国際秘密力09

第10章  マルコ・ポーロ

           『では、ユダヤ人の優れた点は何か? <9>

 

ここでちょっと世界貿易の話に戻ると、そこではまだヴェネチアが支配的であった。13世紀の初めのころまでヴェネチアは支配的であり続けたが、多くの歴史書イタリア半島の反対側にあるジェノアが競争相手として興隆してきた話を満載している。私はこの様な話は全く真実に反すると思っている。

ジェノアで盛んになった貿易は、ヴェネチアの商業を支配していたのと同じユダヤ一族によって、イタリア半島の両端の両者には開かれていたが、半島中央には開かれていなかったと、私は信じている。それは、原価は削減され、生原料の購入には競争が行われていると大衆に思わせるために、同一の朝食用穀類加工食品製造業者が『競合する』商標を市場に出す類である。その場合、生原料の製造者と販売者には安い代金しか払われていないのが実態である。

この真相の中で私たちは、ヴェネチアが輸送請負の代価としていかに島々を征服し獲得してきたか、そしてそれがヴェネチアに地中海を支配することを許してきたのを見てきた。そして今度はジェノアが、ビザンツ帝国における対輸送商品税金免除資格者の後継者としてヴェネチアを押し退けた。それはヴェネチアと同じ一つの『会社』であって、同じ源泉によって同じ市場を形成し、独占的な強力経営の結果潤沢な利益を享受した。イタリア半島両側の大衆が弄ばれただけであった。これらの事態は今日と凡そ同じである。       

次の300年間、部分的な変形と、計略と役者の少しばかりの変更はあったものの、多かれ少なかれこの状況は続いた。しかしそれは常にヴェネチアと共にあり、それらの全期間を通してヴェネチアはそびえ立つ支配者として現れ出てきた。

13世紀の初めころ、はるか遠くモンゴルの大草原では、西洋ではチンギス汗の名で知られているテムジンが決起し、騎兵と弓手たちを活気付けていた。前8章・64頁で私たちが密かに準備して、歴史の桧舞台に登場するのを待たせていたあの彼らである。テムジンは、1227年に自然死を遂げるまで彼らを戦闘に駆り立て、まさに日本の門前からアジアを横切って、欧州深くドイツ・イタリーに届くまでの道をすべて制圧した。   

私は、当時テムジンのモンゴルが信仰していた宗教が何かは知らない。しかし、彼が征服したのは基本的にはイスラム教が支配していた土地であったことと、何世紀か経て彼の後継者たちの多くはこのイスラム教の信者になったことは知っている。ただ、その宗派や変種については情報を持っていない。

多くのテムジンの部下たちが中国の仏教と接触して来た。そして中国の王座についていたテムジンの息子フビライ汗はマルコポーロを接見した。彼は丁度良い時期に『世界の記述(東方見聞録)』の旅行者として現れ、西欧を離れたことがなく、中国の名すら聞いたことのない人々が殆どであった地方の住民たちのために、東洋の神秘をヴェネチアに持ち帰った。

彼がヴェネチアの家に戻った時、彼の話は殆どすべての点で疑われ誤解された。古代のギリシャ人たちや、キリスト生誕後間もないころに生きていたアレクサンドリアの偉大な地理学者プトレマイオス<10>は、世界の多くは知らなかったが、両者ともこの遥か離れた中国のこと、また世界は丸いか球形をしていることは知っていた。歴史的古文書の時代のこれらの古代人たちは、地球の陸と海の広さ・割合を調べていたので、それまでに発見されていた陸や海と同じ様なものが、地球上のどこか他にもあるということを知っていた。私たちはその証拠を古文書から得ている。これらをユダヤ人たちは知っていたが、西洋の人々は忘れてしまっていた。

このギリシャ人やプトレマイオスと中世西洋人の話は本当の事実で、今ではすべての人に知られていることであるが、著者の立場の方に読者を引き付けるためにここに記載した。17年前にユダヤの世界支配に関して私が書いたとしたら、それはもっと詳しい、広く、分別のある本であったろうが、今とは別の内容であったろう。当時の私は問題を局限してはいなかったし、本著者本人はその集団にIJCの名を付けてもいなかった。当時私たちが議論をする時は、『ボルシェビキ』、『ウォール街の男爵』、『資本家』そして『死の商人』などの言葉を使っていた。しかし重要なのは、議論がなされて概ね受け入れられたこと、そして特に当時の人々や支配されていなかったメディアが現実を直視していたことである。

私はいまマルコ・ポーロの立場にいる。かってすべての人が知っていた事を、人々はいま忘れてしまっているのである。

(人々は忘れるように助長・強制されたと私がいかに感じているかについて、この本で、または他のメディアでのあらゆる機会を捉えて私は説明していくつもりである)

それは私自身に、英語の言葉で、さらに他の言語に訳されて襲いかかった。そしてそれはまた、自らの国で自分たちの警告を伝えるために母国語で叫び続けている、多くの勇敢な作者たちに攻撃を行っている。中でも特に名誉を与えられるべきは、今日の世界に残っている極く、極く小数の出版者である。彼らはIJCやその手下たちに媚びない成果を発刊することによって、彼らの商売を失う危険を侵していくであろう。IJCの支持者や卑屈な従者たちからの話を私にこれ以上聞かせないで欲しい。ヒトラーゲッペルス<11> に関するもの、プロパガンダ(悪意の宣伝・布教)、報道の自由言論の自由の類を!!!

特に、それは反セム主義だと言い続けるこれらの手先によるアラブ社会への中傷を、私にこれ以上聞かせないで欲しい。カーター大統領の兄弟ビリーが反セム主義だと非難された時(本当の意味は『反ユダヤ主義』であるが)、当時のカーター大統領は非難した人々に、ビリーはそうであるはずがない、彼はアラブの友人を持ち過ぎていただけだと返答した。アラブとユダヤはともにセム人を起源としており、従って同じセム族である。

アラブはこの本の主題ではなく、ユダヤが主題であるが、ユダヤ人たちはこの本の標的ではない。というのは、私は、たいへん多くのアラブ人と生涯の友好関係を保っているのと全く同様に、たいへん多くのユダヤ人と同様の友好関係を保っているからである。但し、IJCはこの本の標的であり、そして標的はIJCのみである。これらの卑屈な従者たちによって過去の百年間に亘って使われてきた言葉を使おうとすることは、使おうとする人のぞっとするような虚偽性または無知さを暴露するだけである。

歴史の話を中断しているついでに、私の生活に起こった別の出来事を読者に紹介したい。私は法律の仕事を始めるためにテキサス北部の町に行き、私より30才ほど年配の弁護士に雇われた。私は郡検事補佐として彼とともに6ヶ月間裁判所で仕事をし、1954年の1月1日、私たちは一街区先の彼の新しい事務所で仕事を始めた。

(彼の下で働き始めてから2年ばかり経ったある日、彼が私を呼んで言うには、裁判所で共に仕事をしていた時から私たちはパートナーであったということであった。このことはこの人物を良く語っている) 

私たちが新しい事務所を開いた最初の日か次の日の朝、彼は仕事に早く来ていて私を呼び寄せ、私は彼の部屋に急いだ。私たちはお互いにどちらかと言えばくつろいだ感じであった。そして彼は『どうぞ座って下さい。君にお話しておきたい事がある』と言った。

私は言われる通りにした。彼は続けた。

『君は、クソヤンキー(DamnYankee)という言葉と、我々南部の者がどういう気持ちで「クソ(Damm)」という悪態言葉を、北部諸州の人という意味のヤンキー(Yankee)と一緒に使うかを知っているだろう。それは以前、南北戦争の間と特に戦後に、南部で彼らが我々を取り扱ったやり方が原因している。君は、我々がどうして一つの言葉としてそれらを綴るのか分かるだろう。

さて、今日は君に新しい言葉を教えようと思う。それは強欲私生児(Greedy-Bastard)だ。この言葉は『私生児(Bastard)』とそれを修飾する『強欲な(Greedy)』とから成り立っている。そしてこれもまた一つの言葉として綴られている。君はこれらの人種が生存しているのを発見するだろう。そして君が法律の仕事を実行しようとするなら、君は彼らに対し防衛線を張らなければならない。

彼らは真実や他人に対する感情など一顧だにしない。彼らが顧慮するのは、金と権力を蓄積しようという彼ら自身の個人的な強欲を満足させることだけで、他人に降り懸かる損失など全くお構いなしだ』 

そして彼は私に、その様な型の人間と会社のいくつかの例を教えてくれた。私は後にIJCという言葉を作ったが、それを作った理由は、IJCの連中が、私が若い時に強欲私生児(Greedy-Bastards)と呼んで学んでいた人種のまさに典型であり、その型の人種の中でも最高レベルにあったためであった。私が使う限り、IJCという用語は強欲私生児(Greedy-Bastards)という言葉を含む。その用語が話され書かれる時はいかなる時でもである。読者がIJCという用語を使う時は、これと同じ考えを抱いてくれることを私は切にお願いする。私にとってIJCという用語は実に不快な言葉となっている。そしてその用語は、あの実に不快な集団を指すのに真に的を得たものとなった。

私たちの歴史の話に戻ると、私は、マルコ・ポーロの遠征はIJCにより計画され一致協力してなされた力演であったと信じている。それは次の300年間に亘って、さらに長い長い発見の航海を持続させるためであった。その航海は海岸線を辿ることによって実行され、IJCの後援のもとでついに絶頂に達した。そしてコロンブスアメリカ航海を引き起こすことになる。次章以降では、私たちはこの300年の間に他で進行中の事象に追い着いた後で、世界の実に多くの場所にいる、極めて多くの民族や人々に関する、興味をそそられる世界探求の話を取り上げ、それを辿っていく。

 

【訳注】

 

 <9>  新約聖書 ローマの信徒への手紙3.1より。

 <10>  プトレマイオス・トレミーギリシャ出身の2世紀のアレクサンドリアの数学者・天文学者 ・地理学者。天動説の代表者。 

 <11>  ゲッペルス:(1897~1945) ドイツの政治家。ナチ最高指導者の一人。第三帝国の宣伝相。