンヘドリン召集

彼のナポレオンが、猶太人に関する諸問題を答申させるために、1806年に名士会議を招集したことがあった。此の会議の議員は有名なフランスの猶太人達であったが、彼等はナポレオンに対する会議の答申案を、全猶太人に承認させるため更にサンヘドリンを招集した。此のサンヘドリンは1807年2月9日パリに於て開会され、古代の儀式に則って行われたが、欧州各部の猶太人を包含し、以てフランスの猶太人とナポレオンとの契約に対し、猶太人全体の要求であるという完全な権能を付与したのである。

1807年のサンヘドリンは、あらゆる点に於て古代のサンヘドリンと同一のものであった、そして回答公布の後宣言して曰く「サンヘドリンはイスラエルの安寧幸福を促進するため、法律を通過する権能を有する適法の議会なり」と。

猶太議会の現存

以上の事実の意味する所は次の如くである、即ちイスラエルの政策及び憲法を維持する為に、今日の猶太人の首領等が為して居る所は、決して新しい方向をとって居るものでもなければ、又新たな態度を取って居るのでもない。新しい計画と見るべき実証は一つもない。サンヘドリンが今日なお存して居るとしてもこれは猶太人の団結性に徴して寧ろ当然なことである。古代のサンヘドリンは議員中最も声望の優れた者十人を以て会長として居った様であるが、今日に於ては其の國により其の目的に応じて、猶太人の首領等が各委員会を組織して、集団して居るのも、当然のことで毫も怪しむに足らない所である

世界猶太人の会合

年々各國に居る有力なる猶太人は、世界的会合を催している、此の会合には所謂招集によって集合するのであるが、一度召集令あるや何事も顧みることなく直ぐに之に応ずるのである。そして之に集まるものは各國の最高法院にある高級の裁判官、世界的財政家、非猶太人側よりも謹聴尊敬される「自由系」の猶太人演説家、世界の各派代表の政治運動家等であって彼等の欲する所に集合し、その議題は各人の望む所に従い慎重審議するのである。此の会議に参加するもの悉くが最高圏内の議員である訳ではない、代表者一覧表は幾十人の名前を挙げて居るが、読者はブランダイス判事[1]、レディング卿[2]の名は自ら連想するであろう。若し近世サンヘドリンが催されるとすれば、それは最も自然なことであって其の議員は猶太人の金権、宗教及び権勢家の是認する人々の圏内に於て組織されるのは必然のことである。

 

猶太世界政府

猶太世界政府の機関は何時でも運転可能の状態にある。それで彼等は最良の宗教、最善の道徳、最良の教育、最良の社会標準、最良の統治的理想を持って居るものは猶太人であると堅く信じて居る。従って猶太人は、猶太人が以て最良と思惟する範囲より抜け出る必要を認めて居ない、彼等は複利増進の爲何事をか為そうとする時、又は外界に対する計画を実行しようとする時、自ら信ずる所を行うを以て最善と信ずるものである。

猶太人の活動は、世界には其の一部が露われるに過ぎないが、彼等の全活動を為すに当たっては常に此の古い期間を使用して居る。それで現在猶太人の財政、政治、智的方面の主なる首領が時々会合を催す、この会合に当っては、予め其の目的が告知されるのであるが、時には目的の告知をしないで世界の首都にこの種の集会が行われることも屡々ある。

今の所此の各方面に於て公認されて居る一首領の有無については未だ明瞭ではない。併しながら所謂「外交政策」の存在、即ち非猶太人に対する一定の意見及び実行計画の存在については殆ど疑いを入れない所である。猶太人は悉く敵の真中に居ると意識して居る、之と同時に彼等は一民族の一員であることを堅く自覚して居る。従って外界に対して一つの政策を有することは必然のことであって、彼等は自己周囲の状態に絶えず注意し、彼等が将来の発展について自己の意志に副う(そう)如く顧慮して居るのである。

猶太人の目に見えない政府、非猶太人に対する態度、猶太人将来の政策という様なものをちょっと見ると、到底吾人には考え得ないものの様であるが決してそうではない、之を猶太人特有の状態から観る時は、悉く当然のことばかりである。猶太人の世界に存在するや、其の眠りを満足にしようとして動揺って居るようなものではない、自ら進んで将来の出来事に対応する如く計画組織をなし、その出来事をして自己民族の利益を成形せしめようとして居るのである。従って猶太民族が、サンヘドリン即ち各國の指導的猶太人の世界的団体エキシラーヘン、将来の世界専制政治の秘密の先駆者たるサンヘドリンの目に見えない公然のしゅちゅ及び世界計画を有することは、ちょうど各政府が各外交政策を持って居ると同様のことであって、決して不合理なことでもなく又怪しむべき想像でもない。斯かる期間は猶太民族の一般の状態よりの当然の帰結として生まれ出でたものである。サンヘドリンは常に貴族政治であった、今日に於ても恐らくそうであろう。従って猶太宣教師が吾等は斯様なことについて少しも知るものではないと、その説教壇から説明するのも或いは眞實を言うのかも知れない(?)、インターナショナル猶太人が依って以て頼みとする所は、恐らく各猶太人が自己の民族をして、権力と令名の位置に達せしめようという考えを持って居る点であろう。普通一般の猶太人の指導者たちが世界綱領について知る所極めて浅薄であっても而も彼等は世界計画を実行すべき人々に対しては、最大の尊敬と信頼とを払って随喜して居るものである。

之に関して「シオン聖賢集会の議定書」の第二十四議定には次の如く述べられて居る。

ダヴィド王家

ダヴィド王統の根を地球の最下層迄も扶植する方法を述べよう…この扶植法は第一番に我が聖賢が、今日迄一切の世界的事件と全人類の思想養成とを指導し来った所の隠然たる力の中に存する」

ダヴィド王家の数人が王及び王の嗣子等を準備する…」
と若し此のことが信ずるに足るものとしたならば、以上は世界支配者其のものが未だ出現しないことを意味すると共に、尚此のダヴィドの系統のものが、シオンの聖賢に世界支配者の出現に対する準備事業を委任して居ることを意味するものであって、これら権者達は、啻(ただ)に此の準備ばかりでなく、尚此の計画に好都合なる方向に人類の思想を形造るに努力し来ったものである。そして此の綱領そのものは秘匿し得るとするも、その実行及び実行の効果と言うものはどうしても露(あら)われずには済まないものである。故に外界に於て綱領を発見する端緒を見出すことは必ずしも不可能ではない、若し世人が糸口を発見して之を手繰って行ったならば、其処には必ず綱領が見いだされるべく、綱領の内容の人類に関する善悪は、軈て(やがて)察知されるに至る訳である。

 

[1] ルイス・デンビッツ・ブランダイスは、アメリカの法律家。ハーバード大学ロー・スクール教授。合衆国最高裁判所判事。(猶太人初の米最高裁判事)(Wikiより)

[2]初代レディング侯爵ルーファス・ダニエル・アイザックスは、イギリスの政治家、法曹、貴族。法曹として活躍した後、庶民院議員に当選して政界入りし、インド総督(在職1921年-1925年)や外務大臣(在職1931年)を務めた。1914年にレディング男爵、1916年にレディング子爵、1917年にレディング伯爵、1926年にレディング侯爵に叙された。(Wikiより)

世界の猶太人網(ヘンリーフォード著・包荒子解説)19

9. 猶太人の世界支配の歴史的基礎

『吾人は一民族 -一國民なり…若し吾人にして下落すれば革命的無産者となり革命派の下士官たらん。若し吾人にして向上すれば吾人の有する金と言う恐るべき権力も亦向上せん』(テオドル・ヘルツル著「猶太人の國家」五頁、二三頁)

「猶太人」なる言葉の発言の自由

猶太問題及び猶太人の世界的支配綱領に関する言論は、従来米國に於て大いに束縛されて居ったが、本論文の発表されるに及んで初めて解放されるに至り、今日に於ては何等の恐怖も何等の遠慮もなく「猶太人」なる語を極めて真摯に発言し得る様になった。今日迄「猶太人」なる語の使用は、猶太人論客自身の特殊の権利であるかの如く思惟され、加羅等は専ら用意周到而も有利なる宣伝にのみ此の語を使用したものである。彼等はシェイクスピアの作物は猶太人を攻撃したものであるという理由の下に、公立諸学校よりシェイクスピアを排除することも可能であった。又彼等はサージェント(Sargent)の絵画は、猶太教会の没落を描いたものだという理由で、ボストンの図書館から之が撤去を要求することも亦為し得た所であった。然しながら若し非猶太人側から猶太人に関して自覚した様なことを意味することが発表されると、直ぐ様それは偏見であるという非難が八釜しく唱えられるのである。

今此れに対する米國に於ける非猶太人の反抗的実例を挙げて見よう。

或る宴会の席上一辯士が猶太人銀行業者の業務に関する演説をした際「猶太人」なる語を使用したことがある。此の時に客なる一猶太人はすくっと立ち上がって曰く「一体君は一人種を左様な言葉で区別することをアメリカ式だと考えて居るのか」と、辯士は敢然として「然り」答えたので、此の辯士の答えに同意する聴衆は拍手喝采したことがある。此の地方の商人等は、年久しく猶太人と称してはならぬという一種の不文律を守らされて居たものであったが、會々(たまたま)一辯士の思い切った発言によって、大いに留飲を下げたわけである。

シカゴ・トリビューン(Chicago Tribune) 紙は第一面の第一欄中に猶太人の世界支配綱領を公表し、其の表題の「猶太人」なる語を特に肉太に印刷し、且つ此の論文内に此の「猶太人」なる語を他の言葉に代えること其の儘使用した。斯様なことが新聞経営上良作であると同紙が考えようとは、一年前までは何人も予想し得なかった所である。従来新聞等が斯の如き題材に遭遇し「インターナショナル猶太人」なる語が論文中に表われた際には、何時も「財政家」なる言葉に訂正して用いたものである。

シカゴ・トリビューン紙の社説

斯様な訳でシカゴ・トリビューン紙は、1920年6月19日第一面の第一欄に、同新聞紙の特派通信員ジョン・クレイトン(John Clayton)の電報通信を次の様な表題の下に掲載したのであった。「トロツキーは猶太過激派を率い、世界支配権を獲得す、過激主義とは斯の如き企図に対する彼等の一手段にすぎず」と、此の論説の第一節は次の様に書かれてあった。

過激主義と世界革命運動

「最近に禍年間に協商側の各種秘密勤務員及び諜報将校は、此の二つの運動を種々混同して居ったが、近来此の二運動の区別は益々明瞭となり始めた。

曩(さき)にその一端を述べたるが如く、我が米國の諜報勤務も亦之に関して相当顧慮して居るのであるが、政府に対する猶太人の勢力強大なる爲之に関する調査研究は、他の事件の如く十分徹底し得なかったことは想像に難くない所である。吾人はこれ以上の公言は為し得ざるも吾人が猶太人側より得た所に依れば、一時合衆國の司法当局は熱心に此の問題の調査を開始したということである。」

前節の最も着目すべき点は、協商國官側憲により斯かる興味ある事実が二箇年間阻止されたことを示して居ることであって、此の事実は今まで斯の如き事柄は全部ドイツの煽動に因るものなり、と主張する人々の大いに銘記すべきことである。アメリカの思想界に猶太問題が現出するや、猶太人側は直ぐに「これ方(まさ)にドイツの輸入品である、今や反セムの思想はドイツ全土に漲り、新ドイツより勝ち誇れる猶太革命派を一掃したる今日、此の反セムの思潮は、ドイツの敗因を猶太人に転嫁しようとする一奸策に過ぎない」と主張して之に対峙したのである。又アメリカの猶太教宣教師は現今声を揃えて説いて曰く「歴史が証明する如く凡そ大なる戦争の後には、必ず猶太人に対する攻撃が更に行われたものであると。勿論近時の大戦争と言う大戦争の結果は、インターナショナル猶太人の金権と言うものが、如何に戦争実行に作用するものであるかということを諸國民に痛切に感ぜしめて居る。されば斯の如き事実は最早単に偏見と一笑し去る訳には行かない、更に首肯し得る説明を必要とするのである。その他トリビューン紙上の論説が示して居る様に、又総ての事実が証明して居る如くに、猶太問題の関係は決してドイツ國のみに限って居るものではない、又ドイツでは決して最高潮に達しては居ない。此のことについて最も活動したのは正に協商側の各種秘密諸機関である。

ボリシェヴィズムと世界支配権獲得運動との区別

次にトリビューン紙の論文の第二節に於ては、ボリシェヴィズムと猶太人の世界支配権獲得運動との区別を明らかにして居る。

「ボリシェヴィスムの目標とする所は、現存社会の破壊転覆であって、労働者の国際的同胞主義を世界の支配者たらしめんとするにある。第二の運動は新たなる民族を以て新しき支配階級たらしめるにある。英國仏國及び米國の各政府の調査が発見し得た所によれば斯かる第二段の計画の指導的人物は、猶太人の極左傾者と言うことである」此の論説中には更に次の如き断定がある。

共産主義者仲間には右の第二の党の一団も這入って居る、併し第二の党の一団が一個の党として存在して居るのではない。これ等首領にとっては共産主義と言うことが何にも主目的ではなく、そんなことはどうでもいい、唯目的を達さえすればよいのである」と。此の事は彼のカナダジューイッシュ・クロニクル(Jewish Chronicle)が曩に(さきに)報道した所のロード・カステース・パーシ(Lord Custace Perch)卿の意見を世人に想起せしむるものがある、即ちその意見に曰く「猶太人が急進的世界観に拘泥して居るからでもなく又非猶太人のナショナリズム又は非猶太人のデモクラシーに共鳴して之に協同しようとの希望を持って居るからでもない、唯現今の非猶太人の政治組織と言うものを、猶太人が悉く嫌悪して居るからである」

論説中には更に述べて曰く

「彼等の期する所は回教徒の反乱、中欧諸國の英國に対する憎悪、日本のインドに対する企図及び日米両國間の商業上の反目を利用しようとして、常に虎視眈々たるものである」
「世界的革命の各種運動の孰れ(いずれ)もが然るが如く、此の運動も亦主として反アングロサクソン的運動である」
「猶太人の急進的世界運動は殆ど各地に於て其の組織完成するに至った」
「此の猶太過激派運動は、豪末も愛他的考えから出発して居るものではない、単に彼等自己民族の解放を目的とする利己主義の外何物でもないのである」
と、シカゴ・トリビューン紙の論説は以上の如くである。

これ実に驚愕すべき事実であるということを、世人は承認するであろう。若し斯の如き事実が、責任ある著者の筆にならず、単に宣伝者のビラ様のものに印刷されて居ったとすれば、どうであろうか、恐らく一般読者は、これ等の事実を以て単に荒唐無稽の説として放棄し敢て顧みないかもしれない。換言すれば一般読者は自己の生活内に進入し、自己の運命を形成して居る秘密の力を知って居ないのである。併しながらこれが一大新聞紙上に掲せられて居る以上、此の事実は確かに右と異なった印象を世人に与えるのである。トリビューン紙とても亦此の事実を等閑に付せず、1920年6月21日には更に之を「世界的の不幸」と題する社説に依って掲載した。此の社説の目的は第一次の論説を萬一誤解する様なものがあれば、之に対して其の誤解を解こうとするにあった様である。曰く
「本運動中に包蔵する猶太人の心意は、新に民族支配を獲得しようとするものである」とトリビューン紙はさらに付言して曰く

「一方英米以外の國々の猶太人達が、概して自然的の理由からこの世界的不幸に協力しているに反し、英國及び合衆國の猶太人達は、善良なる愛國者にして且つ國民精神の支持者である」と。

若し是が事実とすれば、誠に結構なことである。但し千人の猶太人中十人に対しては、個人として此の言は適当であろう。然し各國諸政府を操縦し、彼の六か年に亘る悲劇的時期の間、ある種の態度を以て、世界的事務に従事して居った所のインターナショナルの分子に対しては、斯の言は決して至当ではない。これ等のインターナショナルの分子が、如何なる態度をとって居ったかということについては、軈て(やがて)明瞭にしなければならない問題である。

世界支配権建設運動の結果

今茲に猶太人の世界支配権建設運動が、非猶太人及び猶太人両者に及ぼした結果の反対性と類似性とを考究するも強ち(あながち)無益なことでもあるまい。猶太論者は斯の如き結果を最初一概に否定して曰く「総てこれ虚構である総て間違いである、総ては猶太の敵が扇動したものであって、憎悪と惨虐行為とに油を注がんとたくらんだものである」と、然れども実証が逐次集積するに従い、これら論者の主張は漸次に変化するに至った。即ち「よし、兎に角彼等の主張を眞實だとするも、哀れなる虐げられた猶太人、苦悩の爲殆ど狂せんばかりになった猶太人が彼等の敵を屠り(ほふり)之を征服し、自ら國家権力の首位を占めようとするに何の不思議があろうか」と唱えるに至った。

現存する事実に直面する時、非猶太人側は恐らく次の様に言うであろう「勿論のことである、併しこれは露国の猶太人だ。我々には毫も関係はない、アメリカの猶太人は誠に幸福である。彼等は一度も斯の如きものに魅せられたことはない」と。非猶太人にして今一歩深刻に事情に通じたならば、必ずや一種の世界的破壊運動及び米國を震動した一勢力の存在して居ることを認め、且つ此の運動の指導者は実に革命的猶太人であることを、承認せざるを得ないであろう、そして更に一歩を進める時は、此の運動がその起源、煽動、実行及び目的に於て、明らかに猶太人式のものであると断ずるか、若しくはこの運動は疑いもなく「一つの世界運動」であって、唯猶太人式のものであるという理論に到達するかの二つであろう。結局猶太人及び非猶太人が共に認める所は上記の運動に伴う或る物が、実際存在して居るということである。一例を挙げればクリスチャン・サイエンス・モニター(Christian Science Monitor) 紙は、一つの標準新聞としてその主張は何人も疑わざる所であるが、該紙は本問題に関する社説に述べて曰く「若し猶太禍なるものは存在するものでないと結論するが如きことあらば、これ誠に不幸なる誤りと謂わねばならない。猶太禍に他の名称を付すならば、世人は猶太禍を旧約聖書より選んで「夜の恐怖」とも称するを得よう、何となれば意識してか無意識でか知らないが兎に角、ニルス教授が所謂讃美歌作者の精神的悪魔の力と称するものと同一の概念を有して居るからである。換言すれば秘密のインターナショナル政治組織が存在するということは、苟もこの標準紙を読んだものに取って疑いのないことである。そして此の組織は絶えず心理的事務室を介して仕事を為して居って、人は当然目醒めるべきなのに尚且つ深き眠りに横たわって居る」と。

世界の猶太人網(ヘンリーフォード著・包荒子解説)18

シオンの議定書の出現

それは兎に角として、1920年6月25日のアメリカン・ヘブリウ(American Hebrew)と言う新聞に、ヘルマン・ベルンスタインは、次の様な記事を掲げて居る。

約一年前のことである、司法省の一代表が予にニルス(Nilus)教授の著述になる「猶太禍」と言う論文の草稿の写しを提示して、此れに関する予の意見を求めたことがある。此の代表者が予に言うには、この草稿は1905年に刊行された露書の翻訳である。尤もこの露書は後になって絶版となった。この草案は思うに「シオン賢者の議定書」を内容とするものらしく、且つ世人が想像して居る如く、バーゼルで開かれたシオニスト会議の秘密会の席上でテオドル・ヘルツル博士が朗読したものらしい。と尚此の代表者は自己の意見として次の様なことを述べた、『多分この書はヘルツル博士の著作だろう…と。尚此の代表者は次のことを言った、アメリカの上院議員は此の草案を見て斯の如く以前より猶太人達が密計を凝らし今や其の実行期に入って居り、且つ又ボリシェヴィズムも実は数年前より猶太人が計画した所であって、これによって世界を破壊しようと努めた所のものであることを知って驚愕し且つ頗る興味あることとした』

と茲に以上の記事を引用したのは単に次の事実を述べる為である。即ち合衆國司法省の一官吏が、この書物をベルンスタイン氏に示し、且つ此の書物の著者はテオドル・ヘルツルであろうと推定して居る、と言ったこと及び1905年の公表と1920年の現象との間に一つの連鎖があることをアメリカ上院議員が観て非常に注意を喚起した、ということの二つの事実を記さんが爲である。

扨て此の代表者が属している政府は、今日猶太人の掌中にありとも言い得る政府で、少なくとも猶太人の勢力下にあるものである。故に斯の如き政府の一官吏が、本事件に関係したということだけでも本事件は注目を要するものである。而も此の官吏の行為が予に知れ亘るや否や、その調査は直ぐに中止を命じられたことは顕著な事実である。併したとい如何なる命令が与えられたにせよ、この事件の調査は勿論中止されるべきものではなかった。

英國シオンの議定書

然れども本事件に関しては米國政府は比較的遅く、他の四強國は合衆國よりも数年早かった。議定書の写書は大英博物館に陳列され、目下「1906年8月1日」と言う此の博物館の印が捺されて居る。そして該書自身の有する日付は勿論1896年となって居るか、或いは上述のヘルツル博士の宣言の年となって居る筈で、シオニスト会議の第一回会議は1897年に行われたものである。

この書の原文は最近英政府の指定印刷者たるエイア・アンド・スポティスウッド(Eyre & Spottiswoode)に掲載され、その表題は、頗る貧弱なものであったにも拘らず多大の注目を引いた。従って此のことは宛も(あたかも)英國で政府印刷局がこの書を発行したかの如き観を呈した。茲に於て猶太系新聞の慣例的叫びは喧々轟々たるものであったが、之に対しロンドンタイムスは其の評論中に、猶太紙の攻撃を論じて「不満足なものであると」断乎として宣言した。

タイムス紙[1]は断言して曰く、猶太人の反駁者は議定書の原文を隠匿し、該書は匿名者の執筆なりと強辯するであろうと。又彼等猶太人が原書の内容に関して論じたことは例の猶太式一定型の論法で「此の書は犯罪者か又は気狂いの作物なり」と言うのであった。

議定書とその価値

此の議定書には著者の名前はない、そして大部分は草稿の形で断片的に此所彼処(ここかしこ)が現われて居り、此の議定書の背後に潜むと想像される権威者の保証もない。そして諸政府の秘密局で周密に研究され、高官の間を回覧されたものである。此の議定書は今日も生命を存して居る、そして此の内容が有する確信的力によって、此の書は影響と言う点に於ても、亦印象力と言う点に於ても、益々増大しつつあるのである。彼等は著者を犯罪人又は気狂いと言うが、それにしては驚くべき力のある著述と謂わねばならない。此の書が眞物であるという唯一の証拠は、原書の内容に含まれて居る所であって、而も此の内的証明力こそは、タイムス紙も論じて居る如く、一般の注意を引いた所以であり、尚又猶太人が全力を挙げてこの世人の注意を他に転向させようと努力する所以である。

猶太人は組織或る世界制度を持って居るであろうか、其の政綱とは如何なるもので、其の実行はどうであろう? 此の質問に対する答えは議定書には充分に記されて居る。たといこの著作が何人にせよ、兎に角著者は人間性と言うものに対する智識、歴史及び政治に関する学識を持って居り、而もその智識たるや頗る該博であって行くとして可ならざる所ないもの(何をしても十分効果が上がるもの)であるからして、頗る驚嘆に値するものである。従って此の智識が指向されるところの人にとっては実に恐ろしいものである。若し唯一人の人が此の書を著述したとしたならば此の著作者は決して気狂いでもなければ、又犯罪者でもない、否寧ろ民族と信仰とに対する愛情燃えるが如き人であると考えられるのだ。若し此の書が虚構であるとするならば余りに恐ろしき現実であり、単なる思想的作物であるというのには余りに其の基礎が鞏固であり又偽造としては余りに深刻に人生の秘密の源泉を穿ち過ぎて居る。

これに対する猶太人の辯解は、就中此の書が露國で出来たものであるということを根拠にして居る。併しこれは誤りで、唯此の書は露國を経由したというに過ぎない。即ち此の書はニルス教授が1905年に出版した或る露書中に含まれて居ったものであって、同教授は常時露國に於いて発生しつつあった事件に鑑みて、此の議定書を説明しようと試みたものである。この露國に於ける翻訳出版が遇々(たまたま)本書に露國的色彩を与えたものであって、この事実が又英國及び米國の猶太人論客等が宣伝の爲乗ずる所となり利用するに好都合となったのである。何となれば猶太人の宣伝は露國及び露國人と言うものに関して、アングロサクソン人種特有の考え方及び感情を利用して一定の観念を抱かしめることに成功したからである。凡そ世界に於て猶太宣伝者等に依ってアメリカ國民に対して押し付けられた最大の偽物は、真の露國民の性格及び精神に関して虚偽を伝えたことであろう、従って議定書が露國に於て作成されたものであるという捏造説其のものが、既に議定書をして信ずるに足らぬものであると一般に思わしめる次第である。

議定書は其の内的結構から見ても、議定書の著作が、一露人ではないこと及び最初発行されたのは、露語でもなく又ロシア情勢の影響下に著わされたものでもないことは明らかである。唯々議定書が露國に伝えられ、其所で初めて世に公にされたというに過ぎない。而も此の議定書は草稿の形式の儘で、世界の各所に於て外交官から発見されたものである。尤も猶太人の勢力が盛んな所では、彼等に依って議定書の公表は抑止され、時には至上の刑罰を以て之に臨んだこともあったのである。

抑々議定書が、何時迄も立ち消えにならないで存在することは注意に値する所である。猶太人の論客はこれを説明して、議定書は反セム思想を増大し且つ此の目的の為保存されているというが、併しながら合衆國にはそんな深刻な反セム思潮が存在したことはなかったのである。合衆國内に於て議定書が云々される所以は、即ち議定書なるものは先に観察した事実を一層鮮明にし且つ一層深き驚くべき意義を付与するからであって、其の結果は敢て世人の信用を博して居らなかった所の此の書に重大性を加味することとなったのである。凡そ単純な虚構は其の生命長きを得ないもので、その勢力は直に消滅するものである。然るに議定書の生存力は、従来其の比を見ざるほど長く且つ最高度を維持しつつ而も世人をして前例なきほど真剣の態度をとらしめて居る。

若し此の議定書が仮令ばテオドル・ヘルツル著とでもなって居たならば、斯程に興味深く且つ貴重なものとはならなかったろう。著者の名のないということは、決して著書其の物の価値を減少するものではない、ちょうど名画は画伯の署名がなくってもその価値を少しも低下しないと同様である。従って此の議定書が何處で著述されたか分からないことが結局好いのである。何となれば若し正確に1896年フランスに於て、又はスイスに於てインターナショナル猶太人の一団が相会合して、世界征服の政綱を立案したものであるという様なことが正確に分って居たとすれば、其の時は斯の如き計画は単に妄想に過ぎないことになるが、併し此の議定書は無署名であるが爲に、実際に於ても然るが如くこれを実行する努力によって意味あるものとなり又力強きものとなるのである。今日議定書が正しく世界政綱であることについては何等疑いの余地がない、これが何人の世界政綱であるかは議定書其のものの中に書き示されて居る。若し外面的確実の度に関して言うならば如何なる実証を以てもっとも有価値のものとなすべきであろうか、一人の書名か六人の署名か又は二十人の署名か -それとも亦二十五か年に亙る該計画実現の努力の連鎖を以て一つの有力なる実証となすべきであろうか?

議定書が非猶太人諸國家に対して尤も関係ある点は、猶太人が称する所謂「犯罪人又は気狂い」が著述したという其の著者の何人であるかという点ではない。此の政綱作製後に於て其の政綱の重要なる細部に亙って具体化されつつある方法手段を人々は目の当たり見るという点に存するのである。そして又議定書其のものは比較的重要ではなく、注意を惹いて居る凡ての条件凡ての状態が頗る重要なのである。

 

[1] 原文はタイロムス紙となって居る

世界の猶太人網(ヘンリーフォード著・包荒子解説)17

破壊思想の資金

現今猶太人の思想を代表する爲ではなくして、非猶太人の思想を左右すべき唯一の目的の爲に派遣されて居る少数の代表宣伝家以外には、何人と雖も到る処社会的及び経済的に破壊作用を営む分子が、猶太人の関係者によって指導されており、且つ資金を貢がれていることを敢て否定するものはあるまい。斯様な事実は可成り長い間、世人の耳目に触れずに済んで居ったものである。その理由は猶太人が極力否定したことと、今一つは世人に対して実情を明らかにすべき新聞情報機関の捜索が不十分であったためである。けれども今や事実は明白である。ヘルツル曰く「若し吾々が下落する時、吾人は革命的プロレタリアとなり、革命党の下士官となる者である」と、蓋し至言であって、此れは今より二十数年前即ち1896年に英語で始めて公表された言葉である。

猶太人の二運動

扨て現今に於いて斯の運動は、二つの方向に向かって働いて居る、即ち其の一つは全世界中にある非猶太人の國家を悉く破壊しようとするもの、第二にはパレスチナに猶太國を建設しようとするものこの二つの方向である。後者の計画は全世界にとって最善の希望であるが併し凡ての猶太人の最善の希望ではない、少なくとも大多数の猶太人の希望ではないのである。シオニストの連中は無論声を大にして之を叫んでは居るが、要するに之は代表的ならざる少数者であって、彼等は寧ろ野心漫々たる植民運動の連中であると見做すべきものである。然しながらシオニズム運動に対して大いに留意観察しなければならぬことは、此の運動は単に一つの植民運動と言うだけでなくして、此の運動の裏面に於て秘密の諸計画を実現しようとするものであることである。換言すれば公衆の注意をシオニズムの表面に集めて背後を見ない様に屏風を立てて居るものである。世界の政治的権力及び金権の支配者である所のインターナショナルの猶太人は、之に依って時と所とを論ぜず平戦の区別なく何時でも会合し得るものである。彼らはパレスタインを猶太人の爲に開かんが爲に手段方法を考究するのだと宣言し、斯の宣言によって世人の疑惑を免れつつ、密に何等か他の仕事を計画して居るのである。大戦中彼らは斯の如くして非猶太人國民の敵味方より何等妨害を受けることなく習合一致したのであった。既に1903年に行われたシオニスト第六回会議に於て最近の世界大戦は預言され、その推移と結果が告げられ、尚猶太人が平和会議に於て取るべき態度さえ大体に於て決定されて居ったのであった。

猶太國の建設とパレスチナの移民

此のことは何を意味するか、勿論猶太人のナショナリズムと言うものは存在して居る、併しながら猶太人が現在要求して居る計画と言うものが、単にパレスチナに猶太國を建設するというだけに止まって居ないことを明らかに意味して居るものであるのだ。猶太人は現今に於ては決してパレスチナに移住しようなどと言うことは考えて居ない。又シオニスト運動の爲にも、そんなことは望んで居ない。夫れ故若しも彼らが非猶太人國民からの離脱と言うことが行われたとしても、それは決して右の様な訳合(わけあい)から行われたのではなく、必ずや全く他の原因に因るものと見なければならない。

ドナルト・エ・カメロン(Donald aCameron)と言う人は、最近アレキサンドリア英國総領事の職にあった人で、此の人はシオニズムに対する非常な同情者で、猶太新聞にも屡々所論を発表したことのある人である。此の人の言に『猶太人の(パレスチナへの)移住民は三パーセントの利を得んが爲、互いに洗い合うことに依って、間もなく倦怠を感ずるにいたるであろう、そして猶太人の子弟達は汽車又は汽船に乗って十パーセントを利するため埃及(エジプト)に走るであろう…猶太人にして独立してパレスチナに生活するものは同族相食むの結果となり、軈て(やがて)は自己の國家を破壊するであろう』と。勿論未だ脱離の時機 -少なくともそれに対する原因は -到達しては居らない。

猶太政府の存在如何

現今少なくも仏、英、米が問題にして居る猶太問題の政治的方面は、猶太國民の現在の組織の問題と離れるべからざる関係にあるものである。猶太國民は遂にパレスチナに居を占めて一國家を有する迄待たねばならないものだろうか、或いは猶太人は今日既に一個の組織ある國家を為して居るものであろうか、猶太人は一体此のことを承知して居るだろうか、猶太人は非猶太人に対して外交政策を持って居るのか、又猶太人は斯様な外交政策を遂行する政府を持って居るであろうか、若し斯様な國家が存在するとすれば、斯様な國家は目に見えるものなると否とを問わず元首を持って居るであろうか、この元首は國務院を有って居るか、若し斯様な何等かの機関があるとすれば何人か之を知って居るものがあろうか。

猶太人の自覚的結合

右の各質問に対して目に見えない秘密な公共団体に教養されたこともなく、又これに遭遇した経験もない感情的な猶太人は、直ぐに否と答えるに相違ない。

併しながら以上の質問に対し、何人にも之を理解し得る様に解説する必要がある。今若しも此の世界に猶太人の自覚的結合なるものが毫も存在して居ないと仮定するならば、其の時は猶太人の成熟した政権及び彼等が採用する政策の一致は、彼等が等しく包蔵する同一方法の活動の単なる結果と見なければならない。果たして然らば吾人は、恰も英國についても同様に、英國海上の冒険を好むが故に之を駆って海上に勇飛せしめたと言い得るが、元来英人は海外に渡るということについては熟慮計画の結果やった訳ではなく、又植民的國民になろうと明らかに決心したものでもない、英人天賦の資が自然的に彼等を駆って海に赴かしめ植民的國民たらしめたに過ぎない。併し斯の説明だけで英國の世界的國家ということに対しる十分なる解説とすることが出来ない。

此れと同様に現に猶太人が住んで居る所へ猶太人を駆ったのは、猶太人の内的素質であることは明らかである、又吾々の面前に於て卓抜する事業を営ませたのも猶太人の内的素質に因るのであるが、猶これだけでは各國内に現住する猶太人間に存在する緊密なる連繋を説明したということが出来ないし、又世界的競争者たる猶太人ということ、及び彼らが猶太人以外の人類に対して粉砕的暴威を振るう異常事件を前以て驚くばかりによく知って居ること、並びに彼らの周密なる準備、即ち彼らが好機に乗じ疾風迅雷的に世界綱領を以てパリの講和会議に臨み、萬國をしてこれに同意せしめたその準備等の十分なる説明と見ることが出来ない。

之が為、吾人は先ず猶太人が他の諸民族と明瞭に異なって居る民族であるということ、而も彼らは或る目的の爲には通常自己の國民性を容易に放棄する民族であるということ、竝に彼らが事実上一國家を形成して居り、國民的自覚心を持って居るばかりでなく、共通の防衛共通の目的に対して自覚的に結合して居るものであるということを知らねばならない。此のことに気付いたのは最初諸政府中極僅少で二三政府の秘密局に過ぎなかったが、後には次第に識者が之を察知し、遂には國民の大部分もこれを推察する様になった。今吾人はテオドル・ヘルツルが猶太人という言葉の観念を規定するに方り(あたり)「共同の敵に因りて集結させられた民族」と定義したことを想起し、次に此の共同の敵とは非猶太人の世界なることを考えねばならない。自ら國民なりと自覚して居る此の猶太民族が、事実組織なくして個々別々に存在するということは、猶太人の狡猾性に照らしても受取り難いことである。世人若し合衆國内に於ける猶太人が、各種の組織を作って相結合し、而もその組織は何人も疑念を挿み得ぬ程巧妙であって、而も之を如何に確乎たる実行手段に依って保持して居るかということを洞察するときには、何人と雖も猶太人の住む限りの各國内に於ても、同様之を為し得べく又為されて居るということを結論し得るのである。

世界の猶太人網(ヘンリーフォード著・包荒子解説)16

8. 猶太世界征服綱領の存在如何

猶太人の反駁

反猶太的気分に対する猶太人の反駁と言う反駁書の中には、何れにも三つの原因が挙げられて居る、即ち宗派的の偏見、経済的の嫉妬及び社会的の反感の三つであって、而も此の原因なるものは三つより多く挙げられて居ることはない。併し非猶太人は何人も猶太人に対する斯様な宗派的偏見が非猶太人側に存在して居るとは思って居ない。猶太人は果たしてこのことを知って居るであろうか。兎に角猶太人が挙げて居る宗派的偏見なるものは、寧ろ猶太人自身の方に存在して居るものであって、非猶太人には毫も存在して居ないのである。次に経済的の嫉妬ということであるが、之は或いは実際に存在して居るかもしれない、少なくとも猶太人が各方面に於て成功して居る結果非猶太人の鋭い注目の焦点となって居るから、この状態を称して経済的の嫉妬と言えば言えないこともなかろう。それで猶太人中一部のものは説を為して非猶太人の注意を他に転向せしめんと努めて居る者もある。これ等の人々は「財界に於ては猶太人は決して重きをなして居ない」と斯う説いて居る、併し此の説は猶太民族の爲を思い大いに忠義ぶったものであって、決して事実を物語って居るものではない。事実世界の財界は猶太人の権力下に立って居るのであって財界は猶太人の意の儘に又計画通りに動いて居るのである、即ち猶太人支配権が決裁した財界のことは、吾人の守らねばならない法律とも見做し得る程の有様である。けれども一民族が財界に重きをなして居るからと言って、直ちに非猶太人が偏見と言う柵の前に此の民族を持ち出すのだという訳には行かない、それだけでは理由がまだまだ不十分である。若し猶太民族にして吾人非猶太人よりも賢明有能で忍耐力に富み且つ勤勉であり、そして又我々非猶太人が彼等より低級愚鈍で、到底彼等の有する様な能力を持って居ないとしたならば、それこそ復讐的に此の民族を恨むということは以ての外の心得違いと言わねばならない。兎に角経済的の嫉妬の幾らかは反猶太的気分に胚胎して居ると言えば言えないこともないが、併しそれでは現存する猶太問題の説明としては十分でない、況や猶太人が財界の覇を握るに至った隠れたる原因が、此の全問題の重要なる一部分を占めて居るに於て殊に然りである。又単に社会的の反感と言うことについて論じて見るならば、世界には嫌な猶太人の数よりも寧ろ嫌な非猶太人の方が多い、此れは非猶太人の数の方が何といっても猶太人より遙かに多いからである。

猶太人の忠節

今日如何なる猶太人反駁家も、猶太問題の政治的原因を述べて居るものは一人も居ない。若しあっても愈々之に触れようとする時には必ず本問題を制限し局限するのが常である。抑々世界各國に於て然り。独逸、波蘭ポーランド)、露國、羅馬尼亜(ルーマニア)に於て然り、驚くべきことには合衆国に於ても亦然りである。彼等猶太人がその居住する國に対して負うべき責務を果たして居るということを示さんが爲に、幾多の書籍は出版され、各種の報道は公表され又幾多の巧妙なる統計も作られて居る。併しながら斯かる熱心且つ隠密なる試みあるに拘らず、事実に於て此れを偽りなりとする反対の見解はさらに強く且つ依然として存在して居る。無論猶太人中には「自由の軍隊」に服して其の本分を盡した者も相当にある、無論これは正当なる愛國心及び献身的至誠より出たことであろう、併しながら如何せん彼等の中には其の本分を盡さない者が数多(あまた)あって、これ等の猶太人が将校下士卒及び一般人士に与えた悪印象は到底抹殺することの出来ない程大なるものであった。

猶太人は世界を対照とす

然れども右は猶太の忠不忠の問題であって、猶太人問題中の政治的要素としてのものではない、猶太人が一國家を形成して居る國民の様に、愛國的精神を持たないと責めるのは些か酷である。抑々猶太人の歴史は、各國民間を放浪の歴史である、現にちょっと現代の猶太人を観察しただけでも、猶太人程遍く世界各國民間に介在して居る民族は他にはない。世界遍歴者たる彼等は他の何れの國民よりも明瞭に世界なる観念の所有者である。蓋し世界至る処実に彼等の経路であったからである。従って彼等の考えは常に世界と言うものを対照として居る、一國家を形成し國民的区分を有する他の諸國民には到底斯かる考え方はなし得ない所である。されば猶太人が各々其の本國民同様に國民精神及び國粋感を持って居ないと言って責めるのは、寧ろ無理と言わねばならない。実に彼らは数千年以来の世界民(國民に対して言う)であって、如何なる國旗の下に於ても其の國の居住民として其の要求される処に従うけれども、奈何(いかん)せん彼等の対國旗觀は、一國旗のみを有する國民が有すると別種な或る見方をして居るのである。

猶太問題の政治的要素

抑々猶太問題の政治的要素は猶太人が他の諸國民内にあって、別に一國民を形成して居るという事実内に存在するのであるが、若干の猶太人論客は此のことを否定して居る、殊にアメリカに於て然りである、併し面白いことには猶太人自身の天才は斯かる辯護者の筋違いの議論を常に誤りなり偽りなりと一蹴し去って居る有様である。然らば何故に斯様な國民性と言う事実が斯くも頑固に猶太論客に否定されるのがと言うに、それは明らかでない、けれども若し猶太人にして彼等の世界的伝道なる使命は、到底金力と言う手段では達成し得ないものであるということを覚りさえすれば、其の時こそは猶太人の世界民と言うこと及び猶太人の避け難き國民的集結性が、却って人間の統一を図る上に於て強固にして有効なる一因子となるであろうと思う、併し遺憾ながら猶太人の現時の傾向は、大いに之と趣を異にし、寧ろ人類の統一を大いに阻害して居るのである。猶太人が各國民内に於ける一國民であるという事実に対して世界が異議を唱えて居るのではなく、斯かる状態が永続することに依る弊害に対して世界は面白く思って居ないのである。由来猶太人を包容同化して一國民となさんと試みた國民も多々あった、猶太人自身も亦自ら進んで斯様な目的の下に努力したことも度々あった、併しながら猶太人と言う者は一種特別の國民性を永久に持って居なければならない運命を持って居るものらしい、猶太人と雖も亦爾余(それ以外)の人類と雖も此の事実を承認せざるを得ないのである。猶太人は此の事実を以て多幸なる預言の通りと考えて居るのであろう、然らば此の預言を現実化する手段方法を求むべきである。

ヘルツルの信念

猶太人中の偉大なる一人なるテオドル・ヘルツルは、猶太人の特性を哲学的に説明したる近代の最も達識且つ公知の代表的人物とも言うべき人である。彼は猶太國民が現に存在して居ることを常に信じ、嘗てこれに些かの疑念をも挿んだことがなかった。否彼は単に信じて居たというよりも寧ろ猶太國民の存在を、あらゆる機会を捉えて世に発表したのである。彼曰く「吾人は一個の人種 -一個の國民なり」と。又彼は明らかに意識して彼が唱える猶太問題なるものは政治的性質を帯びる問題なることを認めて居った。彼は「猶太人の國家」と言う書物を著わし、その序論に於て次の様に述べて居る。

『私は私がアンチセミティズムと言う極めて複雑なる運動の理解者なることを信じて居る。私はアンチセミティズムを猶太人の立場より観察するものであるとはいえ、豪末の恐怖も憎悪をも交えて観察して居るのではない。抑々此のアンチセミティズムの中には低級なる運動、凡庸なる商業的嫉妬、伝統的偏見、宗教上の偏狭性、表面的の正常防衛という様なことに於て、如何なる分子が含有されて居るか、と言えることを私は能く察知して居るものであると自ら信ずるものである。猶太問題なるものは時には社会問題の形となりて表われ、又時には宗教問題の形をとって現われる。併し私は猶太問題は社会問題でもなければ又決して宗教問題でもないと固く信ずるものである。猶太問題は國民的問題であって、國民的問題は世界の政治問題となる時に於てのみ解決され得るべきものである。そして世界の政治問題は方に(まさに)地球上の文明諸國民が協力して討究調停せねばならないものである』と。

尚ヘルツルは「猶太人は一國民を形成して居る」と声明して居る。已(のみ)ならず彼は英帝國に於ける1902年8月の外人移住委員会席上に於てエヴァンスゴルドン少佐の質問に答えて次の様に反問をさえして居る。

『私は茲に國民と言う概念に対する私の定義を下してみよう、そうすれば貴下は「猶太の」という形容詞を付加するかもしれない、私の考えでは、一國民とは明らかに認知し得る凝集力を有する人々より成る歴史的の集団を指すものであって、此の集団は共通の敵によりて集団となったものである。故に予は猶太人を一つの國民と見做して居る。貴下が若し之に「猶太の」と言う語を付加するならば其の時こそは貴下が私の「猶太の國民」なる語の定義を体得したと言い得るのである』と。

猶太人の猶太人以外に対する作用

又ヘルツル博士は、猶太人の猶太人以外の人類に対する作用と言う叙述の中に次の様に述べて居る。

『吾々が下落する時、我々は革命的無産者となり、革命党の下士官となるのである。吾人が向上する時、其の時には金と言う恐るべき力も亦大いに向上する』と。

ジューイッシュクロニクル紙の所論

右の様な意見は、猶太人の思考中に最も長く存在した意見であった。此の点に於てこの説はちょっと真理のようにも思われるのである。そして此の説を代表するものに現時ロード・カステース・パーチ(Lord Custace Perch)あり、此の説を公表するものにカナダのジューイッシュ・クロニクル(Jewish Chronicle)紙がある、同紙の所論は此の説に同意を表して居る様である。今此の所説を注意して一読するのは決して徒爾(とじ、無益・無駄)でないと信ずる、曰く。

シオニズムとボリシェヴィズム

リベラリズムナショナリズムとは皷(つづみ)を打ってゲットー(猶太人街)の門を開き、猶太人達に國民としての平等権を付与した、猶太人は出で来たって西半球に入り、その力とその輝きとを見、これを利用し且つ享楽した。そしてその手を西洋文明の神経中枢に当て、此れを導き之を支配し又之を開発した -そして後その提議を拒絶した…加えるに--そして此のことは注目に値することである -ナショナリズムリベラリズムの欧州科学的統治と民主的同権の欧州は、往時の圧迫排斥の時代よりもはるかに彼猶太人に対しては寛宥(寛容)であった、…然し西洋各國民の統一が日と共に鞏固となるに従って、最早無制限絶對の寛宥を期待することは不可能となるに至った…猶太人が此の完全に組織的であり、そして領域画然たる國家制度の諸國内にあって彼等が安んずべき隠れ道は、唯二つあるのみとなった。即ち猶太人が國民的國家組織の支柱を倒すか、或いは彼自らの領土を有する國家を創造するかの二途のみとなったのである。畢竟(ひっきょう)猶太人のボリシェヴィズムと言い又シオニズムとも言うも、此れが説明は実に此の二点の間に存在するのである。蓋し東方猶太人達が不安定に此の両途間を動揺して居るのもこれが爲である』と。
又曰く。

社会主義者及び過激主義者たる理由

『東ヨーロッパに於てはボリシェヴィズムとシオニズムとは相俟って発達する様な有様であったがちょうどそれと同様に猶太勢力は、第十九世紀を通じて共和思想と社会主義思想とを融合し、その後十年を出でずして青年トルコ党の革命が、行われるに至ったのである。即ち此の原因たるや、猶太人が急進世界観と言う積極的方面に努力して居るからでもなく、又猶太人が非猶太人のナショナリズム又はデモクラシーの参与者たらんという希望を持って居るからでもない、凡そ現存の非猶太人の支配組織は悉く彼猶太人に取って厭うべきものであるからであって、理由は実に此の点に存するのである』と。

如上の(上記の)説は誠に真理を喝破して居るものであって、大胆なる猶太人思想家は常に右の説の真なるを承認して居る。猶太人は非猶太人が作った事々物々に対して悉く反対するものである。猶太人をして彼等の欲するところを為さしめたならば、彼等は帝國に対しては共和主義者となり、共和國に於ては社会主義者となり、社会主義に対しては過激主義者となるものである

破壊的行為の原因と独裁

斯様な猶太人の破壊的行為に対する原因とは抑々何であろうか?

第一の原因は猶太人がデモクラシー思想を豪末も有して居ないということである。抑々デモクラシーは猶太人以外の人類にとって結構なことであるが、猶太人は其の性質が独裁的である、彼等は何處に居っても必ず何らかの専制政治の形式を採るものである。されば猶太人の煽動家がデモクラシーを標榜宣伝しても、その真意は決してデモクラシーではなく、単に猶太人が一般水平線より下方に圧迫されて居る所に於て、水平線迄向上する為便宜使用する口実に過ぎないのである。

そして猶太人が此の水平線に到達すると、直ぐに特別な優先権を獲得しようと努める、而も其の有様はちょうど、特権を獲ることが彼らにとって当然のことででもあるかのようであって、これに対する驚くべき適例は平和会議が即ちそれである、実に世界平和会議に於て猶太人のみが特別且つ非常なる特権を有したものであった。けれども他日斯の如き猶太人の特権は更に増大することであろうと思う。