世界の猶太人網(ヘンリーフォード著・包荒子解説)06

政府の頭上に策動する猶太人

右の如く猶太人が一方には多数の國民の脚下に作用して居ったが、又一方には更に高級猶太人は政府の頭上に策動して居ったのである。即ちベートマン(Bethmann)政府の顧問の顔触れは、次の様な猶太人達であった。即ち大海運業者猶太人バリン(Ballin)、汎猶太新聞の同人である所のベリーネル・ターゲブラット(Berliner Tageblatt)のテオドル・ウォルフ(Theodor Wolf)、独逸銀行頭取にして猶太人大銀行家スパイエル(Speyer)と姻戚関係にあったフォン・ゲヴィンネル(Von Gevinner)それから猶太人の工業及び財政上の諸企業団体の統率者であるラーテナウ(Rathenau)などであって、これら猶太巨頭が政府要路を擁して政府勢力を振って居ったことは、恰ど(ちょうど)他の猶太人が國民に対して居ったと同様であった。

富裕銀行と貧乏猶太人

富裕なる独逸猶太人は其の擁する財的勢力によって、自己の欲する儘に経済生活の各方面に亘り、社會的の地位を獲得することが出来た、是れ経済生活の各方面には、独逸の支配階級が直接関係して居ったからである。然らば貧困なる猶太人は、如何にして自己の欲求を貫徹したろうか、そもそも全猶太人にはこれを一貫する一つの衝動ともいうべきものがある。此の衝動は実に彼等猶太人の血液中に存在するものであって、即ちそれは支配権を掌握しようとする希望である。此の希望は貧富の別なく悉くの猶太人を鼓舞激励する所の共通要素であるのだ。猶太人の富裕階級が独逸上流を侵蝕したのは其の金力に依ったのであるが、貧困なる猶太人の民衆侵蝕は、金力に依ることが出来ないから、唯彼等が擾乱に乗じて掴み取ったものを用いるほか途がない、而も彼等が独逸國民の大部を征服したことについては探求するの必要がある。

右傾猶太人と左傾猶太人

抑々猶太人は決して無政府主義者ではない、又決して破壊主義者でもない。併しながら猶太人は世界的過激派であって、独逸に於ては卓越した革命家である。猶太人の無政府主義は決して純真のものではなく、彼等に取ってはある一定の目的を貫徹するための一手段に過ぎない。又富裕猶太人は、決して無政府主義者たることはない、何となれば彼らは金力と言う頗る巧妙な手段によって目的を達成し得るからである。けれども貧乏な猶太人に至っては、何等の資材をも持って居ないのであるから無政府主義を方便として使用するのだ。茲に於て吾人は左右両極端の猶太人同志の間に抗争が起りはすまいか、と思うが決してそうではない。富裕猶太人と貧困猶太人は、長く相共同提携して進み、互いに同民族であるという感情の絆は、決して両者の間を引き裂くことはない。何故かなれば、若し無政府主義が成功すれば貧困猶太人は、富裕猶太人と相並んで地位を得るべく、又若し無政府主義が失敗すれば、貧困猶太人は現状を維持するだけであるが、其の代わり富裕猶太人には少なくとも活動し得る新舞台が展開される見込みがあるからである。

独逸の貧困猶太人達は、独逸人という柵でとりまかれ、その柵内に閉じ込められて居ったから、柵外に出る為には、これを破壊するより外に致し方がなかった。ロシアに於ても同様である。社會秩序が厳存する限り、猶太人は或る位置内に閉じ込められて居って、自由の境涯にはなれなかった。是は従来の経験上斯うしておくのが一番國の爲に無難で、猶太人から禍害を受けることが一番軽くて済んだからであった。其れはちょうど人体内に外界から一異物が侵入して来た時、人体の作用は自然に此の異物を包囲してしまうと同じような関係に、猶太人と諸國みんとはなって居ったのである。然るに近世に至って猶太人は此の國民の柵を破壊し、國民と言う一つの大きな建物を瓦解させ、斯くて発生した暗黒と混乱に乗じて従来燃望し来った地位を獲得するの手段方法を案出するに至ったのである。露國が崩壊した時、其時先ず現われた人物は何人であろうか、猶太人ケレンスキーである。けれど猶太人ケレンスキーの諸計画は過激政府ではなかった。従って彼は失脚し次いでトロツキーが権を握った、彼も矢張り猶太人である。トロツキーアメリカの社會組織が頗る堅固で、到底破壊し得ないものであると認めたから、先ず最も薄弱なる露國を突破して之を自家薬籠中のものと為し、是より漸次全世界を席捲しようという意思を有して居たのである。露國の各委員は殆ど皆猶太人である。露國の革命当時の状態を叙述した人々は、露國は混乱状態にあったと述べて居るのが通常である、或いはそうかも知れない。併し露國の猶太人政府に対する評としては決して当たって居ない、露國猶太人は、其の猶太政府を根拠として少しも紊(みだ)れず、正々堂々の陣容を整えて進み、其の狀は宛然(えんぜん、そっくりそのまま)予定の方針に基づき人為的に造った擾乱に乗じて、着々転覆作業を進捗せしめたと見るべきものである。独逸に於ても全然露國と其軌を一にした。貧困猶太人達は自己の野心を満たさんが為、独逸人の鉄柵を破壊しようと努力したのである。一度破口が造られるや、彼等は破竹の勢いを以て之に突入し、斯くて國民を支配する主要なる位置は悉く彼等の占有する所となったのである。

此のことは猶太人が、何故に下肺運動に其の力を注ぐのか、ということを説明するものである。合衆國に於て青年猶太人等が一つの思想宣伝に努力して居ることは周知の事実なるが、この思想の具体化は即ち合衆國の滅亡を意味するものなのである。彼等の攻撃の目標は勿論「資本主義」なる語で表されて居るが、併し此の資本主義は猶太人以外のものを意味し、其の真の目的とする所は、現今の「非猶太人」による世界支配の転覆にあるのである。抑々実際の資本主義者、即ち資本を擁して居る資本家と言うのは猶太人である、故に猶太人が資本主義の殲滅を欲するとは、どうしても首肯し得ぬ所であって、実に彼等は資本の独裁的支配を為さんことを欲し、既に遠き昔より其の希望に向かい着々として功を奏しつつあるのである。

プロレタリアの独裁

独逸竝(ならび)に露國に於て知りうるが如く、吾人は富裕猶太人と貧困猶太人との間には、方法に自ら差異あることを認めねばならない、すなわち一つは政府に向かい他の一つは國民の気分に向かっているものである、併しながら両者共其の手段は同一の目的に向かって集中されているのである。猶太人の下層階級が使用する手段は、唯圧迫を排除しようという目的に向かって努力して居るのみでない、更に支配権をも奪取しようと企てて居るものである。即ち彼ら下層階級の方法の本体は、権勢を得ようとの意思達成にあるのである。即ち独逸人が深くこの点を洞察するときは「革命は権勢を得ようとする猶太人の意志の表現なり」と断ずるを得よう。社會主義者、民主主義者、自由主義者の如き各派の人々も、実は此の猶太人の意志表現の道具たるに過ぎないのだ、所謂「プロレタリアの独裁」は事実上猶太人の独裁でなくして何であろう。

第二線に退却

扨而(さて、)独逸人はスラブ民族の様な茫然たる民族ではない、眼前に猶太勢力の横暴を見るや、茲に俄然として覚醒し、熾烈なる敵愾心を以て猶太人の画策に対し、疾風迅雷的に反抗運動を開始するに至った。其の結果猶太人間には「第二線に退却」という標語が発せられるに至り、國民と直接触接する職務に居った猶太人は悉く袂を連ねて其の職を辞するに至った。併しながら此れに依って猶太人が、権勢を得ようとの意思を抛棄(放棄)したものと見るべきではない、独逸の将来は如何になり行くかということは到底逆睹(ぎゃくと、予測)すべからざるものがある。併しながら独逸人が其の将来に対し善処しつつあることは疑いなき所である。既に露國は猶太人の予定の如く既に全く転覆されて、その震動は全地球を震駭[1](しんがい)しつつあるのである。

今生粋の独逸人及び露國人の猶太問題に関する意見を総括して、之を約言すれば次の如くである。

汎猶太國

猶太人は世界中で最も緊密なる組織を有する一勢力であって、彼等は一國家を形成し、その猶太勢力の厳粛なる組織は、到底英國の所謂世界的國家等の及ぶ所ではない。彼等國民は其の居住地の何處なるを問わず、又貧富の如何を問わず悉く猶太國に対し不変の忠実を以て服従して居ると。

この世界各國に跨る猶太國家を独逸では「汎猶太國」と称して居る。そして汎猶太國の國是遂行の手段は「資本主義」と「新聞主義」即ち金と宣伝である。

世界各國の中「汎猶太國」のみが世界政府を有する唯一の國家であって、他の総ての諸國は単に自國民に対して支配権を行使し得、且つ行使しようと欲するものばかりである。

汎猶太國の主なる事業は「ジャーナリズム」である、近世猶太人の技術的、科学的及び文学的事業の悉くは、徹頭徹尾ジャーナリズムの性質を持って居るものである。是は猶太人が多人種の思想を受け容れる驚くべき天才に起因して居るのであるが、資本及びジャーナリズムは相結合して新聞となって現われ、今や新聞は彼等が支配権獲得の方法手段となって居るのである。

それで此の汎猶太國の管理行政は、実に驚くほど組織だったもので、パリは嘗て其の第一の國都であったが、今では第三番目の位置に下がってしまった。大戦前にはロンドンが汎猶太國の第一の首府で、紐育(ニューヨーク)は第二の都であった。併し大勢が米國に向かって居るから将来はニューヨークがロンドンに代わって第一の首府となるだろう。

汎猶太國は國民はあるが固有の國土がない、従って陸海軍の常備軍を維持する訳には行かないから、他の國家をして汎猶太國の爲に陸海軍を維持せしめて居る。即ち汎猶太國の海軍とは英海軍のことである。事苟も会場の通商上に関しては、英國海軍は猶太の世界支配権を他の侵略に対して保護し、其の代わりに汎猶太國は英國に対して、その政策及び領土上の支配権が阻止されない様に保証して居る。彼のパレスチナを汎猶太國が英國の統治下に委ねたのも自然のことである。又汎猶太國の陸軍が存在して居った所(如何なる國の軍服を纏って居たにしろ汎猶太國のの陸軍と見做すべきものがある)に於ては、此の陸軍は通常英國海軍と提携して活動して居ったのである。

汎猶太國は世界各地の行政権を喜んで其の國々の政府に委ねて居るが、その要求する所は単に之等諸政府の上に及ぼす管理調節権だけである。猶太人は非猶太人の世界が、各國民に永久に分割されて居ても、そんなことは毫も意に介して居ない。寧ろ喜んで居る。又猶太人自身は他の國民の中に吸収され、之と同化してしまう様なことは決してない、猶太人はそれ自身一國民である、過去に於ても常にそうであったが、将来に於ても亦常にそうであろう。

汎猶太國が、他の國民と争うのは、他國民が一國の工業的及び財政的利益を自己の勢力下に置こうとして、之を猶太人の手から奪おうとする時のみであって、この時こそは猶太人は敢然起ってその國と争うのである。汎猶太國は戦争を惹き起こすことも出来れば、又平和を作ることも出来る。又頗る頑強な場合にはAnarchy 無政府主義を勃発させることも出来れば、秩序を恢復することも出来るのである。実に猶太人は人類の神経と腱とを意の儘に操縦して、汎猶太國の國策遂行を促進せしむる如くするものである。

汎猶太國は世界の通信の本源を制して居る。従って汎猶太國は世界輿論を自己が次に行おうとする計画に有利なる如く準備し得るのである。汎猶太の此の通信の作為法と人心を誘導して自己の一定目的に対して都合の良いものにする方法は、吾人の大いに注意研究すべき点である。併し若し有力な猶太人の行為を探り、其の手を摘発暴露するものあれば、直に「迫害」の叫び大となり、世界の全新聞は一斉にこれを攻撃するのが常である。而も其の迫害の真原因(例えば猶太人の非猶太人に対する財的圧迫)は決して世界公衆に徹底することはない。

汎猶太國は其の副政府をロンドン及びニューヨークに置いて居る。彼は既に独逸に復讐した、今は他の諸國民の征服の為に歩を進めつつある。英國は既に其の魔手に苦しむ事久しい。露國は最早、問題ではない、合衆國は全人種に対して善良なる寛容性を有して居る國であるが、併し今や汎猶太國にとって有望な戦場となって居る。活動の舞台は転々と移り変わって居るが、猶太人は数百年を通じ依然たる猶太人である。

 

[1] 驚き、震え上がること。