猶太と世界戰爭(新仮名)25

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第二章 猶太と世界戦争
六、日猶抗争としての日支事変(昭和13年8月5日)続き


三民主義の開祖孫逸仙孫文)がフリイ・メイスン秘密結社員であることは、わが國に於ても、苟(いやしく)もフリイ・メイスン結社に関して多少とも知る限りの人に取っては常識である。併し、いま我々に問題であるのは、彼が単にフリイ・メイスン秘密結社員であることではなくて、彼が如何なるフリイ・メイスン秘密結社に属するかということである。恐らくフリイ・メイスン結社に関する研究の諸先輩に取っては既に明白であったと考えられるが、しかし筆者に取って誠に重大な発見であったのは、独逸の猶太問題研究雑誌「世界闘争」がその一九三五年の九月号に於て、孫逸仙が在上海のブナイ・ブリス秘密結社の高級社員であることを暴露していることである。なお孫逸仙が同時に支那の秘密結社「天地会」の有力会員であったことも、旧オーストリア首都ウィーンで発行された國際フリイ・メイスン結社百科全書に明記されている。ここで特に注目に価するのは、かのブナイ・ブリス秘密結社が本来は猶太人のみのフリイ・メイスン結社であることと、かの天地会なる秘密結社が、古来秘密結社の跳梁(ちょうりょう)甚だしきこと世界にその比なしとまで言われる支那に於てさえも最も優勢にして過激なものであり、その儀礼には西欧のフリイ・メイスン結社と深い類似点があることとである。ここで猶太そのものの歴史を回顧するならば、パレスチナに於ける猶太國の滅亡に当って、その十二支族の幾つかは東方に移り、その後杳(よう)としてその行方を消してしまったと伝えられているのであるが、少なくともその支族の一つ乃至幾つかは支那に入っているであろうと言われている。支那開封には、今なお所謂支那猶太人が明らかに存在しており、筆者の手許にその写真がある許りでなく、本年独逸出版の猶太辞典にも、「支那猶太人」なるものの肖像が掲載されてあるからであって、その服装が全く支那式である許りか、その容貌もまた大体に於て支那人と見えるのである。ここに於て我々は、西欧に於けるフリイ・メイスン結社の伝統が大部分猶太伝統のものであることを考慮に入れ、またかの天地会の伝統がフリイ・メイスン結社に類似することを考慮する時、孫逸仙は人種的にも純支那人でなくて、支那猶太人ではないかという結論に到達するのである。そしてこの大胆にして突飛にも見える結論を肯定してのみ、彼がブナイ・ブリス秘密結社の高級社員であった理由も判明するであろう。否、それのみではなく、この点よりのみ、彼の謀叛と革命とに対する猶太的熱情及びその三民主義の親猶抗日性もまた充分に理解され得るのである。かくて三民主義とは、猶太フリイ・メイスン主義の支那化に外ならないことが理解され得るし、その三民主義が結局今次の日支事変を導き出して来た理由も理解され得るのである。

次に現在の日支事変の当面の責任者である蒋介石は如何であるかというに、彼もまたフリイ・メイスン秘密結社員であることは、わが國に於ては孫逸仙の場合ほどには広く知られていないらしい。併し彼もまた三民主義を奉ずる大部分の征略家と同じくフリイ・メイスン秘密結社員であることは、日支事変以来独逸の猶太人問題研究雑誌が屡々(しばしば)暴露している許りでなく、前にも論及した國際フリイ・メイスン結社百科辞典がそれを証している。即ちそれに依れば、蒋は米國系のフリイ・メイスン秘密結社員であって、マサチューセッツ州に本部を有する在北京パゴータ結社に属するのである。しかしこのパゴータ結社が、孫逸仙の属したブナイ・ブリスの如くに純粋の猶太秘密結社であるか否かは、我々には最早重大な問題ではないのであって、現在に於ける世界のフリイ・メイスン秘密結社が例外なく猶太の支配下にあることを考慮する時、蒋もまた孫の如くに、その行動の根本が猶太フリイ・メイスン結社の綱領に従うものであることは疑う余地はないのである。

しかしここに誠に興味深い事実は、以前より屡々蒋が支那人ではないとなされることである。これは蒋介石が普通の支那人に見られぬ力強さを持って事を処して行くことに対する感嘆の念より生れたものであるらしく、時としては彼が日本人に擬せられることさえもあるのである。この世に広く行われて来た噂は、それが何等の明確な根拠のない噂であるとしても、人間の本能、特に多数の人間の一致した本能なるものが、時としてはあらゆる理性の努力にもまさって事物の実相を把握するものであることを知る者には、この噂が単なる噂以上の意味を何処かに蔵しているのではないかという疑問が生れて来る。この連絡に於て筆者が事変以後になって経験した大きな驚きは、孫逸仙が猶太フリイ・メイスン秘密結社員であることと共に、蒋介石の顔貌のみならずその全体の身のこなし方に至るまでが、近来ソ連に於てその粛清工作の犠牲になった猶太ゲー・ベー・ウーの長官であったヤゴータと全く同一であるということである。筆者は念のためにヤゴータの肖像を多数の人に示したのであるが、一二の例外を除いては、皆その像を蒋であると言うのであった。これを換言すれば、蒋の骨相その他は全く典型的な猶太型であるということである。

この連想は、もし猶太ゲー・ベー・ウーの長官ヤゴータと國民政府の実権者蒋介石との間に以上のような偶然的相似が見られる許りであるとすれば、一顧の価値もないであろう。しかし我々には、例えば焦土戦術、雑軍整理、督戦隊、河川決潰(決壊)等に見られる蒋の残忍性のみならずその藍衣社*統率に見られる蒋の陰謀性をも考慮に入れて考察する時、蒋のやり方の根本的特質が全く本小論の第一節に略述された通りの猶太性に外ならないことが判明するので、ここに彼と殺人鬼ヤゴータとの偶然的相似は、その内面的真実性乃至必然性的根拠を得て来るのである。そして蒋と孫との関係も、この点までを把握する時に於てのみ充分な理解を得るであろう。またこの点を補足してのみ、三民主義ソ連の親近性、日支事変下に於ける蒋政権と支那共産党との共同戦線の真意も理解され得るであろう。実に蒋政権は、その権力獲得の手段としての國民党の名やファシズム的政策の部分的採用にも拘らず、その実質は上述の如き幾重かの意味に於ける猶太戦線であるのである。そしてこの点より蒋政権のねばり強さの謎も解け、また蒋政権に対する世界の猶太世論の支持の謎も解けるのである。日支事変は日猶の抗争であるとの我々の主張は、ここに至ってその最も本質的な意味を明らかにしたであろう。


*藍衣社は、蒋介石直属の国民政府の情報・工作機関。正式名称は三民主義力行社、また中華民族復興社。軍統など特務機関を含めた総称して藍衣社と呼ぶ場合もある。

 

蒋政権の究極の目的は、少なくとも彼の昭和六年の年頭演説以来彼自身によっても明らかに意識されている通りに、第二の世界大戦の誘発にあるのであって、これによって殆ど完成されようとしている猶太フリイ・メイスン結社の世界支配をして、その最後の完成を得せしめようというのである。例えば蒋介石の去る六月一日の対外声明の如きも、多少猶太フリイ・メイスン結社問題を知る人には直ちに察せられる通りに、猶太フリイ・メイスン結社員としての蒋が世界の猶太フリイ・メイスン結社に発した救助信号に過ぎないのである。そしてそれに応じて表面的に立ったのが赤色系猶太フリイ・メイスン秘密結社であって、フランスの西沙島占領及びソ連の張鼓峰占拠等は同一の隠れたる指令の下に連絡してなされている対日行動であるに過ぎない。これに対して猶太フリイ・メイスン結社の裏面的対蒋援助工作が今や何処に如何に運ばれており、また運ばれるであろうかは、いま我々の明らかにするを得ない所であるが、しかしそれが不日(時を経ずして)英米仏等の何等かの形式に依る武器供給及び対支借款を以て始まるであろうことは、我々が今日既に予言し得る所である。(一三・八・五)