ドイツ悪玉論の神話097

ヒトラーが、首相に就任してすぐに独逸の共産党を非合法化して、共産主義者を集めてダッハウに拘束した時、これらの共産主義者の大多数が猶太人であることがわかった。これら共産主義者は革命運動に関与し、独逸の國家を弱体化する企ての中で國際猶太の構成分子と同様に、ソヴィエトのコミンテルンと協力していた。独逸人の視点からは、彼らを集めて投獄する事は、良い意味でしかなかった。しかしながら、世界中の猶太人は、ヒステリックにこれを猶太人である事のみが理由の、不當でいわれのない、潔白な猶太人の「迫害」と描いた。

1933年に始まり、猶太人の宣伝工作は、独逸人が猶太人を「殲滅」する意図を持っていると主張した。そして彼らはこの根拠のない、ヒステリックな主張を戦争が始まる直前まで続けた。戦争が進行するようになった後は、宣伝工作は、それが本當であったとしても知りようがないにも拘らず、猶太人が実際に皆殺しにされている、と主張し始めた。猶太人の財務長官ヘンリー・モーゲンソウ・ジュニアと同様にその猶太人共産主義者の副官ハリー・デクスター・ホワイト(ワイス)も二人ともこの主張をした。ルーズベルトの猶太人顧問、バーナード・バルークも主張した。猶太人の宣伝工作の結果、「ナチス」は、欧州の猶太人を全て殲滅している、という噂は、我々自身の國務省がそれらの報告をあざ笑っていたにも拘らず、戦争の間中激しかった。以前の章でも述べたが、「殲滅」の予言は何世紀にも亙って猶太人の文化の一部分なのである。しかし、戦争が終わった時、はたせるかな、これらの同じ猶太人宣伝工作員が、全ての炎上していた推理は、推理通りに実際にずっと起こっていた、と言う主張をしたのだった。彼らの主張を支える如何なる犯罪科学的な証拠も上がらない中、何千人と言う猶太人の「目撃者情報」が、「ナチス」が猶太人を皆殺しした数々の方法について、蒸気による、大量感電による、炉への投げ込み、そして勿論、ガス室で、などを含め、描き、説明しだした。

ホロコースト修正史観論者は、戦争以来、ホロコーストを視野に入れることについて、かなりよくやって来た。猶太人が独逸や欧州で集められて強制収容所、そして「移住」収容所に送られたことは疑いない事だが、多数の猶太人が独逸で戦時中を通して何も支障なく残っていた。これらの集められた猶太人が労働者収容施設で強制労働に従事させられたこと、そしてその状態が猶太人だけでなく、他の全ての収容者にとっても辛いものであったのは疑いない事である。戦争中に多数の猶太人が死んだことも疑いない事であるが、主張される様に600万人にはとても及ばない。しかし、独逸が欧州の全ての猶太人を殲滅する計画にせよ、政策にせよ、を持っていたという証拠は何もない。そして、殺人のガス室の存在についての主張は、全く専門家の調査に耐え得るものではない。

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独逸は、戦争が始まる前にも戦争中にも何回も和平合意を交渉する試みをしているが、その度毎にけんもほろろに拒否されただけであった。1944年と言う遅い時期でさえ、ハインリッヒ・ヒムラーOSS(CIA の前身)のアラン・ダレスと繋がりを作り、スイスを通じて戦争の平和的な終結を交渉しようとした。ダレスは、彼自身、交渉による妥結で戦争を終える試みの方を選んでいたのだが、ルーズベルトチャーチルがどちらも無条件降伏の要求に頑強に固執していた。

独逸は、戦争を望んだわけでもないのに、罠に掛けられ、滅亡の運命にあり、それに対して戦い続けるより他、何もなす術がなかった。大部分の戦争の死者と破壊は、連合國の非人道的な無条件降伏の要求と、そのような無条件降伏に畳みかける様に続く暴虐的なモーゲンソウ計画とに直截帰する。

無条件降伏の要求は、故に、表面上は馬鹿な、非生産的政策に思われるが、それは、独逸國内で起こったすべての死と破壊が、當にルーズベルトチャーチルが望んだことであったことを理解するまでは、の事である。彼らは独逸との平和を望まなかった。彼らは独逸を滅亡させたかった。そしてそれが、國際猶太が望んだことでもあった。

戦争中、800万人以上の独逸人が亡くなったと推定されている。しかし、驚くべきことに更に加えて、1,300万人の独逸人が戦争が終わってから亡くなっているのだ。それは、追放処分、大量殺人、残虐行為、曝露(野ざらし)、飢餓の結果である。それは、戦争の結果、合わせて2,100万人の独逸人の死、となる。戦争中に亡くなった数は、米國英國が、それぞれ、41万3千人、45万人である。600万人の猶太人が「ナチス」の手によって死んだという主張は、明白に馬鹿げている。独逸は、明らかに戦争の眞の被害者だったのである。

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