世界の猶太人網(ヘンリーフォード著・包荒子解説)10

種族と宗教との問題

然るに欧米に於て特に猶太人なる名称の下に彼等が論議されるとき、一部の新しき猶太人の中には、猶太人は唯宗教上に於て他の人種と異なるだけで、他は同一である、と之を否定するものがある。例えば新聞等に猶太人が犯罪したことを掲載する時彼等は、猶太人とは決して人種の名称ではなく、単に宗教上の名称に過ぎない、ちょうどエピスコパリアン、カトリック、プレズビタリアン等と言うのと同様である、他種族の被告の時には何宗のものとも書かないのに、何故猶太人のみ書くのであるか、と抗議する。これに対して米國人は猶太人は唯宗教上に於てのみ他のものと異なるだけであるとしたならば、ユダヤ教の道徳的内容が他のものと異なることになるがどうか、と喝破し尚論を進めて、合衆國に生活して居る猶太人中、其の奉信する宗教を申告して居るものは僅かに百万に過ぎない、他の二百万は猶太人たることは申告して居るが、其の属する宗教については何ら申告して居らない事実がある。故に若し彼等の論法を以てすれば、乙は甲より猶太人たるの程度が僅少であるという妙なことになって来る。たとい愛蘭土人アイルランド人)が其の属する教会を棄てたとて、アイルランド人たることに変わりはないと同様、猶太人が猶太教会を捨てたからとて猶太人たるに変わりはないではないか、と反駁して居る。議論は兎に角として、要するに猶太人は猶太人の性格を有し、他の民族は他の民族の性格を有して居るということである。

「猶太人」なる誇り

斯様な訳で近来新しき猶太人の中には、自己に不利益な場合に於て、猶太人ということについて種々否定を試みるものもあるが、併しながら将来に於ても世人は依然として猶太人を一つの人種と見做すことに変わりはないと思う。又少なくとも猶太人自身は斯く感じているに相違ない。事実此のことは現代のソヴィエト露國に於て之を見ることが出来る、以前帝政時代の露國に於て、猶太人に対して「君はロシア人か」と問うた場合、此れに対して、「然り私はロシア人である」と答えるのが通常であって、特に親密になるか或いは特別の場合の外「否私は猶太人である」とは答えなかった。然るに現在猶太人が露國の実権を掌握してからは前と同様の問いに対して傲然として、「否私はロシア人ではない、猶太人である」と答えるに至った。今のソヴィエト露國で「私は共産党である」ということと「私は猶太人である」ということが誇りであって、又巾が利くのである。即ち以上は猶太人自身猶太人は一つの人種であるとの自覚を裏書きしてるものでなくして何であろう。話が大分横に走ったが序(ついで)であるから同様なことを今一つ紹介して置く。或る人がアメリカに於て、ある紳士に対して「君は米國猶太人か」と問うた所「否、私は國際猶太人である」と答えたので、大いに驚いたとのことであるが、蓋し此の猶太人自身は左様に思って居るのである。

抑々猶太民族は極めて靭強な人種であって、従来其の絶滅について色々試みられたこともあったが、悉く無駄であったばかりでなく、益々繁栄して居る。それは猶太人賊が自然法則を遵守した結果であって、自然法則を破った他の多くの民族は、人種を低下し多くの雑種を造るに至ったが、猶太民族のみは其の生活力なり、精力なりが毫も退化して居らない。彼等は過去より現在に亘り、二大道徳的価値即ち唯一神教と一夫一婦主義とに因って、連綿として伝承し来たり、そして吾人の全精神的所有物の源泉たる古代其の儘の姿で、今日の吾人の前に立って居るのである。

猶太人は永久に猶太人なり

然り曩(さき)に述べた如く猶太人自身は将来永遠に、一人種であり、一國民であり、一民族であると言う感じを継続し、そうしてたとい如何なることが猶太人内部に侵入しようとも又他の思想及び他の信仰生活と関係し或いは又他民族の習慣に従う様なことがあっても、決して彼等の考えは豪末も変化することは無いであろう。猶太人は永久に猶太人である。猶太人が完全にして侵すことの出来ない伝統の中に忠実である間は、永久に猶太人として存在するであろう。斯くして彼等は、猶太人であるということが即ち優越なる人種に属するものであることを意味する、と感じるの権利を永久に持つことであろう。

英人がシェイクスピアの言葉を有するが如し

扨て此の世界を支配して居る猶太人が其の位置を保持して居るのは、他にも原因はあるであろうが、主として猶太國民性中に継承して居る資質の恩恵に因るものである。而も猶太人たる者は何人も皆此の素質を持って居る。勿論どの猶太人も此の資質を完全に持って居ると言う訳ではないが、兎に角此の資質を有することは、英人の言葉を借りて言えばちょうど各英國人が、たといシェイクスピアの程度にあらずとするも、兎に角シェイクスピアの言葉を有するが如くである。されば猶太人の根本性格及び猶太人の根本心理を究めずして、インターナショナル猶太人を理解しようとするならば、それは不可能なことと言わねばならない。

機敏に対する疑いの眼

猶太人の偉大なる成功と言うものは厚顔無恥に基づいて居るものであるということは、屡々吾人の耳にする普通一般の非難であるが、実際他民族から見て彼等の商売方法が幾多の沒義道なことのあることは敢て疑いを容れない所である。然しながら彼等の成功は独り此の沒義道や厚顔無恥のみに因るものではない、他の原因があらねばならぬ。元来猶太人は商人としては、他の民族に比較して天性遙かに敏捷である。勿論猶太人同様商売にかけては随分抜け目のないものも他にないではないが、併しながら概して猶太人とはちょっと太刀打ちが出来ないと言うのが世の定評である。緩慢遅鈍な人々から見れば、あまりに機敏過ぎる人を嫉視するのは人情で、たとえその機敏ということに豪末悪意を蔵して居ないにしろ、疑いの眼を以て之を見るのが常である、随って此の機敏性が世人をして一層彼等に対する疑いを大ならしめて居る。

数世紀に亘る古書の統計が示して居る通り、猶太人は極めて商業に熱心な民族であった。そして彼等は他から見て狡猾であると思う程機敏であった。従って彼等は商売上のことから人に好かれなくなってしまった、そしてその原因を見ると商売上の理由を盾にして猶太人を憎むのは、憎む方が悪いのであると言えない点が少なからずあった。今その実例として往年英國に於て、猶太商人が排斥された当時のことを研究して見よう。

英國に於ける猶太商人排斥の原因

昔時の英國の商人は、非常に上品な習慣を沢山持って居った。例えば尊敬を受けているような商人は、自ら進んで商売を始めては宜しくない、商売がある迄待って居るのをよいとした様な習慣を持って居った。又店の窓を光線や色彩で装飾したり、公衆の目の前に品物を誘惑的に陳列することは、同業者の客を奪う卑劣な不純な手段であると思われて居った。就中一種以上の品種を商うことは、全然商業道徳に背反し商業的習慣を蹂躙するものとして排斥され、茶を売る店では茶匙すら売って居なかった。商業広告などに至っては最も鉄面皮なものとして排斥され、若し之を為すものあれば、輿論は商人を商業界から追い出すという有様であった。近代の人が茶を売る所では茶匙もその他種々の物も一所に売るということを、若し当時の英人が聞いたとしたならば、非常に驚嘆するであろうと思う。それで当時の商人の態度はちょっと見ると商品を手離すことを厭うかのように見受けられる位であった。

デパートメントストアと薄利多売の創始者

猶太商人が斯くの如き英國商人の習慣内に割り込んだ時、そこに何事が出来したか、既に読者は想像し得たであろう。当時習慣なるものは、恰も神が規定した所の道徳法とも言うべき威力を持って居った。従って猶太人が猶太人式に振舞った結果は、どうしても瀆信者と見做されなければならなかった。これが爲に猶太人の歓迎されなかったのは蓋し当然である。併し鞏固(きょうこ)な伝統を破壊することを屁とも思わぬ猶太人のことである、歓迎されない位で遠慮して居るものではない。歓迎されなければされない程一層商業に没頭した。即ち猶太人は或る品物を売り得なかった時は直に客に押し付ける他の品物を手に入れて居った。斯くて猶太人の商店は宛然たる(さながら)勧工場(かんこうば:昔の百貨商品陳列所のこと)となった、之が現今のデパートメントストアの濫觴(らんしょう)である。そして英國の古き習慣たる一店一品主義は茲に破壊されてしまったのである。そして猶太人は愈々に商業に熱注して駆け廻り、顧客を求めて之を説得し益々販路を拡張した。即ち猶太人は迅速なる販路と小利益所謂薄利多売の創始者となった。又彼等は済し崩し即ち賦払制度(分割払い)を考案した。猶太人の最も嫌忌したことは品物が寝ることであって、彼等は満腔の努力を品物を捌くことに注いだ。広告の元祖も猶太人である。店の様子を公衆に公告するということは、公衆をして商店主が金融逼塞に陥ったのではないか破産に面しているのではないか、と疑問を起こさせた時代に於て、而も英國商人が所謂良賈(りょうこ)深く蔵して見せずと自重した当時に於て敢て広告を実行したのである。

また斯くの如き猶太人の努力が、不正な事と相結び合って活躍したことも事実であって、随分不正な商売をやったのである。猶太人の活躍を見て少しく落ち着いた英國商人は、猶太人は我々と競争する積りではあるまいと考えて居ったが、事実猶太人は凡てを己が掌中に収めんが為英人と競争して居ったのであって、今や全くこれを実現するに至った。

猶太商業圏

猶太人は英國で発揮したと同様な能力をその後も常に発揮している。彼等の金融界を解剖して金を自己に吸集する能力は、殆ど本能的のものである。猶太人が其の一國に居を定めると、ただちに彼等は其の同族の爲に活躍し得る新根拠を其処に造るのが常である。これ猶太の遺伝的性質が自然に発露したものと見るべきであろうか、それとも民族としての一致及び誠忠ということを自覚して計画して居るものと見るべきであろうか。兎に角猶太人の商業団体は悉く相互連絡を取って居った。猶太人の商業団体が富力に於て、特権に於て又勢力に於て隆昌となればなる程、又其の団体が活動して居る國の政府と関係し其の國の生活関係と益々密接なる関係を結ぶに随い、自然に猶太中央商業団体に勢力が移って行った。そしてこの中央団体は時代に従って或いはスペインに、或いはオランダに、或いは英國にと移り行きつつ益々勢力を増進し、各商業団の結合は愈々緊密を加えた。蓋し猶太人間には民族的結合のセメント及び同胞主義も強帯が存在したから斯くも緊密に相互連繋したのであって、非猶太人間には到底夢想も出来ない所であった。そして非猶太人は世界支配の戦場に於て猶太人の競争者ではなく、その善良なる代理人であった。

これ等個々の商業団体から中央団体へ勢力が注入され、中央団体には頭目たる大銀行家や諸事業の本元たる操縦者が控えて居る、そして必要な場合には何時でも中央団体から再び頗る重要な情報と高価な補助が地方の団体へ向けられるのである。斯くの如き組織であったからして、猶太人に対して反感を持って居た國民が猶太人の爲に苦しめられ、又反対に猶太人の希望を容れた國民は猶太人から大いに恵まれたということは、蓋し何人も理解し得る所であろうと思う。

工業会と金融ブローカー

斯くの如き組織は既往より存続し来たって今日も依然として存在し、而も一層其の範囲を拡大して居る。併しながら今日この組織は、従来嘗て見なかった窮境に立って居るのである。抑々五十年前に於ては、世界の金融ブローカーとして猶太人の支配下にあったインターナショナルの銀行組織と言うものは、隆昌の極みに達し実に其の黄金時代を現出して居った。そして猶太人達は至る所政府と財界とを支配して居ったが、茲に一つの新しき事実が起って来た、即ちそれは工業である。工業は日一日とその範囲を拡張し、遂に賢明なる預言者も嘗て夢想だもしていなかった範囲に発展するに至った。工業がその実力と勢力とを増加するに伴い、金銭を吸集する一大偉力となり、世界の富を工業界内に吸収し、而も工業会は啻(ただ)に金銭を引き寄せるばかりではなく、更に又之を其の発展のために活用せしめた。従って生産は公債に代わり、公債の利息よりも生産の利益ということになって、之が一時世の主なる方式となってきた。此の時に当って世界大戦が勃発したのだ。茲に於て既往に於ける世界金融ブローカーたる猶太人等は、此の大戦に関係し非常な巨利を博したのである[1]此のことは既に世界公知の事実であって敢て蝶々するまでもない。そして今や此の両勢力即ち工業と財商とが相互に鎬(しのぎ)を削って戦って居るのであって、実に其の勝敗は猶太問題を裁決する一要素として見られて居る。

 

[1] 原文:茲に於てか既往に於ける世界金融ブローカーたる猶太人等は、此の大戦に関係し非常な巨利を博したのである。(「か」が余分?)