「国際秘密力とフリーメイソンリー」解説(1943年版)3

ユダヤ人の手法

 

 ユダヤ人は、その得意の両建主義の使い分けによってどんな風なやり方をするかというと、これにも一定の癖がある。彼らは、倒そうとする、破ろうとする、弱めようとする国々に対しては、その国々の事情に応じて、その国々の内部に分裂を導き、不和を起こし、喧嘩を発生させることを目的として直接若しくは間接的に働きかける。敢えて働きかけないまでも、思想の動きをそのような方向に導くのだ。その機会は幾らでもある。

或いは、会社の上層と下層とを背反させる。

政府と民間とを対立させる。

資本と労働とを反目させる。

という風に思想を一方的に傾かせることを主とする。

所謂、和を以て貴しと為す。人生は調和である。最後は和合である。

この最後の和合を無視して、争闘の為の争闘を鼓舞して、思想を偏向させることは、ユダヤの得意な手段だ。

ユダヤは、陰になり日向になって、常に一方的な宣伝に力点を置く。

例えば、自由主義と云い、統制主義と云うが如きは、即ちそれだ。人生の真の必要は、その自由と統制との適度な調和に在るのであって、一方的な偏向にあるのではないが、それでは話が弾まない。人間の好奇心に投じない。人間は或場合には極端を喜ぶものであり、誇張を好むものであり、例えば一方的に偏向した労働価値説のようなものを鹿爪らしく説き立てると、自然に論争が湧いて、一種の人気を呼ぶに至ることもある。

ユダヤの宣伝法は何時もこの流儀であり、その流儀によって、例えば反宗教とか、唯物論とか云うような極端で一方的な宣伝を色々手を替えて行っている。

ユダヤ人の手法は幾つかに分けて説明することが出来る。

 

金権掌握

 

 ユダヤは、その狙った国々に対して、それぞれの国の事情に応じて、国内不和の原因を探し出すか、或いはその種蒔きなどをして、次第にそれを増長させ、その内部の分裂の機会を、自然に若しくは不自然に誘導することを殆ど定まった型のように採用していたが、彼ら自身の力の淵源(えんげん:みなもと)は何かというと、―金力だ。彼らは力の信者だ。別して金力の信者だ。ユダヤ人と金力との関係は、取り立てて言うまでもなく一般に知られているが、彼らが世界一の金力を要するに至ったことは、一面では元より彼らの成功であり、外の一面の彼らの失敗の原因も、どうやら、これに因っていると想像することが出来る。ユダヤの金権主義は、ある意味に於いて彼らの宗教に根ざすものであり、外の意味に於いては歴史関係の影響だ。彼らは、全世界の金銀財宝の主人公になれるように彼らの偽りの神に祈りを捧げてきたのも事実だが、彼らが歴史的に、久しく金銀貨幣の売買や、高利貸しの営業だけにその活動を制限されていたのも事実だ。このようにして、彼らは経済活動の新しいある形態の率先者になることも出来た。彼らは世界金融事業の先達であり、覇者であり、無類の成功者なのだ。このように彼らは夙に(つとに:ずっと前から)金権を狙い、そして成功しているのた。乍併(しかしながら)、その金権が彼らを苦しめてもいるのだ。

 

言論、宣伝、出版界への進出

 

 金力によって言論界に進出すると共に、言論機関によって金力の延長を図ると云う相互関係は、ユダヤの努力を加速度的に増大している。近代ユダヤ運動の先達がその仲間を激励した有名な言葉として伝えられているものに云う。

「お前たちは何を蝶々と語り合っているのだ。お前たちは全世界の新聞を手に入れてしまうまでは、決して気の利いたことが出来ないのだ。これを手に入れてしまえば、一切の計画は自然に実行できると云うことを断じて忘れるべきではない」。

ヨセフ・エベルレの『大勢力の新聞紙』は、新聞と資本主義との関係を論じ、新聞とユダヤ人との関係を説いた有名な述作だが、如何にユダヤ人が新聞に勢力を張り、その新聞を如何に彼ら自身の目的の為の、特殊な運動を進める為に活用しているかと云うことを百頁にも渡って闡明(せんめい:不明瞭だったことを、はっきりさせる)している。

彼らは、手に入れた新聞そのものの営業化によって、如何に自由主義社会主義を鼓吹(こすい:意見や思想を盛んに主張して相手に吹きこむ)し、所謂現状打破の叫びを機会ある毎に宣伝して、白を黒に、円を方に、善を悪に、精神の上に物質をと云う風に、価値の転倒を試みて、時代思想の混乱を志している彼らは西洋の社会に於いて、その大敵としてのキリスト教と教会とを破壊する為に、新聞の勢力を最も猛烈に利用している。

 

 新聞は時代の思想を左右することが出来る。人間の名誉を支配することが出来る。経済的には自由に投機を動揺させることが出来る。新聞紙の効力を自覚したユダヤ人は、新聞と不可分な関係にある通信機関、通信と密接な関係にある交通機関、その他各種の宣伝、出版機関、映画劇場などを隈無く支配することを企てたのは、いささかの不思議もないことだ。

 

 ある意味に於いて、今日は新聞の時代だ。世界の形勢を知り、国内事情に通じ、人気の変化を認め、突発する事故を知り、或るものを感じて、他のことを心得、為すべき事と為さざるべき事の限界を常識的に判断する仲立ちをするのがまさに新聞紙に他ならない。新聞には多くの弱点があり、不備があり、甚だしい危険をも伴うが、新聞自体は既に近代生活の一部を為しているのだから、最早現代人は新聞無しに生活することは出来ない。何かの機会に新聞が一斉に休刊になったら、現代人は一種の暗黒を感じる。その意味では、新聞は社会の光だと云うことも出来る。

 

 世界の征服を志すユダヤ人が、この新聞の時代に於いて、新聞の征服に狙いを定めて、着々と効果を収めているのだから、新聞関係の殆ど一切の事業に於いても、同様に効果を収めているのは怪しむに足らないことだ。完全に新聞を支配していると云うことは、唯、積極的に宣伝上の効果を期待することに留まらず、消極的に、或る事やもの、或いは人物を否定し、故意に歪曲し、平然と黙殺する事も出来る。

換言すれば、新聞の支配は、一種の活殺自在の権力を産生させるのだ。

 

新聞の商業化

 

 新聞の商業化という現象は、18世紀末から19世紀初頭にかけて、ユダヤ人の仕事として始まってきたものだが、その結果、新聞は二重の役目を演ずることになり、精神的政治的要素であると同時に、一種の商品と化したのだが、この事情は、新聞を、諸国民を結合する力としての位置から、人類の災厄物の位置にまで堕落させてしまった。

 

 近代新聞の動向を規定するものは報道と広告の二つだ。そして、この二つの入り口から、彼の恐るべきユダヤとフリー・メイソンの秘密力が「言論の自由」という仮面を被って侵入してきて、世界の新聞界を今日のような精神的・道徳的危機に追い込むに至ったのだ。19世紀の中葉に於いて広告税と公用広告機関が撤廃された結果、殆ど全ての国に於いて政治新聞に広告を載せることが出来るようになり、国民の商用的な関心と、精神的・政治的な要求とを新聞によって結合しようとする傾向が著しくなってきた。また、広告依頼主の信用を得る為に、読者層を増大しようとして、あらゆる手段が講ぜられ、新聞の購読料は印刷代以下に引き下げられるに至った。1836年7月1日にフランス人ジラルダンは「ラ・プレス」紙を発刊したが、その購読料は当時の相場の半値だった。この結果生まれる欠損を埋めるのは広告を殖やすしか道はない。

 

 1835年ジェームズ・ゴルドン・ベネットは、米国に於いて『紐育(ニューヨーク)ヘラルド』紙を創刊したが、彼はそれを僅か1セントで売った。しかい、実際には1部当り3~4セントかかっていた。

英国では、新聞税と広告税撤廃後の1855年、ヨーゼフ・モーゼス・レヴィが最初の「1ペニー新聞」たる「倫敦(ロンドン)・デイリー・テレグラフ」を発刊したが、他方ヴキーン市でも、既に1848年にアウグスト・ツァングが「デイ・プレッセ」紙を発刊しジラルダンに倣って、相場の半値で売った。

 

 以後、新聞の読者は印刷用紙代だけも支払っていないことになり、従って、文字通りの不払い所得といsて贈られる通信や報道の部分はユダヤ人が、新聞を支えてくれなければ、広告代によって経済的に補填される外に道はなかった。

 

新聞の買収

 

 このようにして、終には様々な方面からの買収の可能性が生まれてきたが、これは、彼の国際ユダヤとその支配下にあるフリー・メイソン結社にとっては誠にお誂(あつら)え向きの活躍舞台だった。

 

 ユダヤ人の破壊力が新聞に侵入した第二の門は、近代の通信機関の発展だった。新聞が資本主義に従属するに至ったが為に、世論も又金力で動かされ得るものになり、通信組織は濫用されて、新聞のデマ記事が国民生活の中に食い入るようになった。現代に於ける世界通信網の歴史を辿って見る時、我々は驚くべき連絡と組織とに当面する。

 

 現代の新聞通信機関の起源は彼のユダヤ人の取引所だから、現代の組織化された虚報通達による新聞の悪用と云うものは全てユダヤ人の商売根性が発現したものだ。現代の通信組織は、自分に都合の良い通知によって競争者や顧客から出来るだけ物質的な利益を搾取しようとする商業本位のユダヤ人の手に握られている実験台に他ならない。

その好例を挙げれば、ロンドンのユダヤネイサン・ロスチャイルドのあの歴史的な「1815年ワーテルローの勝利」だ。

彼は、まさに現代新聞虚報の父である。彼の父で、フランクフルトに居たマイヤー・アムシェル・ロートシルトもまた相当の腕前があったらしく、郵便局を買収して取引上の敵の手紙を密かに手に入れ、それを諸々の仕事に利用したそうだから、その息子のネイサンのやり方は、つまり父親のやり方を現代化したに過ぎないと言えないこともない。

とにかく、ネイサンは伝書鳩郵便を使ったり、船長や旅行者を手数料で買収して様々な情報を集めるのに役立てた。そして、この世界中から集まった報知を勝手に利用したり、秘密にしたり、仄めかしたりして、とにかく、彼の取引事業に都合の良いように細工したのだった。彼の「ワーテルローの勝利」も又その一例だった。彼はいち早く誰も知らないうちにワーテルローの決戦の結果を知っていて、丁度ロンドンでは未だ一般に半信半疑だったことを奇貨として、英国と普魯西(プロシア:ドイツ)がナポレオンに敗戦したとの虚報を伝えた。相場はガタガタに落ちた。ネイサンは仲買人を使って出来るだけ株を買い込ませたので、ロンドンにワーテルローの戦勝の正しい報知が到着した時には、彼はもう巨大な金を儲けていたのだった。

 

虚報の勝利

 

 ユダヤ的資本主義的貪欲に奉仕する新聞虚報は世界通信網を握っている政治的電線工夫の手にかかると忽ち諸国民の平和を脅かすものと化す。最近百年間に渡って戦時、平時共に世界の通信界を牛耳っているヨーロッパの通信社は殆どみなユダヤ人が創立したものだ。まず大きいところでアッバース通信社は1835年ルイ・アッバースの創設に係わるが、その父はポルトガルからフランスに移住した人で、ルイは1832年ドイツ系ユダヤ人ベルンシュタインの「色刷通信」紙を買い取って改組した。彼には二人の仲間ヴェルンハルト・ヴォルフとヨザファト・ベールとがいたが、この二人のユダヤ人は1848年にアッヴァース社を去って、ヴォルフの方は伯林(ベルリン)で自分の通信社を開き、カッセル出身のラビの息子ベールは1850年代に英国に渡りロイターと改称して英国の大通信社になった。

 

 このユダヤ系通信社は、数十年来全欧州の新聞通信界を支配しているのみならず、殆ど全世界の報道陣を占領している。言うまでもなく、戦前にはドイツもこの三社独占から殆ど逃れることが出来ず、僅かにドイツ系の通信社が北方諸国を通信で繋いでいる間に、アッバースやロイターは全世界を分割して支配していたのだった。

 

政治家の利用

 

 第三には政治家の利用だ。如何にユダヤが金権を擁し、言論機関を支配し、通信、宣伝、出版等々の実力を固めていても、ユダヤ人の実力と努力だけで、天下を事実上動かすことは、中々出来ることではない。そこで彼らは政治家を利用しようと画策した。では、如何にしてその政治家を利用するか。自ら好んでユダヤに利用されるような間抜けな政治家は、そうそう居るものではない。そこで、自ずから別の手段が必要になる。ユダヤ人は政治家の弱点を掴んでその弱点を利用する。それも既に暴露されたものでは役に立たないのだから、彼らは手中の新聞や通信手段によって政治家の弱点を掴み、その政治家の為にそれを掩蔽(えんぺい:おおいかくす)して恩を売る。この手段によってものになりそうな政治家が網に掛かってしまった後は、熾(さか)んにその政治家を持ち上げて、世間に宣伝し、権力を握らせるよう目論む。

 

 政治家の弱点も二つの線に沿って現れている。人間の弱点は大体金と女の二つだが、欧米では共通ではなく、欧州大陸ではお金が主になり、米国では反対に女が主になると云う。欧州では女性問題は米国ほど厳重ではないので、お金が中心になり、米国では誰でもお金が中心になっており、かつ女性の権力が強い社会だから、自然に女性関係が問題になると云うことだ。このようにして、欧州の政治家はお金の関係からユダヤ人に弱点を握られ、米国の政治家の多くは女性問題で同様なことになっていると言われる。此処で断言できるのは、欧州の大物政治家には、殆ど例外無しにユダヤ人の秘書若しくは秘書官が付いているということだ。政治家はお金がかかるものだ。そのお金を供給するのはユダヤの富豪や財閥だが、その代わりその政治家には、必ずユダヤ側から秘書若しくは秘書官が付くことになっていて、その結果、当然政治経済上の機密が、真っ先にユダヤに利用され得ることになる。鉄血宰相と謳われたビスマルクにさへ、ユダヤ人秘書が、左右を離れなかった事実を見れば、この点は最早疑う余地はない。ロイド・ジョージが如何にして彼の(第一次)大戦当時大英帝国の大宰相になることが出来たのか、講和会議が終わると同時に、殆ど立ち消えに近いような政治的存在になるものか。ウィルソンもその通り、その性格から、その閲歴(えつれき:経歴)事業からして、到底一学究に過ぎなかった筈の彼が、如何に速やかに米国上下の人気を一身に集めて、一時的に世界の大立物に成り得たのか。曰く、民族自決。曰く、十四箇条。曰く、賠償、併合。曰く、国際連盟。曰く、パレスティナユダヤ建国。ユダヤに利用されるだけ、利用され尽くした後、単に人気のがた落ちを演ずるに過ぎなかった彼の政治家行動の裏で、如何にユダヤの勢力が猛烈に活動していたかという事実は、今日では、まだ欧米政界の裏を読むことの出来る人々に対してのみ、辛うじて語り得る主題だ。

 

王宮ユダヤ戦術

 

 自動車王ヘンリー・フォードは言った。

ユダヤ人が全力を注ぐのは、国王や貴族などの信用を得て、政界の実権を握ることだ。たとえ、大衆がユダヤ人に対して反感を抱くことがあっても、国王とその周囲がユダヤ人の味方である間は、ユダヤ人は何らの痛痒も感じることはない」。

 

 ユダヤ人は常に各国の政界奥の深く、出来れば国王にまで近づこうとする。皇帝(カイザー)ヴィルヘルム二世に対するバリンの菅家を説明することによって、ユダヤが如何にして宮廷に潜入するかの一端を知ることが出来る。バリンはハンブルクアメリカ汽船会社の社長だったが、カイザーに目を付けられ、ドイツ海運界の発展の為に顧問になった。こうして、カイザーとバリンとは密接な関係になり、皇太子ですら普通電話で対談されるのに、バリンは皇帝と直通電話で連絡を取っていた程で、バリンの意見は即ち皇帝の政策として実行された。バリンの意見は常にユダヤの利益を代表していた。このバリンと同時にドイツ電機事業界の大立物で純ユダヤのラテナウも皇帝を懐柔していた一人だった。