ドイツ悪玉論の神話084

英仏のベルギー防衛計画は、アントワープリエージュの間の要塞の列に留まる事であった。これらの要塞が既に侵攻の第一日目に独逸の空挺部隊によって攻略されていたことに気づかず、英仏の軍隊は、5月13日に自分たちが攻撃されている事に気づいた。同時に、連合國の完全な意表をついて、第二の南の独逸軍がアルデンヌの森から現れた。続く二、三日に亙って、連合國の主力部隊は、二つの独逸部隊の間に挟まれ、パリを守ることも、独逸軍の英仏海峡への進軍を止める事も出来ず。閉じ込められた。その時、南からの独逸軍が仏英両軍の間に動いたため、連合軍は分散し、そして更に弱体化した。連合國のベルギー防衛は、疑う余地のない災難となった。

 

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アルデンヌの森から現れた独逸軍戦車


フランスの主力部隊が独逸軍の二つの部隊の間で立ち往生する一方で、英國の遠征軍はフランスの港町ダンケルク付近の海岸まで出た。20万人の英軍と14万人の仏軍、合わせて34万人がダンケルクの海岸で、迫りくる独逸軍にとっては格好の標的として立ち往生していた。

英國遠征隊が海を背に追い詰められ、仏軍と再合流できる見込みもなく、英政府は、遠征隊を撤退させることを決定した。撤退は、ダイナモ作戦と呼ばれ、1940年5月27日に始まり、作戦完了にたっぷり一週間かかった。民間と軍の船、合わせて800艘以上を投入し、独逸空軍の絶え間ない攻撃の中、34万人すべての将兵英仏海峡を渡って英國の地に送り戻した。ダンケルクの撤退は、英國の歴史上、最も英雄的な出来事の一つとして伝わって来た。少なくともこれが公式な話となっている。しかし、実際の話は、幾分異なっている。

 

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ダンケルクの海岸で立ち往生する英仏軍の部隊


眞實の話は、独逸機甲部隊がさっと降りて来てダンケルクの海岸で守りようもなく立ち往生している英國の全軍の塊を滅ぼすか、捕虜にすることが出来たまさにその時に、アドルフ・ヒトラーが、独逸軍機甲部隊を止めたのだった。もしそうしていたなら、英國はそれから後、独逸の侵攻に対して無防備となり、西部戦線の第二次大戦は終わっていただろう。

しかし、ヒトラー英國陸軍を滅ぼしたくなかった。彼は、ただ、英國との和平と友好を望んだのだった。1948年に発行され、フランス侵攻とダンケルクの出来事を取り扱った「丘の向こう側(Other side of the Hill)」の中で、英國の軍事歴史家、ベイジル・リデル=ハート卿は、ヒトラーの停止命令を懸念した独逸のフォン・ブルーメントリット将軍の言葉を引用している。

「彼(ヒトラー)は、大英帝國、その存在の必要性と世界に英國がもたらした文明への尊敬を込めて話し、我々を驚かせた。彼は、肩をすくめて、その帝國の建設は、度々苛酷な手段により成し遂げられたものだが、「かんな掛けをすれば、削りくずは飛ぶ」ものだ。彼は、どちらも世界の安定に重要な要素である、と言って、大英帝國をカトリック教会に擬えた。彼は、自分が英國に望むことは、大陸における独逸の立場を英國は認めてくれるべきで、それだけだ、と言った。独逸の植民地の返還は望ましいが、重要ではないし、英國がどこかで困難に巻き込まれた場合、英國を軍事支援する申し出さえ、するだろう。」

ダンケルクの奇跡」は実のところ、途方もない英國への和平提案だったのである。

ルー・キルツァーは、著書「チャーチルの欺瞞(Churchill's Deception)1994」の中でヒトラーを引用している。「英國人一人一人の血は流すには尊すぎる。我々二つの國民は人種的にそして伝統的に同族である。譬え我々の将軍たちがそれを理解することが出来なくても、それが、私の目的であり、これまでもずっとそうであった。」-アドルフ・ヒトラー

キルツァーによると、ヒトラー英國に和平の説得を試みた。ヒトラーは、英國との和平の交換条件として、フランスから撤退し、低地帯から退却し、ノルウェーデンマークから退却し、ポーランドの大部分も放棄する事すら提案した。ヒトラーは、ボルシェヴィキのロシアと戦うために英國との同盟を望んだ。

英國の歴史家、デイヴィッド・アーヴィングは、その著書「ヒトラーの戦争」の中で、著名な探検家でヒトラーを知っていたスヴェン・ヘディンを次のように引用している。「ヒトラーは、何度も何度も英國に和平と友好の手を差し伸べた、と感じた。そして、その度に、お返しに彼の名誉尊厳を損ねた。」ヘディンによると、ヒトラーは、「大英帝國の生き残りは我々独逸の利益でもある。何故なら、英國がインドを失っても我々は何も得るものはないからだ。」と言った。

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