2.フリーメーソン結社への入社
フリーメーソンとは何か。この問いに對して有名なる白耳義のフリーメーソン社員第33階級ゴブレー・ダルヴィエラ[1]は、次の様な説明を與えて居る。『フリーメーソンは一の秘密結社であつて、自由な正義の士を連ねる一の帯で、此帯は職業、黨派、國籍、宗教の差異を超越せるものである』と。佛國の大組合は、フリーメーソンの目的として、眞理の探究、道徳の研究及び連帯責任の各項を擧げて居る。曰く『フリーメーソンは人類の向上完成に努めるもので、其本質上寛容で、凡て独断的信條を排斥し、且良心の絶對的自由を以て其立場とせるものである。其標語は自由、平等、友愛である』と、其他の大組合の規約書にも略（ほぼ）同様のことを書いて居る。以上の如き立派な博愛的の原則が、事實に於ては果たして如何に行われて居るかは、後章に述べるであろう。
フリーメーソンの起原は、神話的不明瞭の中に蔽はれて居る。従來、社員はその起源をば力めて古代に發するものとなさんと試みた。即ちピタゴラスや、ユークリッド等とも關係があるかの如く云ふものもあつた。或は又羅馬（ローマ）時代の建築組合（Collegia fabrorum）を其前進だと云ひ、又或者はソロモン殿堂の建築者だと云はれて居るヒラム[2]を以て、フリーメーソンの創設者だと主張した。又十四世紀の頃にあつた聖堂騎士の組合（テンプル騎士団）を以て、フリーメーソンの濫觴（らんしょう：起源）とするものもある。現に瑞典（スウェーデン）の大地方組合の如きは、自ら聖堂騎士組合の直系だと云つて居るが、之に對する證據は何もない。
次にフリーメーソンなる名稱は、如何に解釋すべきであらうか。フリーメーソンは昔の職工メーソンから出たものだと云ふことは、今日では疑う者はない。此職工メーソンとは石工彫工左官等の組合であつて、其棟梁に従つて全歐洲を遍歴して仕事の見着かつた所に逗留した彼等は特有の習慣、認識記號、技術上の秘密等を持つて居た。自由なるメーソンと名づけられたのは、土着の未熟な普通の家や、田舎の教會堂を建てる様な職人と區別する爲であつた。中世紀に彼等は其技術を國王や法王に認められて、特別に自由、特權等を與えられたにも因るのである。此種の組合の最初のものは、佛國では1258年巴里にあつたことが記録にある。英國では既に936年に第一の大組合がヨークに集會した。歴代の英國王は、建築術を奨勵したのでフリーメーソンを「王の技術」と稱する様になつた。此名稱は今日のフリーメーソンも好んで用ひる。堅固な城や、石橋や、大寺院等、當時に於けるフリーメーソンの遺業として、今日にまで残つて居るものは少なくない。
十七世紀の初、建築術が衰頽するに及んで、フリーメーソン組合も消滅した。唯英國だけ其後も之を存続し、且身分のある素人が組合に入るやうになつて、英國のフリーメーソン組合には、新たなる傾向を生ずるに至つた。「當時毎月行はれたフリーメーソンの儀式に、市民、貴族、學者が参加し、又組合に採用せられるやうに願ひ出て許された。併し之等の人々は職人ではないので、之を擬會員となした」とは、會員リムージン[3]が1908年の佛國フリーメーソン紙アカシアに掲げた、フリーメーソンの歴史中に述べた所である。擬會員の數は、次第に増加した。之等の中にはフリーメーソンの華美な宴會や、組合の秘密に好奇心を感じて惹き付けられたものもあつたが、之等新入者があると、新入者の出費で宴會を設け、又多額の入會金を出させたことも、此種の新入者を歓迎し、従つて其數の増加した原因であつた。かくて後には眞のメーソンより、擬メーソンの方が多い様になつた。1717年に記念すべき變動があつて、本來の職工メーソンは、精神的メーソンとなつた。即ち英國のロッヂ四個が合して、一の大組合を組織し、新たに憲法を制定し、其習慣をも整理した。牧師ジェームス・アンダーソン[4]は、この憲法を起草し、1723年に印刷せられ、今日に至るまでフリーメーソンの爲め重要なものとなつて居る。要するに今日のフリーメーソンは、英國のフリーメーソンから起つたものである。
フリーメーソン結社員たらんと欲するものは、一定の高等教育を経て居つて、少くも満二十四歳なるを要するが、棟梁の子は満十八歳となれば宜いことになつて居る。従來は男子だけを採用したが、近時婦人をも採用する様になつて來た。資産は必ずしも社員たる資格に影響しないが、貧乏人では少なからぬ入會金及會費を支拂ふことが出來ないから入社も難かしい。新に入社するものは、棟梁二人の承認を要する。先づ入社の意思を有するものに對して、綿密なる調査を行ひ、其結果差支ないとなると、履歴書を添えて入社願を出す。入社願に對しては、無記名投票に依つて採否を決定する。
光明探求者（入社志願者を斯く名づけて居る）を採用するには、先づ一定の儀式を行はせられる。即ち志願者は、先づ薄暗い室（之は生前母體内及死後墳墓内の暗黒を象徴せるものである）に導かれる。其處へ社員が出て來て、新入者は裸體で、精神的盲目で、世に生れ出る初生兒に等しいものだと説明する。そこで新入者は衣類を脱ぎ、貴重品を凡て渡さねばならぬ。（昔は字義通りにやつたが、今では單に上衣を脱ぐに止める。）左足に一種の上靴を穿かせられるが、之も今日では餘り行はれない。今日では此結社内でも、餘り芝居染みたことは行はれないが、比較的近時まで行はれた採用の際の儀式に就て、或る社員は次の様に記述して居る。『新入者は眼及手を縛せられて、ロッヂの建物の最上層に導かれ、先づ遺言をさせられる。次に綱を傳つて深い井戸に入らせて、その膽力を試される。』
佛國では、今日でも採用の儀式に變わつたことをやつて居る。即ち新入者は眼かくしをして室に入り、之に對し長い間かゝつて各種の試問をなして、其政治上及宗教上の意見を試験する。此試験の後、眼かくしをしたまゝ種々の障碍物のある處を通過させた後、中央に支點を有する踏板を上らせ、其中央を過ぐるや、踏板を急に前方に傾かせ人は落ちさうになる。此間にも棟梁は、各種の試問を出して、精神力及辯舌を試験する。若し其結果、及第と認められると、眼かくしを取り除き、數人の社員は新入者に短刀を向ける。之は威す爲ではなく、彼が採用されたと云ふ記號で、一は社員が最後の瞬間まで彼を護ると言う誓なのである。獨逸のフリーメーソンにも色々な習慣があつて、結社員中にも之を攻撃する者がある。二十五年間、社員たりし或る獨逸人は、1913年に「一フリーメーソン社員の経験」と題する書中で、彼も亦其際、暗い室に導かれた。彼は夫より以前に之等の話を聞いたが、まさか本當にそんなつまらぬ事が行はれて居るとは信じて居なかつた。彼も先づ目かくしをせられ、他の一人の新入者と共に手を引き合つて歩かせられた。一人の社員は彼等を導きながら、絶えず諸種の注意を與えた。例へば「此處には横木があるから、しつかり身體をかゞめて匍つて（はつて）通れ」其後急に「止れ、此處に戸があるから叩け」と云はれ、其通りやらうとした瞬間、反對に内側から轟然と叩き上げられたので、二人共喫驚して飛び退（すさ）つた。次に子供らしい問答が行はれた。此試験の後、神殿内に導かれ、美しい音楽と、男の唱歌を聞かせられた。其後再び不愉快な火や氷の中の旅行をさせられた。即ち突然鬚を焼かれたり、急に冷水を顔に撒きかけられた。受験者は、其度毎に喫驚して飛び上がつた。其度毎にクスクス笑い聲を聞いた。社員が面白がつて見物して居たものと見える。最後に棟梁の前の椅子に着かせられた。案内の社員が「此處に此名譽ある組合の指導者が居られる」と云つて知らせた。其處で、今後見聞することに就て、秘密を守るべきことを誓ふか、或は否らずんば直に退社すべきことを申渡される。
以上の如き子供騙しの様なことは、一體何を意味するのであらうか、フリーメーソンの著述家ヘンネ・アム・リン[5]は、之れを説明して曰く『組合に入會するのは、新に人生に入ると同様である。人生には岐路多く、得て迷い易い。人が其生涯に於て各種の試験に遭遇する様に、新入會者は、其堅確なる意思を有することを示さねばならぬ。之には階級に應じて、三種の「旅行」方法がある。見習段階では、新入者の接触すべき元素は、火、水、及土である。此深き意義は新入者は光明を求めて、火の中に墜落する。努力する人は屡々感情の火に焼かれて、其身を終る。此際賢き注意を以て、火を制御し、之れをして適度の温度を供給せしむべきである。水中では制御し難き焔も消えるが如く、冷かなる自我心の爲に、人類の幸福を希う神聖なる感激の火炎も打消される。併し賢明なる思慮に依りて、思想に對する冷淡の浪を却くると共に、精神生活に於ける健康と清浄とを圖る爲に、適當に其水力を利用すべきである。富、華美は土中に埋もれてしまふものである。母なる大地は、其中に蒔かれたる種子を成長せしめて、之に花を咲かせ、美しき果實をみのらせるものである。フリーメーソンでは、斯くの如く多くの譬喩を用ひる。そ其意義は、唯體験に依つてのみ會得することが出來ると云ふことであるが、それにも拘はらず、予が此秘密を闡明すべく試みたのは、決して好奇心からでもなく、又フリーメーソンを嘲弄せんが爲でもない。況や名を売る爲では尚更ない。予の本著を敢てする目的は、フリーメーソンの立場とも一致するものである。即ち眞理、光明、智識を求むる希望は、フリーメーソンの目的とする所と同一であらねばならぬ。學問上、眞面目なる目的の爲には、フリーメーソンの習慣も當然研究せらるべきである。學問、文化の前には秘密はない筈である』。
瑞典のフリーメーソンでは、その結社員は入社に方（あた）り、結社に關し絶對的沈黙を守るべき事、自己の社員なることを社員以外に洩さぬ事、上級社員の許可なくして他の秘密結社に入らぬ事、上級社員の命令に絶對的服従を爲すこと等を宣誓せしめられる。其宣誓の最後は『豪末たりとも此誓に背いた場合には、予の首を切り、予の心臓、舌及内臓を摘出して海底に投じ、予の身體は焼いて灰となし、空中に飛散せしめ、斯くて予の身體より何等の遺物なからしめんことを欲す』と云ふにある。（1869年發行フリーメーソン新聞ラトミア記載）。宣誓を終れば、新入者は接吻と握手を以て、兄弟（同結社員）に迎へられて社員となる。是に於て組合の室は明るく照明せられ、結社員は音楽に連れて謳い、新入者に對する挨拶をなし、組合の三個の柱（智及美）の名稱と意義とを説明し、又組合の装飾品、器具等に就ても同じく説明を與へ、又第一階級の記號、言葉、操作、フリーメーソンの服装、徽章、手袋を教へられて、茲に入社の儀式を終るのである。之で新入者は表面上は社員となつたのであるが、フリーメーソンの教義の眞意義、其最後の目的等は、容易に知ることは出來ないのであつて、一部の長となつた者でも一生之を知らずに終る者も少くないのである。フリーメーソンの最古の規則書たる1723年の英國フリーメーソンの憲法書にも、結社の秘密は家族にも洩らすべからざることを規定して居る。以上の如く極度に秘密保持を厳重に要求する所を見ると、フリーメーソンは、フリーメーソン社員自ら云ふが如く、單に公開しない結社ではなくて、全く一の秘密結社ではなかろうかとの疑いを生ずるのは、自然であり、又當然である。
[1] Eugène Félicien Albert, Count Goblet d'Alviella（1846～1925）ウジェーヌ・フェリシアン・アルバート、ゴブレ・ダルヴィエラ伯爵は、ベルギーの弁護士、リベラル上院議員であり、リブレ・ド・ブリュッセル大学の宗教史および学長の教授
[2] ヒラムは、旧約聖書に登場する港湾都市ティルス（現レバノン）の王(在位：紀元前969年 – 936年）。フラムともいわれる。ヒラムはイスラエルに対して友好的で、ダビデ王の王宮建造にあたっては古代から有名だったレバノン杉や木工・石工の職人を派遣した［サムエル記下5:11］。ダビデの後をソロモンが継いだあとも友好関係は続いた。ソロモンがエルサレム神殿建築を行ったときも、ヒラムはソロモンの要請にこたえて大量のレバノン杉と糸杉を供給している。ヒラムは見返りにソロモンから小麦とオリーブ油を受け取った［列王記上5:15-26、歴代誌下2:10-15］。ソロモンとヒラムは共同で海上交易も行っている［列王記上9:26］。また、ヒラムという王と同じ名前の青銅職人がティルスから派遣され、ソロモンの神殿建築に際して青銅工芸の技術によって貢献した［列王記上7:13］。
フリーメイソンの伝説では、青銅職人のヒラムは単なる青銅職人ではなく、エルサレム神殿建築を指揮した親方とされている。
ある時、ヒラム（ヒラム・アビフ）の技の秘密を無理矢理聞き出そうと、3人の職人(ジュベラ、ジュベロ、ジュベルム)がヒラムに迫った。ヒラムは断ったので、3人はヒラムを殺し、遺体を埋めてアカシアの葉で目印を付け、逃亡した。ヒラムの行方不明を聞いたソロモン王が、人をやって捜索させると、地面から出たアカシアの葉から、ヒラムの遺体が発見された。これが証拠となり、3人の下手人は處刑されたという。
フリーメイソンの儀式では、親方階級に昇進する際、志願者をヒラムに見立て、その殺される顛末を疑似体験させるという。しかる後、志願者は親方として“蘇生”するのだという。
[3] Charles Mathieu Limousin（1840～1909）はフランス人のジャーナリスト。
[4] 原典はJakob Anderson（ヤコブ・アンダーソン）で該当人物なし。Dr. James Anderson (c. 1679/1680 – 1739)はスコットランドの作家、長老派教会牧師。アンダーソンはフリーメーソンであり、1721年にイギリスのフリーメーソンの復活に際し、『フリーメーソン憲法』を起草した。（1723年発行）
[5] Otto Henne am Rhyn（1828～1914）オットー・ヘンネ・アム・ラインはスイスの作家。現代スイスの民主主義に影響を与えたジョセフ・アントン・ヘンネの息子でルツェルンの名家の娘エリザベート・アム・ラインと結婚してから名前にアム・ラインを付け足した。
