猶太と世界戰爭(新仮名)13

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第一章 猶太魂の本質
七、國際猶太秘密力の世界新聞統制(訳補)(昭和14年8月)続き

合衆國の新聞

北米合衆國の新聞界を掌握している大物は、ウィリアム・ランドルフ・ハーストであり、自分のインターナショナル・ニュース・サービス(I・N・S)とユニバーサル・サービスという二大通信社の他にも無数の自社系新聞を支配して、全國発行部数の三分の一を占めている。その残りはアソシエイテッド・プレス(A・P)とユナイテッド・プレス(U・P)が分有している。然し乍らこんなに有力なハーストの如きでも、一度猶太人の顧客達が彼の主要新聞「ニューヨーク・アメリカン」に広告依頼を拒み、ハーストの共産主義排撃とソ連攻撃とを封じようとした時には、止むなくこの新聞を廃刊せざるを得なかった程である。他の新聞王と雖も同様の支配から脱(のが)れ得ない。

例えば一九三九年四月十七日付「ウァールド・プレス・ニュース」の論文で、ラムゼイ・ムイルという人がこの事を言っている。

「理論では新聞は自由であるが、実際ではその自由は金力によって制限されている。」

新聞組織の中央集権、その商業化、公告大衆のセンセーション欲とによる制約等は、合衆國に於ては極端に発達している。或る有力な発行者が一九二九年に七百人程の一流商人を前にして米國新聞を論じたが、その中にはこういう言葉がある。

「新聞が一般的関心の代表者であるようにいう主張は、断然と排撃されねばならない。新聞はそれどころか利得のために毎日発行される印刷物であり、公生活に働きかけて金銭を作ることだけを目指す一つの組織に他ならない。」

ある米國発行人は、個人的には独逸総統ヒットラーを崇拝しているに拘らず、その新聞では総統の悪口をする文章や絵画を平気で載せているので、それを或人が難詰すると、こう言っている。

「私は米國人で、金を儲け、自分と家族を養うために商売をやっている。私が毎年広告料として百万ドルを貰っている人々(多くは猶太系広告主)の御機嫌を取ろうとしたとて、どうしていけないことがあろうか。」

既に一九一三年にジョン・スウィントンは、「アメリカン・プレス・アソシエイション」の総会席上でこう言っている。

米國には、田舎町の小新聞を別にすると、独立自由な新聞というものは存しない。こんな事は誰でも知っているが、誰も敢てそれを口にする勇気はないのである。またもし諸君がこの意見を発表しようとしても、それは印刷して貰えないであろう。我々は精神上の高娼婦である。私は自分が寄稿する新聞から自分自身の意見を撤回するに一週百五十ドル貰っている。諸君もまた同じ風にすれば、その位は貰えるだろう。それでも狂気のあまり自分の意見を無理にも書こうとする人は、間もなく街上に投出されてしまうだろう。ニューヨークの新聞記者たるものは、虚言を吐いて金の神の足下に身を屈する義務を有する。パンのためには國も同胞も売らねばならない。我々は背後に潜む富者の道具であり、臣下である。我々は人形なのだ。彼等が網を引けば我々は躍り出す。我々の時代、我々の才能、我々の生命、我々の能力、これ皆彼ら富者に属している。」

 

言論の自由

スウィントンの指摘している通りが、所謂「言論の自由」の正体である。かくて「言論の自由」はそれを所有していると自称する人々自身の言葉によって正体を暴露されたが、新聞はその成立の当初から今日に至るまで、決して一度も真の自由を所有したことがなかったのであって、自由が最も賛美された時代こそ最も悲惨な時代であり、最も多く金力と権力とによって圧迫され買収された時代であったのである。「言論の自由」とは要するに歴史上最も巧緻な細工を施した偽造概念であり、諸國民の道徳も、政治的良心も、輿論も、このインチキ概念の背後に於て凌辱され、破廉恥極まる商売に悪用されるのである。

新聞は本来から言って諸國民の生活に於ける一つの権力であるから、これは充分に支持されるべきものである。これを愛そうが憎もうがそれは人の勝手であるが、但しどうしても無くては済まされない機関である。前仏國大使ガブリエル・アノトウが言ったように、新聞は「エソップが最善にして最悪のものと言った舌」に他ならない。その最善な点とは、新聞がその真の功績によって獲得した読者の盲目的信頼であって、これは新聞に真実の報道の責任を負わせるものである。またその最悪の点とは、それが偽の「言論の自由」を押しつける無恥である。この言論の自由こそは現代の盗賊達や、戦争扇動者達や、人類の略奪者達がその背後に隠れている仮面である。彼等は一般的利益の公共施設たる新聞を下劣な本能の競争場と化し、「真理よりは虚偽の方が容易に金銭を儲けさせる」という主義を以て輿論を毒している。

ファシズム及びナチズムは今日に於てかかる「言論の自由」を撤廃し、新聞をば、かの虚偽の「自由」から「自由」にしてやったのは、実に精神史上に於ける一大事業であると言わなければならぬ。日本に於ける新聞雑誌統制も端緒についてはいるが、前途は今なお遼遠の感がある。我々は速やかに従来の危険なる「自由」の崇拝から醒めて、真実に真理に立脚する言論出版の國を建設せねばならぬ。

 

新聞と戦争

世界の新聞は今日実際に於て戦争と平和の鍵を手中に握っているのであって、この事は最近数十年の歴史を繙(ひもと)けば直に判明するのである。実に無数の戦争は、かの新聞の作った業であった。弱力な政府が戦争を煽る新聞に容易に屈してしまうことは、かの第二フランス帝國が如実に示している。ビスマルクは一八七〇年に繰返して新聞の強力なること及び新聞の与える損害の大なることを述べている。一八六四年*、一八六六年**、一八七〇年***の三戦役を惹起したのも新聞である。一八九八年から一九〇三年迄続いて合衆國のキューバ島保護統治を以て終を告げた西米(米西)戦争は、明かに米國の二大新聞連盟の競争から起ったのである。一九一二年から十三年に亘る第二バルカン戦役、即ちトルコ征服者相互間の戦争は、もし新聞が絶えず扇動しなかったならば、爆発しなかったであろう。

*1864年戦役:1864年2月1日 – 1864年10月30日:第二次シュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争は、1864年に、デンマークプロイセン王国および関係国の間で戦われた戦争。

**1866年戦役:1866年6月14日 – 8月23日:普墺戦争は、プロイセン王国オーストリア帝国との戦争。当初は、オーストリアを盟主とするドイツ連邦が連邦を脱退したプロイセンに宣戦するという形で開始されたが、その後ドイツ連邦内にもプロイセン側につく領邦が相次ぎ、連邦を二分しての統一主導権争いとなった

***1870年戦役:1870年7月19日 – 1871年5月10日:普仏戦争は、フランス第二帝政期の1870年7月19日に起こり、1871年5月10日まで続いたフランス帝国プロイセン王国の間で行われた戦争。

米國大統領リンカーンは、「筆は剣よりも強し」と言った。かの世界大戦で独逸は武力で負けたのでなくて、結局世界の新聞の虚偽宣伝に敗れたのであって、リンカーンの言葉の真実なることを独逸は身を以て体験したのである。國際新聞界とその背後勢力とが世界大戦を惹起した事は、好個の(こうこの:ちょうどよい)研究材料である。無数の政治家の言葉によってもこの事実は闡明(せんめい:あきらかに)される。連合軍側の筆陣の本部はパリでは「メイゾン・ド・ラ・プレス」、ロンドンでは「クルー・ハウス」にあって、盛んにデマ宣伝を飛ばしたのであった。

アルトゥール・ポンゾンビイはその著「大戦時の虚言」に於て國際デマ宣伝の実情を述べているが、その中から一例を引いて見る。一九一四年にアントワープ市が占領された後に、「ケルン新報」は左の如く報じた。

アントワープの占領が周知となるや、教会の鐘が鳴った。」

所が仏國新聞「ル・マタン」はこの報知を次の如くに受取っている。

「ケルン新聞によれば、アントワープの僧侶達は城塞占領後教会の鐘を打つように強制された。」

更に「タイムス」には翌日になってこう出た。

「ル・マタン紙がケルンから聞いた所によると、アントワープ占領後鐘を打てとの命令を拒んだ僧侶達はその職を追われた。」

それがイタリアの「コリーレ・デラ・セラ」紙にはこう載った。

「タイムス紙がパリを経てケルンから聞いた所によると、アントワープ占領後鐘を打つことを拒んだ憐れなベルギー僧侶達は強制労働を課せられた。」

「ル・マタン」紙は更にこの虚報リレーに結末をつけて、全然のデマを書いている。

「コリーレ・デラ・セラ紙がロンドンを経てケルンから聞知した所によると、アントワープの野蛮な占領者は、教会の鐘を打つ命令を拒んだ憐れなベルギー僧侶達の英雄的行為を罰するため、彼等を生きた鐘鐸として頭を下に鐘に吊り下げた。」

一九三七年十一月二日の「ニュース・クロニクル」で政治的宣伝の問題に触れたカミングスは、戦時デマ宣伝の競争に於ては英國が第一位を占めたと書いている。

またド・マルシァルはその著「良心の動員」中で、平和が危険に陥るのは外交家の手に依るよりも良心のない新聞に依る方が大である、と語っているし、仏國ジャーナリストのウルバン・ゴイエも次のように言っている。

「世界平和は、世界の新聞が金力の奴隷である限り脅かされるであろう。」

英國内務大臣ウィリアム・ジョンソン・ヒックスは、一九二七年十月二十九日に「記者協会」ロンドン支部総会の席上、新聞人に向って語った。

「諸君は内閣の運命を規定する。諸君は政府を作ったり、滅ぼしたりする。諸君は政府を強いて宣戦布告でも平和宣言でも勝手に出さしめる力を有する。それ故にこそ諸君は常に諸君の重大な責任を銘記していなければならない。」

前フランス首相カイヨーも次の如く公言した。

「平和を脅かす危険は新聞にある ――次の戦争は新聞によって布告される。」

 

國際新聞の悪業とユダヤ

このようにして世界平和の真の大敵が新聞であることが解ったが、実際、國際新聞が協同して悪宣伝をするならば、どんなに強固な平和工作も立所に崩れてしまうのであって、その悪業たるや誠に恐るべきものがある。その例としては我々に直接に関係のある日支事変に於ける各國の新聞乃至通信社の悪意に満ちた無責任なデマのことは問題としないとしても、例えばかのスペイン問題に関係して独逸が蒙った悪宣伝の如きも著しいものである。

独逸が如何にも占領の意図を以てモロッコに上陸をなしたかの如く書いたのはパリ新聞の大部分であったし、又英國バスク地方ゲルニカ市で独逸人が大虐殺をやったと悪宣伝をしたが、実はボルシェヴィスト達が故意にあの殺戮を犯して罪を独逸人に稼したに過ぎないのである。それから独逸の飛行機や戦艦が非行を犯したような宣伝も無数にあるが、これもまたボルシェヴィストが意識的に世界を第二の大戦に追い込もうとした手段なのである。それから独墺合併問題に関するデマも相当にひどいものがあり、また独逸はヒットラー総統自身の選抜にかかる特殊訓練修了の男子五百人をロンドンに送って英國の軍備計画を探索しようとしている、という記事さえも新聞によって作られたのである。かような例はいくらあげても際限がないが、然し此処で深く注目すべきことは、これ等のデマ宣伝、悪宣伝の背後には常に、猶太人乃至猶太支配下のフリイ・メイスン秘密結社の手が動いていることである。

世界各國の大都市に所在するモスクワの出店には猶太移民とその買収された記者達が出入して、盛んにナチズムやファシズム打倒のための悪宣伝の指令を受けている。世界新聞界に及ぼす猶太人の影響というものは実に巨大なものであり、彼等が完全に実権を掌握しているソヴィエト新聞では、彼等の思うことで行われないことはないのである。他國の新聞界で猶太人がどれ程の勢力を扶植(ふしょく:拡大する事)しているかを示す一例をあげるとすれば、最近出た一九三七年度ハンガリー新聞年鑑に依れば、ハンガリーの新聞編集者総体の56パーセントが猶太人であると言われる。「言論の自由」を振りかざしている所謂民主主義の國々の事情がこれ以上であることは自明のことである。そして前述した悪宣伝の要素が猶太人が世界新聞に振っている影響力の大小に比例して増減することは言うを俟(ま)たない。

世界猶太王國の政治的中心たるモスクワから新聞の戦争煽動は発火され、それがニューヨーク、ロンドン、パリ等のジャーナリズム的贋造所で見透しのつかぬデマ通信の衣を着せられ、其処から地球上のありとあらゆる電線を伝わって、最後の政治的センセーションとして新聞読者の眼前に拡げられ、わが國土の中へさえも堂々と伝わって来るのである。数日後になって嘘がばれたとて、それが何になろうか。悪宣伝の筆者は何時も背景に隠れているし、取消記事が退屈で面白くない一方では、新しいデマが次々と出て来るので、取消は全く無効である。

かくて政治的虚言は思うままに暴威を振ひ、國民生活と國際関係を毒してしまう。世界の輿論は責任ある政治家の手から滑り落ちて、國民の知らぬ間に恐ろしい結末に國民を追い込んでしまう。目を醒ましたときは、もう後の祭りであることが極めて多い。

 

新聞組織の改革

ヒットラー総統は既に一九三六年五月に全世界に向って声明を発して、世界輿論の無責任なる要素による害毒を先ず十分に除かぬ限り、世界の國際的緊張は決して解消され得ないと言ったが、イタリアの宰相ムッソリーニもまた同様の考えを発表して次の如く言った。

「印刷インクの暴風と濁ったインクの洪水と氾濫こそは、あらゆる平和とあらゆる欧州協同作業の真の敵である。」

猶太勢力の支配下にあると称せられるフランスのアルベール・ルブランでさえも、一九三七年二月九日のパリ共和主義ジャーナリスト大会に於て、言論の自由が利己的憎悪の私情に引廻わされるとき大きな危険を惹起する、と戒めた。

ヒットラー総統は同年正月三十日にも更めてこの問題に触れ、左の如く言った。

「國際的な無責任極まる井戸投毒者及び言論贋造者(捏造者)の群による間断なき煽動を禁遏(きんあつ:禁じて防ぐこと)しない限り、諸國民の真の平和を達成することは不可能である・・・」

然し今日迄世界の民主主義國家は一つとして人類の紙上敵を迎え討つ準備をしていないで、近道である新聞改革の問題には目を向けていまい。それには何よりも先ず猶太人と不潔なる無國籍的な商売人を新聞界から追放しなければならない。新聞に於ても猶太人は、過去に於ては恐るべき癌腫(がんしゅ:癌やはれもの)であったし、現在及び将来に於てもそうである。この癌を除去すれば、其処には真に責任ある「言論の自由」が打ち樹てられるであろうし、真の世界平和も拓(ひら)かれるに至るであろう。安価なる猶太同情論が、我が國に於てさえも、ともすればジャーナリズムその他の方面から出現し易いのは、その直接の原因が奈辺(なへん)にあるかは兎に角として、猶太の新聞界に於ける強力さを意味深く物語るものと考えられる。それ故に以上主として欧米の事情を中心として述べられたことは、決して単に他所事ではないのである。國際資本主義・國際共産主義・國際的秘密結社・國際的言論通信機関・誠に猶太の張り巡らす十重二十重(とえはたえ:何重にもなったさま)の世界支配の網は精緻にして堅固である。幾千年の訓練を経たタルムード的詭辯と虚偽の精神の結実であるとは言え、実に驚嘆すべきものではないか。(一四・八)