ナチスの経済政策(1935年当時の調査)14

第三節 ナチスの政府編成の予算内容

 財政政策はドイツにとって宿命的問題だとシュンペーターが云ったことは、国民革命と称して登場して来たナチス政府にとっても妥当し、彼等の革命なるものも何ら事態の変化を示すものではなかった。

1933年~1934年度の最初の三月の予算は、組閣匇々(そうそう:直後のあわただしいさま)の故を以て前年度のそれを踏襲した編成とされたのであるが、これは革命的事業を行う政府のそれとして著しく不満足なものであった。即ち1933~34年の予算は55億6,690万マルクにして、前年度の57億3,510万マルクに比して約1億7,000万マルクの減額を示している。そしてこの中税収入によって支辨される額は51億5,400万マルクにして、税収入は前年度の49億9,300万マルクに比して約1億6,100万マルクの増加を示している。この税収入の増加は労働振興政策に伴う効果を予想して見積もられたものなることは言うまでもない。

予算編成の第二年度たる1934年~35年のそれはドイツの所謂再軍備実行の必至的形成の下に編成された。これに依れば歳入出総額64億5,800万マルクを以て均衡を得しめて居り、前年度の55億6,690万マルクに比して、約5億9,100万マルクの膨張を示した。

この増加には勿論組閣当初に行われた膨大なる労働振興費の事前負担が年度経過と共に支出増を促したことも原因をなしているは云うを俟たない。が然しその最大の原因は対外強硬政策等に基づく軍事費の膨張にあることは否めない事実である。

即ち同年度予算における直接的国防費の内容は次の如くである。

陸軍費 6億5,800万マルク

海軍費 2億3,600万マルク

航空費 2億1,000万マルク(内民間航空補助1億2,000万マルク)

これを前年度のそれに比して、陸軍費1億7,500万マルク、海軍費5,000万マルク、航空費1億3,200万マルクそれぞれ増加し、その合計3億5,700万マルクに上る。これに対し社会政策費は前年の11億7,000万マルクに対し、10億1,000万マルクと約1億の減少を示している。即ちナチス政府はその第一次予算編成に際しては、前年度に比して約1億7,000万マルクを減じたるも、第二次予算編成年度に於ては俄然軍事費中心の膨張予算を編成している。

しかも以上の如き歳出の増加に関して、ナチス政府は特に労働振興費の爲の歳出増については将来の一般経済界の景気回復に伴う租税の自然増加によってカバーし得ると期待している。従ってこの間に於て専ら減税政策を行い、例えば第一次の失業減少法に依る各種の固定資本の更新に対する所得税、会社税を免じ、或いはかの第二次失業減少法に依り農業地租の低減、農業における取引税の軽減や新設省住宅、小独立家居に対する免税、更には又1933年4月の新規購入自動車の租税免除等を為せるにも拘らず、増税としては僅かに結構奨励課金の如きものを実施したに過ぎず。この額も1933~34年に於いて1,200万マルクに過ぎない。次に又所謂国民的労働促進に対する献金があるが、これは任意的献金としてその金額をば所得税の査定よりこれを控除し、或いは脱税金の追徴金に充当する等の方法に当てているがこれらの金額は少額たるのみでなく永続性も期待されて居ない。

これに依って見るにドイツの財政には将来の負担を増加する多額の確定的内容を有するに拘らず、その収入の確実性はかかって労働振興政策に伴う景気の好転に存するものの如くである。ナチス政府はこれが為に後述する如き一般的税制改革によって、租税行政費の節約を計り全般的廃減税を行う反面、その増収を予想した立案を発表している。

今然らばドイツ中央財政の収支関係を各月平均についての変遷を見ると次の如くである。

ドイツ中央財政各月収支(単位百万マルク)

 

普通経済

特別経済

両会計

 

歳入

歳出

過不足+/-

歳入

歳出

過不足+/-

過不足+/-

1931年度月平均

543.9

565.9

-22.0

2.2

15.5

-13.3

-35.3

1932年度月平均

475.3

502.6

-27.3

1.7

-1.7

-29.0

1933年度4月

455.5

463.4

-7.9

0.1

-0.1

-8.0

1933年度5月

479.3

486.4

-7.1

0.6

-0.6

-7.7

1933年度6月

519.2

469.9

+49.3

1.1

-1.1

+38.2

1933年度7月

480.3

544.1

-63.8

4.3

-4.3

-68.1

1933年度8月

482.4

453.4

+29.0

1.6

-1.6

+27.4

1933年度9月

548.7

442.8

+105.9

4.9

-4.9

+101.0

1933年度10月

511.1

443.6

+67.5

0.6

-0.6

+66.9

1933年度11月

489.6

471.3

+18.3

1.6

-1.6

+16.7

1933年度12月

561.6

589.9

-28.3

2.1

-2.1

-26.2

1934年度1月

521.1

673.8

-152.7

0.4

-0.4

-152.3

1934年度2月

507.8

376.5

+131.5

-1.3

+130.0

1934年度3月

...

...

...

...

...

...

1934年度4月

740.3

491.0

+249.8

0.3

-0.3

+249.5

1934年度5月

510.1

573.7

-63.6

0.8

-0.8

-64.4

1934年度6月

473.8

504.2

-30.4

1.4

-1.4

-31.8

1934年度7月

568.0

717.0

-149.0

1.4

-1.4

-150.4

1934年度8月

 

 

 

 

 

 

1934年度9月

681.4

657.1

+24.3

0.5

-0.5

+23.8

1934年4~9月合計

3,512.3

3,530.4

-18.1

5.1

-5.1

-23.2

前年同期

2,965.4

2,860.0

+105.4

12.6

-12.6

+92.8

「備考」w.u.s. 1933年、1934年度各号より調製

右によればドイツ中央政府財政は普通特別両合計を通じて1931会計年度に於ては各月平均3,530万マルクの歳入不足にて、1932年会計年度に於ては各月不足2,900万マルクに減じ、1933会計年度には幾分黒字の出現を見ているが、1934会計年度の上半期は大体に於て赤字状態にて4月より9月までに2,300万まるくの赤字を示し、前年同期に於ける9,200万マルクの黒字と比して著しき対象を示している。

そして政府の期待をかけている税収入の見積もりおよび実績を見ると、そこには歳出増加をつぐなって、減税の実現までには程遠いながら幾分の自然増収は認められている。

最近三ヶ年度収入見積および実績(単位百万マルク)

税種目

1932~33年度

1933~34年度

1934~35年度

見積

実績

見積

実績

見積

1.所有及交通税計

4,757.0

4,022.8

3,955.0

4,062.3

4,062.3

労賃税

900.0

748.5

750.0

730.1

750.0

資本利得税

30.0

40.9

40.0

42.8

45.0

其他個人所得税

700.0

543.2

500.0

520.1

480.0

監査役報酬税

2.0

4.8

4.0

結婚奨励課金

12.0

12.0

15.0

法人所得税

120.0

105.8

100.0

210.0

180.0

危機税

140.0

141.7

1.0

5.7

財産税

280.0

330.3

310.0

307.3

300.0

工業企業者負担

40.0

138.7

20.5

相続税

70.0

61.7

65.0

73.9

60.0

取引税

1,820.0

1,354.4

1,500.0

1,516.2

1,700.0

不動産取得税

24.0

18.7

22.0

17.1

20.0

資本流通税

48.0

25.4

53.0

30.0

39.0

動力車税

180.0

172.1

228.0

211.6

110.0

保険税

65.0

57.6

60.0

53.5

60.0

競馬及富籤(くじ)税

90.0

67.9

80.0

55.8

70.0

手形税

42.0

35.6

42.0

49.5

50.0

旅客運送税

112.0

94.0

100.0

89.4

90.0

貨物運送税

96.0

85.1

90.0

94.6

100.0

債務証書税

0.3

國逃亡税

0.9

17.6

2.消費税

1,567.3

1,518.2

1,747.4

1,718.7

2,044.7

タバコ税

775.0

762.0

775.0

742.9

775.0

砂糖税

270.0

285.8

285.0

279.3

300.0

塩税

40.0

26.4

65.4

56.1

65.4

ビール税

300.0

260.8

280.0

242.1

370.0

火酒専売益金

130.0

137.0

140.0

149.3

145.0

脂肪税

150.0

196.5

140.0

屠畜税

200.0

其他消費税

52.3

46.2

52.4

52.5

49.7

3.関税

1,140.0

1,106.0

1,140.0

1,065.1

1,080.0

合計

7,464.3

6,647.0

6,842.4

6,846.2

7,197.7

「備考」景気研究所週報 1934・7・18日に拠る

右表によればドイツの税収入は各種の労働振興策に伴う減税にも拘らず相当の増収が為されている。即ち1933~34年の税収は前年度に比し総計に於て3%の増加を示し、これを種目別に見ると所有及交通税は1%、消費税13.2%を増加し、関税収入は貿易政策の影響により3.7%を減じている。さらに増収の著しきものは塩税の112.5%、法人所得税の98.5%、手形税の39%、動力車税の23%、取引税の19.8%等である。

この事状をラインハルト次官は次の如く述べている。

ヒトラー政府の失業減少政策の効果により失業は激減し、従って労賃税、取引税の収入は増し、物税、流通税等も従来の減収を止め、予算通りの収入を見、何れ2億マルク以上の増加が期待される。関税は外国貿易政策の変化により幾分の減収を示しているがこれとても前記の物税及び流通税の増加により充分補填され得る。ここに於いて國の収支は1933年の過去7か月間に於て均衡を得会計上の困難を見なかった」と。此の言はある程度の妥当性を持つものであろう。

彼に依れば1934年以降38年までの五ヶ年間における前章に述べたる事前金融による歳出増加、即ちバーベン、シュライヘル当時の労働創設計画による費用並びにナチス政府の失業減少法、農業負担軽減法とによって生ずる40億マルクの負担は、今後1934年度に9億マルク、1935ねんに7億マルク、1936年度7億8,000万マルク、1937年度7億5,000万マルク、1938年度7億1,500万マルクと支出増加をもたらすも、これ等はこの五年間に失業救済手当金の減少と國税源の涵養による税収入の増加期待とによって支辨され尚生ずる剰余をば減税と短期公債の整理に振り向けられるはずであるとのことである。

 

第四節 税制改革の内容

 租税制度については組閣以来失業撲滅に資することを中心として一切の方策が樹立された。即ち1933年4月10日の自動車税の改正、1933年6月1日及び9月21日の第一次、第二次失業減少法における各種の減免税政策は何れも失業救済政策と租税政策を一致せしめんとしたものであった。

然し乍ら以上のそれは何れも税制度の部分的な改正に過ぎず、これが全面的な改正法は1934年10月15日に於て初めて発布を見ている。この度の改正は租税準用法、所得税法、法人所得税法、取引税法、財産税法、相続税法、資本流通税法、市民税法等の各般に亘るものであった。

ナチスの機関紙によれば戦後ドイツに於いて行われたる最も広汎なる租税改革にしてしかも多分に減税を含むものである点において特徴ありと称されている。

新税法にはナチス国家の指導原理たる四の思想を包含しているとフェルキッシェル・ベオバハター紙は述べている。即ち第一は失業減少のための闘争、これに依り社会的経済的且つ財政的國状の安定化を計り緊急経済問題を解決すること、第二は民族政策的思想の実現を目的とする家族制度の維持、第三は経済状に於ける個人価値と個人責任の強調、第四に財務行政の単純化を計ることこれである。

第一、失業減少闘争の爲には1933年4月に新乗用自動車に対する自動車税の免税が行われ、この法についで同年6月1日、9月21日の失業減少法に依って固定資本補充又は修繕事業に対する免税規定が発布された。本法に基づいて企業家は補充更新事業に使用した費用を所得額から除かれ、所得税、営業税を免ぜられ、而もこの法は1935年1月1日までの期間に限られたが、新たに発布された所得税法は補充事業に対する免税規定を種々の方面にまで拡大した。かくてそは一般的営業や、農業や更に又五ヶ年以内の使用にしか耐えない短期資材の補充に対してまでも許容された。従って所得税を少なく納めん為には自転車とか事務用家具とかタイプライターの如き器具を更新することを得策とする。この結果この方面の産業を刺激して就業者を増加せしむるの可能を有する。

更に又従来の取引税法に依れば国内商業の倉庫中にある卸売物品に2%の取引税を課して居り在庫品を持たぬ卸売人は免税となっていた関係から、国内商業では出来るだけ貯蔵を制限するように仕向けられて居り購買者の注文を得て初めて工場への注文が為されていた故、購買力の減少は直に向上に影響し、国内卸売商の能力限度に於てこれが工業への直接影響を調節する方法を持たなかった。然るに新取引税法は国内卸売は倉庫中にあると否とを問わず、一般に0.5%を課税することに改めたるを以て、卸売商は商品を貯蔵し得る工場生産者は又、これ等の注文の増加によって事業を継続し以て失業の減少に役立たしめんとしている。

第二、の家族制度の維持奨励策として、ヒトラー政府は子福者に対して充分なる減税を保証し、この部分の負担をば子のない夫婦及び独身者とに転嫁した。

所得税法によれば平均的に見て既婚者は独身者の三分の一だけ少ない租税を負担することになる。所得税及び市民税における子供のための負担軽減はこれまでより遥かに大である。以前は子供のための負担控除額は全ての所得に対して平等であったが、新所得西方では子供負担の軽減は担税者の子供の数と経済力に準ずることに改められた。このために子福者は非常なる租税負担の軽減を受ける。しかもその額は子供数に比例して増加され、多くの既婚者はその子供のためにこれまでよりも多くの扶養をなし得ると共に、教育や体育に対するより多くの費用を供し得るだろうと言われている。尚子供のための控除は子供にして若し職業教育にいそしむ場合はその子の25歳に達するまでこれが認められることに定められた。

財産税に於てはこれまでの免税点二万マルクの代わりに担税者、妻及びその子供に対し各一万マルクごとの免税が為され、従って五万ンマルクの財産を有する独身者は四万マルクに対して課税されるが、二児を有する既婚者は同額の財産では僅かに一万マルクだけに課税され、残りの四万マルクは免税されることになる。

これに次いで家事補助婦に対する税軽減の効力は尚持続され、結婚奨励貸付金もこれまで通り与えられる。この政策によって多くの国民は家庭を持ちうると共に、家族は再び国家の胚胞となり、将来の第三国家の国民はかくて数に於ても肉体精神に於ても偉大なるドイツ国民を形成するであろうと政府当局は述べている。

第三、の経済における個人の価値の尊重に関しては先ず、新税政策により資本会社の改造と解散を為し、以て個人企業或いは公企業又はこれと同種のものに変化せしめんとして個人的会社の資本流通税を全廃し、資本的会社に対してのみこれを存続せしめることにした。法人所得税法中に含んでいる所の最小限課税の原則は維持されたるも、行政単純化を計る爲、若干の変更を為すと共に、更にこの原則をば新たに財産税法中に導入したる。この規定に依れば資本会社は少なくともその設立に於て法律上必要とする額だけ即ち株式会社では5万マルク、有限責任会社では2万マルクの財産に対して課税されねばならないことになった。

第四、の租税行政単純化のために、従来設定された種々の税金、例えば失業救済課金、有産者に対する危機税、8,000マルク以上の所得者への所得税付加税、結婚補助税の如きは総てこれを所得税の中に統一編入した。そして税制の単純化を計る為に特別は租税準用法が発布された。

本法はナチスの世界観を租税法の中に織り込む為の規定とも言えるもので、殆ど総ての租税に対して適用を見るもので、ナチスの世界観を多分に取り入れている。即ち同法第一条に於てはナチスの世界観を以て税法を解釈する最高の原則として規定し、従来の国公課法第9条の規定する税法の解釋は租税の目的、その経済的意義及び状勢の発展を考慮して為すべしとの代わりに先ず第一にナチスの世界観たる公益は私益に勝るの原則を首位に置くべしと規定した。更に又国公課法の租税の見積もり決定には正義と公正とを以てすべしとの代わりに、この決定はナチス流の世界観に基づくべしと規定して租税行政技術をナチス化せんとしている。

以上の税制改革によって生ずる収入上の影響についてラインハルト次官の評価に従えば次の如く役三億マルクの減収となるものである。

一、所得税及法人所得税における免税規定の拡張によって生ずる減収額1億マルク。

一、取引税の内地卸売取引一般に対し税率を統一的に0.5%に減じたる結果の減収8,500万マルク。

一、失業救済課金を所得税繰り込み、新税率によって課する結果生ずる減収6,000万マルク。

一、相続税に対する人口政策加味による減収2,000万マルク。

一、市民税に対する家族事情の考慮と免税点の引上げによる減収4,000万マルク。

これらの減収は然し政府当局の見解によれば経済振興政策によって生ずる活況に基づき期待さる増収を以て充分に補填された上に増収さえ生ずるであろうとのことである。然し乍らこの背後には社会政策費の切りつめと農業保護による消費税の重課も存するを以て、減税は額面通りに受け取り得ないこと勿論であろう。