ドイツ悪玉論の神話050

長いナイフの夜

第三帝國(ライヒ)初期のヒトラーの命運の最大の脅威は、突撃隊、國家社会主義党の中でエルンスト・レームが率いる約350万人を擁する巨大で強力な組織によってもたらされた。突撃隊は、ヒトラーを権力の座に就けるのに最も功があったが、権力の座に就くと変化した。ヒトラーが成功裡に計画を実行するには、その時は産業と軍部の指導者の支持が必要だった。独逸の一般の職員は突撃隊を軽蔑し、酷く憎んでいた。ヒトラーに財政援助した産業界の人も突撃隊を毛嫌いし、危険なならず者集団と観ていた。レームは、彼自身を司令官として独逸陸軍を突撃隊に吸収することについて軽率な発言をして、自身の立場を一層悪くしてしまった。突撃隊は、陸軍よりずっと大きかった。これは、更に一般軍人の神経を逆なでした。

レームを含む突撃隊の指導者の中には、彼らの社会主義的、反資本主義的感情をずけずけと言い放った者が居た。しかしそのような事はヒトラーも産業界も陸軍も認めていなかった。突撃隊褐色シャツは、更に、ギャングの様な、悪党の様な振舞ゆえに一般的な独逸市民の間でかなり不人気だった。レームによる軽率で、ヒトラー個人についての批判的で皮肉な評が同様に出て来た。レームは、「糸の切れた凧」の様に見られ始め、その忠誠心はもはや信頼できなくなり、その存在はヒトラーの地位に脅威となる可能性すらあった。フォン・ブロンベルク将軍とパウル・フォン・ヒンデンブルク大統領は、ヒトラーにレームと突撃隊に関して何とかする様に、さもないと最早支持できない、と助言した。産業界も彼に同じことを伝えた。ヘルマン・ゲーリングもハインリッヒ・ヒムラーもどちらも既にヒトラーに、レームによる反ヒトラーの叛乱を警告していた。ヒトラーは遂にレームと突撃隊に対して行動を起こす決心をした。

ヒトラーは、突撃隊の指導者全員にバート・ウィーゼの町にあるハンゼルバウアーホテルでの会議に出席する様に命令するところから始めた。何の会議であるかの説明はなかった。その間にゲーリングヒムラーは突撃隊以外の排除したい政敵の名簿を同時に作成した。1934年6月29日、親衛隊を伴ってヒトラーは、バート・ウィーゼに到着し、そこで彼は個人的にエルンスト・レームを逮捕した。その後の24時間で200人の他の突撃隊将校がバート・ウィーゼに向かう途中で逮捕された。拘束されると即刻銃殺される者もいたが、更なる考慮の為に拘留される者もいた。ヒトラーは個人的にレームが好きで、これまでの國家社会主義運動への奉仕に鑑みて赦免する事に決めていたが、ゲーリングヒムラーも反対し、ヒトラーに危険な間違いを犯している、と忠告した。ヒトラーは最後は受け入れ、レームが死なねばならない、と決心した。しかし、殺害する前に自殺する機会を与えるべき、と主張した。レームがそれを拒むと、二人の親衛隊員に射殺された。

 

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突撃隊隊長 エルンスト・レーム


レームを含め、全部で合わせて約77人のこれら「忠誠心に疑問のある者」が、「公務上」射殺され、ヒトラーと國家社会主義者への全反対者に幕を引いた。しかし、非公式の推定では、処刑された人数は、遥かに多い。処刑に続く演説でヒトラーは自身の行動について独逸人民にこう説明した。「今この時、私には独逸の人民の行く末に対する責任があった。そしてそのことにより、私は独逸人民の至高の判事となった。私は、この反逆の首謀者を撃つ命令を下した。」長いナイフの夜は、國家社会主義政権においてヒトラーが至高の、揺るぎない独逸の統治者となる転機となった。

ロンドンのデイリーメール紙の記事はヒトラーの行動への賞賛に満ちていた。「アドルフ・ヒトラー総統、独逸の首相、は自分の國を救った。迅速に、納得ずくの厳格さを以って独逸人民の統合と國家秩序に危険となった人物から独逸を救った。電光石火の対応で彼は、彼らを高い地位から放逐し、逮捕し、死刑にした。

彼の命令で銃殺された者の名前は既に知られている。ヒトラーの独逸への愛が、個人的友情や、独逸の将来の為に肩を寄せ合って闘った同志への忠誠心に打ち勝ったのだ。」1934年7月2日付デイリーメール紙、ロンドン

ヴィクトール・ルッツェがレームに代わって突撃隊隊長に指名された。ルッツェの下で突撃隊は、徐々に小さくなり、力を失う一方、親衛隊はヒムラーの下、急激に発展し、独逸の支配的な力として、突撃隊に取って代わった。

1934年8月2日、フォン・ヒンデンブルク大統領が亡くなり、ヒトラーは大統領職も引き継いで、それにより、軍の最高司令官となった。ヒトラーは、この後、自分自身を「フューラー(総統)」つまり指導者と呼んだ。

1934年8月19日、独逸國民がヒトラーとその政権を承認するか否かを表明する「プレビサイト(國民投票)」と呼ばれる選挙が行われた。95%の登録有権者が投票し、90%がヒトラーを承認した。この選挙は、國際的に監視され、あらゆる意味で、公正に、公開された、如何なる脅迫もない選挙であった。ヒトラーは、今や、圧倒的な独逸人民の支持を得ていた。

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