ドイツ悪玉論の神話094

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猶太人の教授、フレデリックリンデマン -空からの爆撃で独逸の民間人を大量殺人したリンデマン計画の著者は、また「モーゲンソウ計画」の熱心な支持者でもあった。「モーゲンソウ計画」は、戦後に独逸の産業をバラバラにして独逸を中世の農民社会に引き戻そうとする計画だった。モーゲンソウは、自分の日記(ページ11)に次の様に書いている。「独逸は三十年戦争の間にそこで起こった様に、荒廃地に変えなければならない。」モーゲンソウは、ルーズベルトの財務長官で、親しい友人でルーズベルトの顧問であった。彼もまた猶太人であった。

モーゲンソウの財務次官補は、共産主義者猶太人、ハリー・デクスター・ホワイト(ワイス)であった。モーゲンソウ計画を下書きしたのは実際にはこのホワイトであった。ジョン・T・フリンによると、その著書「ルーズベルト神話1948、1956年改訂」の中でホワイトは、ソヴィエト連邦のスパイでソヴィエトへの最高機密情報の提供者として働いた。(これは、本當であることがペレストロイカ後にソヴィエト連邦の公文書への閲覧手段が得られて証明されている。)フリンによると、ソヴィエト連邦に完全に忠実であった共産主義者は、ルーズベルト政権のあらゆる省庁で重要な職務に就いており、彼らの殆ど全てが猶太人で、あらゆる機密情報が即座にソヴィエトに手渡されていた。彼らはまた、スターリンから直接命令を受けた。ソヴィエトの猶太人スパイの一人であったネイサン・シルバーマスターは、農務省で働いていたが、ルーズベルトに指名されて、経済福祉委員の近東局長となった。彼は、ソヴィエトのスパイ機関「シルバーマスター集団」を形作り、それは、ルーズベルト政権内の高級官僚で構成されて、ハリー・デクスター・ホワイトも含まれていた。(シルバーマスター集団には、ネイサン・シルバーマスター、その妻ヘレン、ソロモン・アドラー(Schlomer Adler)、ノーマン・バースラー(Norman Bursler)、フランク・コー、ベラ・ゴールド(Bela Gold)、ソニア・スタインマン・ゴールド、ロークリン・カリー、アーヴィング・カプラン、ジョージ・シルバーマン、ウィリアム・ウルマン、アナトレ・ボルコフ、ハリー・デクスター・ホワイト-すべて猶太人で全て共産主義者、そして全てルーズベルト政権内で高級官僚であった。)ホワイトは、政府の殆どの機密情報に無制限で入ることが出来た。「秘密役務」は財務省の一局で、財務次官補としてホワイトは完全な内部情報を持ち、それをソヴィエト連邦を支配している猶太人にせっせと送った。ハリー・デクスター・ホワイトの個人秘書は共産主義者猶太人女性、ソニア・ゴールドで、ネイサン・シルバーマスターによってあてがわれた。

1944年の春、フリンによると、ワシントンのシルバーマスター集団は、クレムリンから降伏後の独逸の計画についての指令を受け取った。指令は明白であった。独逸の工業國としての能力を破壊せよ、そして、独逸を単なる農業國のレベルに落ちぶれさせよ。シルバーマスター集団は、これらの指令を施行するためにハリー・デクスター・ホワイトに渡した。ホワイトはモーゲンソウとの関係があったのでその役目を与えられ、そしてそれはモーゲンソウとルーズベルトの関係があったからであった。ホワイトは、一刻も早く動き出し、悪名高いモーゲンソウ計画を作った。

モーゲンソウ計画は、独逸を小さな独立した國家に分割して、その部分部分をロシアとポーランドも含む他の國々に帰属させることを求めた。ザール地方、ルール地方、上シレジア地方などを含む独逸の産業の中心は、國際化するか若しくは隣接する國に併合する、とした。全ての独逸の産業施設は、解体してソヴィエト連邦に輸送する。持って行けないものは、破壊する。鉱山は、水を満たして破壊する。計画は、独逸の人々を戦勝連合國の利益の為に強制的に奴隷労働隊にすることを求めた。独逸は、完全に工業化した國だ。モーゲンソウ計画は、結果として明らかに独逸に数百万の餓死者を出したであろう。勿論それを彼らはよくわかっていて意図したのであった。

ルーズベルトが1944年9月12日にチャーチル首相に会うためにケベック会議に発った時、彼は、外交手続きに必要なハル國務長官もスティムソン陸軍長官も同行させずに、財務長官ヘンリー・モーゲンソウ・ジュニアと財務次官補ハリー・デクスター・ホワイトだけを同行させた。ルーズベルトは既にモーゲンソウ計画の予知があって、ハルとスティムソンは頑強に反対するだろうと解っていた為、彼らを連れてこなかったのである。会議ではモーゲンソウとホワイトがホワイトの作り上げた計画を提示した。

チャーチルは、計画を提示されたとき、怒りと憤慨を以て反応し、また、外務大臣のアンソニー・エデンも同様だった。しかし、最後になってチャーチルは計画に同意した。その後に発覚したのは、モーゲンソウがレンド-リース法による65億ドルをチャーチルに申し出た。チャーチルはそれを拒否する立場には居なかった。英國は、破産しており、何が何でもその金が欲しかったのである。そこで、お金と交換で反対意見を引っ込め、計画は連合國の基本政策となった。

この計画の最後の段落は、米國英國の軍隊が独逸の降伏後、独逸からできるだけ早く撤退し、独逸をソヴィエト連邦支配下に置くことを求めている。ルーズベルトがワシントンに帰った時、彼はこの重要な合意に関して何も発表せず、ハルにもスティムソンにも伝えなかった。彼らは、モーゲンソウ計画が採択されたことを何日か後で新聞で知っただけだった。彼らはまた、チャーチルが計画への反対意見を撤回する見返りに65億ドルを得ることになる事も読んだ。二人は、計画を「盲目的復讐」と呼び、二人ともそれに激怒した。彼らがそれについてルーズベルトに向かって意見した時、ルーズベルトは最初は否定した。しかしながら、それは米國の、そして連合國の政策となった。

モーゲンソウ計画は、実際にはロシアの計画であった。クレムリン米國政府内の自身のスパイに命令を発し、クレムリンの仕様通りに計画を練ったハリー・デクスター・ホワイトが、それをヘンリー・モーゲンソウ・ジュニアに手渡し、モーゲンソウはそれを病気で衰弱したルーズベルトに提示し、ルーズベルトがそれを米國の政策にした。チャーチルは、賄賂で従った。猶太人が再び勝ったのだ!ソヴィエト連邦を支配した猶太人はルーズベルト政権を支配した猶太人と努力の成果を組み合わせて、英國の猶太人フレデリックリンデマンが熱烈に歓迎した、彼ら猶太人の敵、「ナチス」独逸を完全に、永久に破壊する計画を作成したのであった。ソヴィエトに居ようと、米國に居ようと、英國に居ようと、國際猶太は、独逸の人々に病的な憎しみを持ち、焼けるような復讐の欲望を抱いていた。彼らは各自が代表する國の利益ではなく、世界の猶太の目的を達成するために、努力の成果を組み合わせた。今や、彼らは自分たちが憎しむ独逸人に復讐できるのだ。独逸は、勿論、モーゲンソウ計画の複写を手に入れ、その計画は、完全な破壊であり、そこから彼らは戦い続ける以外には選択がないことを悟ったのである。

1943年1月、ウィンストン・チャーチル首相とフランクリン・D・ルーズベルト大統領は、カサブランカ会議で知られる、モロッコカサブランカの町で会談した。ヨシフ・スターリンは出席しなかった。カサブランカ会議で出て来た最も注目される進展は、連合國の政策として、ルーズベルトの「無条件降伏」宣言であった。ルーズベルトチャーチルは、更にこの会議で独逸の都市の戦略爆撃を増進する決断もした。無条件降伏と言う要求に直面し、その後に破壊的殺人的モーゲンソウ計画に従属する事になれば、独逸には二つの選択肢しかなかった。戦って破壊されるか、それとも降伏して破壊されるか。戦い続ける事の方がより名誉ある道であろうと思われた。

最終的に、手加減した改訂版のモーゲンソウ計画、統合参謀本部1067、または、JCS-1067 が連合國の占領政策となった。JCS-1067 は、ほんの少しだけ最初の計画から軽くなっただけだった。

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