世界の猶太人網(ヘンリーフォード著・包荒子解説)19

9. 猶太人の世界支配の歴史的基礎

『吾人は一民族 -一國民なり…若し吾人にして下落すれば革命的無産者となり革命派の下士官たらん。若し吾人にして向上すれば吾人の有する金と言う恐るべき権力も亦向上せん』(テオドル・ヘルツル著「猶太人の國家」五頁、二三頁)

「猶太人」なる言葉の発言の自由

猶太問題及び猶太人の世界的支配綱領に関する言論は、従来米國に於て大いに束縛されて居ったが、本論文の発表されるに及んで初めて解放されるに至り、今日に於ては何等の恐怖も何等の遠慮もなく「猶太人」なる語を極めて真摯に発言し得る様になった。今日迄「猶太人」なる語の使用は、猶太人論客自身の特殊の権利であるかの如く思惟され、加羅等は専ら用意周到而も有利なる宣伝にのみ此の語を使用したものである。彼等はシェイクスピアの作物は猶太人を攻撃したものであるという理由の下に、公立諸学校よりシェイクスピアを排除することも可能であった。又彼等はサージェント(Sargent)の絵画は、猶太教会の没落を描いたものだという理由で、ボストンの図書館から之が撤去を要求することも亦為し得た所であった。然しながら若し非猶太人側から猶太人に関して自覚した様なことを意味することが発表されると、直ぐ様それは偏見であるという非難が八釜しく唱えられるのである。

今此れに対する米國に於ける非猶太人の反抗的実例を挙げて見よう。

或る宴会の席上一辯士が猶太人銀行業者の業務に関する演説をした際「猶太人」なる語を使用したことがある。此の時に客なる一猶太人はすくっと立ち上がって曰く「一体君は一人種を左様な言葉で区別することをアメリカ式だと考えて居るのか」と、辯士は敢然として「然り」答えたので、此の辯士の答えに同意する聴衆は拍手喝采したことがある。此の地方の商人等は、年久しく猶太人と称してはならぬという一種の不文律を守らされて居たものであったが、會々(たまたま)一辯士の思い切った発言によって、大いに留飲を下げたわけである。

シカゴ・トリビューン(Chicago Tribune) 紙は第一面の第一欄中に猶太人の世界支配綱領を公表し、其の表題の「猶太人」なる語を特に肉太に印刷し、且つ此の論文内に此の「猶太人」なる語を他の言葉に代えること其の儘使用した。斯様なことが新聞経営上良作であると同紙が考えようとは、一年前までは何人も予想し得なかった所である。従来新聞等が斯の如き題材に遭遇し「インターナショナル猶太人」なる語が論文中に表われた際には、何時も「財政家」なる言葉に訂正して用いたものである。

シカゴ・トリビューン紙の社説

斯様な訳でシカゴ・トリビューン紙は、1920年6月19日第一面の第一欄に、同新聞紙の特派通信員ジョン・クレイトン(John Clayton)の電報通信を次の様な表題の下に掲載したのであった。「トロツキーは猶太過激派を率い、世界支配権を獲得す、過激主義とは斯の如き企図に対する彼等の一手段にすぎず」と、此の論説の第一節は次の様に書かれてあった。

過激主義と世界革命運動

「最近に禍年間に協商側の各種秘密勤務員及び諜報将校は、此の二つの運動を種々混同して居ったが、近来此の二運動の区別は益々明瞭となり始めた。

曩(さき)にその一端を述べたるが如く、我が米國の諜報勤務も亦之に関して相当顧慮して居るのであるが、政府に対する猶太人の勢力強大なる爲之に関する調査研究は、他の事件の如く十分徹底し得なかったことは想像に難くない所である。吾人はこれ以上の公言は為し得ざるも吾人が猶太人側より得た所に依れば、一時合衆國の司法当局は熱心に此の問題の調査を開始したということである。」

前節の最も着目すべき点は、協商國官側憲により斯かる興味ある事実が二箇年間阻止されたことを示して居ることであって、此の事実は今まで斯の如き事柄は全部ドイツの煽動に因るものなり、と主張する人々の大いに銘記すべきことである。アメリカの思想界に猶太問題が現出するや、猶太人側は直ぐに「これ方(まさ)にドイツの輸入品である、今や反セムの思想はドイツ全土に漲り、新ドイツより勝ち誇れる猶太革命派を一掃したる今日、此の反セムの思潮は、ドイツの敗因を猶太人に転嫁しようとする一奸策に過ぎない」と主張して之に対峙したのである。又アメリカの猶太教宣教師は現今声を揃えて説いて曰く「歴史が証明する如く凡そ大なる戦争の後には、必ず猶太人に対する攻撃が更に行われたものであると。勿論近時の大戦争と言う大戦争の結果は、インターナショナル猶太人の金権と言うものが、如何に戦争実行に作用するものであるかということを諸國民に痛切に感ぜしめて居る。されば斯の如き事実は最早単に偏見と一笑し去る訳には行かない、更に首肯し得る説明を必要とするのである。その他トリビューン紙上の論説が示して居る様に、又総ての事実が証明して居る如くに、猶太問題の関係は決してドイツ國のみに限って居るものではない、又ドイツでは決して最高潮に達しては居ない。此のことについて最も活動したのは正に協商側の各種秘密諸機関である。

ボリシェヴィズムと世界支配権獲得運動との区別

次にトリビューン紙の論文の第二節に於ては、ボリシェヴィズムと猶太人の世界支配権獲得運動との区別を明らかにして居る。

「ボリシェヴィスムの目標とする所は、現存社会の破壊転覆であって、労働者の国際的同胞主義を世界の支配者たらしめんとするにある。第二の運動は新たなる民族を以て新しき支配階級たらしめるにある。英國仏國及び米國の各政府の調査が発見し得た所によれば斯かる第二段の計画の指導的人物は、猶太人の極左傾者と言うことである」此の論説中には更に次の如き断定がある。

共産主義者仲間には右の第二の党の一団も這入って居る、併し第二の党の一団が一個の党として存在して居るのではない。これ等首領にとっては共産主義と言うことが何にも主目的ではなく、そんなことはどうでもいい、唯目的を達さえすればよいのである」と。此の事は彼のカナダジューイッシュ・クロニクル(Jewish Chronicle)が曩に(さきに)報道した所のロード・カステース・パーシ(Lord Custace Perch)卿の意見を世人に想起せしむるものがある、即ちその意見に曰く「猶太人が急進的世界観に拘泥して居るからでもなく又非猶太人のナショナリズム又は非猶太人のデモクラシーに共鳴して之に協同しようとの希望を持って居るからでもない、唯現今の非猶太人の政治組織と言うものを、猶太人が悉く嫌悪して居るからである」

論説中には更に述べて曰く

「彼等の期する所は回教徒の反乱、中欧諸國の英國に対する憎悪、日本のインドに対する企図及び日米両國間の商業上の反目を利用しようとして、常に虎視眈々たるものである」
「世界的革命の各種運動の孰れ(いずれ)もが然るが如く、此の運動も亦主として反アングロサクソン的運動である」
「猶太人の急進的世界運動は殆ど各地に於て其の組織完成するに至った」
「此の猶太過激派運動は、豪末も愛他的考えから出発して居るものではない、単に彼等自己民族の解放を目的とする利己主義の外何物でもないのである」
と、シカゴ・トリビューン紙の論説は以上の如くである。

これ実に驚愕すべき事実であるということを、世人は承認するであろう。若し斯の如き事実が、責任ある著者の筆にならず、単に宣伝者のビラ様のものに印刷されて居ったとすれば、どうであろうか、恐らく一般読者は、これ等の事実を以て単に荒唐無稽の説として放棄し敢て顧みないかもしれない。換言すれば一般読者は自己の生活内に進入し、自己の運命を形成して居る秘密の力を知って居ないのである。併しながらこれが一大新聞紙上に掲せられて居る以上、此の事実は確かに右と異なった印象を世人に与えるのである。トリビューン紙とても亦此の事実を等閑に付せず、1920年6月21日には更に之を「世界的の不幸」と題する社説に依って掲載した。此の社説の目的は第一次の論説を萬一誤解する様なものがあれば、之に対して其の誤解を解こうとするにあった様である。曰く
「本運動中に包蔵する猶太人の心意は、新に民族支配を獲得しようとするものである」とトリビューン紙はさらに付言して曰く

「一方英米以外の國々の猶太人達が、概して自然的の理由からこの世界的不幸に協力しているに反し、英國及び合衆國の猶太人達は、善良なる愛國者にして且つ國民精神の支持者である」と。

若し是が事実とすれば、誠に結構なことである。但し千人の猶太人中十人に対しては、個人として此の言は適当であろう。然し各國諸政府を操縦し、彼の六か年に亘る悲劇的時期の間、ある種の態度を以て、世界的事務に従事して居った所のインターナショナルの分子に対しては、斯の言は決して至当ではない。これ等のインターナショナルの分子が、如何なる態度をとって居ったかということについては、軈て(やがて)明瞭にしなければならない問題である。

世界支配権建設運動の結果

今茲に猶太人の世界支配権建設運動が、非猶太人及び猶太人両者に及ぼした結果の反対性と類似性とを考究するも強ち(あながち)無益なことでもあるまい。猶太論者は斯の如き結果を最初一概に否定して曰く「総てこれ虚構である総て間違いである、総ては猶太の敵が扇動したものであって、憎悪と惨虐行為とに油を注がんとたくらんだものである」と、然れども実証が逐次集積するに従い、これら論者の主張は漸次に変化するに至った。即ち「よし、兎に角彼等の主張を眞實だとするも、哀れなる虐げられた猶太人、苦悩の爲殆ど狂せんばかりになった猶太人が彼等の敵を屠り(ほふり)之を征服し、自ら國家権力の首位を占めようとするに何の不思議があろうか」と唱えるに至った。

現存する事実に直面する時、非猶太人側は恐らく次の様に言うであろう「勿論のことである、併しこれは露国の猶太人だ。我々には毫も関係はない、アメリカの猶太人は誠に幸福である。彼等は一度も斯の如きものに魅せられたことはない」と。非猶太人にして今一歩深刻に事情に通じたならば、必ずや一種の世界的破壊運動及び米國を震動した一勢力の存在して居ることを認め、且つ此の運動の指導者は実に革命的猶太人であることを、承認せざるを得ないであろう、そして更に一歩を進める時は、此の運動がその起源、煽動、実行及び目的に於て、明らかに猶太人式のものであると断ずるか、若しくはこの運動は疑いもなく「一つの世界運動」であって、唯猶太人式のものであるという理論に到達するかの二つであろう。結局猶太人及び非猶太人が共に認める所は上記の運動に伴う或る物が、実際存在して居るということである。一例を挙げればクリスチャン・サイエンス・モニター(Christian Science Monitor) 紙は、一つの標準新聞としてその主張は何人も疑わざる所であるが、該紙は本問題に関する社説に述べて曰く「若し猶太禍なるものは存在するものでないと結論するが如きことあらば、これ誠に不幸なる誤りと謂わねばならない。猶太禍に他の名称を付すならば、世人は猶太禍を旧約聖書より選んで「夜の恐怖」とも称するを得よう、何となれば意識してか無意識でか知らないが兎に角、ニルス教授が所謂讃美歌作者の精神的悪魔の力と称するものと同一の概念を有して居るからである。換言すれば秘密のインターナショナル政治組織が存在するということは、苟もこの標準紙を読んだものに取って疑いのないことである。そして此の組織は絶えず心理的事務室を介して仕事を為して居って、人は当然目醒めるべきなのに尚且つ深き眠りに横たわって居る」と。

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